第12話 啄木鳥くん その2
状況が変わったのは、夏休みに入ってからだった。その直前、おばあさんが亡くなったとの事で、会長は島に帰っていた。お葬式を終えて戻ってきた会長は、珍しく陰鬱そうな顔をしていた。もしかしたら、とっても可愛がってもらっていたのかもしれない。身近な人の死は、残された人たちの活力を奪いやすい。
会長が復活してから、猪野くんと会長は、まともに会話をしなくなってしまった。放課後、連れ立って太鼓の練習へと行くのが常だったのに、猪野くんは一心不乱に参考書に励んでいるし、会長は、ぼんやりと窓の外を眺めてはため息を吐き、やっとのことで重い腰を上げて下校していく。会長の足音が聞こえなくなって、猪野くんもため息を吐いた。
シャーペンを放り投げて、「ここ、教えてよ」と訊いてくる。なかなか難しそうな問題だ。僕は、カチカチとシャー芯を出しながら、猪野くんの隣に腰を下ろしかけた。
「太鼓行かなくていいの?」
「やめた」
あんまりにもあっさりだった。素っ気なさ過ぎて、思わず動きを止めてしまった。空気椅子の格好なまま、質問を重ねてしまう。
「なんで?」
「…………受験があるからな」
随分と間が開いた。きっと、会長と取り返しのつかない喧嘩でもしたのだろう、と勝手に考えていたが、この度はもっと根が深そうだった。
「じゃあ、生徒会もやめるの?」
「下級生入ってこなかったら続けてやるよ。おーちゃんと啄木鳥くん二人きりだったら可哀そうだろ」
安心した。この状況のままいっくんがやめてしまうと、本当に生徒会がなくなってしまいそうだ。内申点が上がるぞ、という先生の誘惑になびく下級生はいない。どうみても膨大な仕事を押し付けられるからだ。そんなことよりも、みんな部活に勉強にバイトに、趣味に忙しい。
「会長と喧嘩してるなら、早く仲直りしなよ。いつもいつも二人に挟まれる僕の気持ちにもなってさ。おばあさま亡くなってナーバスなのに、そんなにギスギスしてたら、余計に辛くなるよ。会長もさ」
「……なんだ、お前、新聞読まないのか」
猪野くんは、なぜかほっとしていた。
「喧嘩じゃねえし、ばばあが死んだくらいで、めそめそするタマじゃねえよおーちゃんは。どうせ、大好きなおはぎ食べられるって、内心ウキウキだっただろうよ」
ひどい言われようである。これでは本当に、会長が可哀そうだ。いつもは中立な立場であろうとする僕も、流石に今回ばかりは会長の肩を持たざるを得ない。
「なんなら、おーちゃんも太鼓を早くやめればいいんさね。あんな泥船」
泥船。じゃあ会長は、生徒会と太鼓、二つの泥船に乗っているということか。沈むときも凛々しく胸を張り、滅びの瞬間を待つ会長を想像した。
「じゃあ、喧嘩じゃないんだ」
僕はやっと腰を下ろして、どれどれ、と問題に向き合うことにした。ベクトルの問題だ。僕たちはそれより先のことをやっている。少し懐かしい。
さらさらとシャーペンを動かしている間、猪野くんは無言のまま僕の顔を見つめていた。
「なあ、もし啄木鳥くんに、めっちゃ好きな人がいたとしてさ」
「うん」
会長のことだろうと察した。
「そいつに裏切られたら、どんな気持ちになる?」
「うーん」
最後の行を書き切り、ピッと回答に線を引いた。
「悲しい、かな。多分怒りは沸いてこない。諦めの方が先に来ちゃうな」
「なんで」
「だって、『めっちゃ好き』って思ってた気持ちは、自分の中だけでしょ。裏切られた、って思うのは、相手も自分のことを『めっちゃ好き』なんだって思い込んでたからで。
僕だったら、ああ、自分の気持ちは通じてなかったんだなあって諦めるな」
猪野くんは不機嫌そうに口を尖らせた。真っ向から否定してしまった形になったが、猪野くんはまだ自分の意見を曲げない。
「俺は、今、すげえ腹が立って仕方がねえ。太鼓なんか、やる気になれない」
「……早く仲直りしなよって」
「おーちゃんのことじゃねえよ」
「じゃあ誰よ?」
僕の疑問は聞かなかったことにされた。どん、と目の前に紅茶のペットボトルが置かれた。猪野くんは、カフェオレをぐびぐびと飲み干して、僕が書いていたノートを引き寄せた。勉強する気になったらしい。僕は軽く礼を言って、紅茶に口を付ける。
「でも、猪野くんがそれだけ思ってたってことは、めちゃめちゃ好きだったんだね。その人のこと」
「ああ、好きだった。だからこそ幻滅した。嫌いになった」
「なんかいいね。そうやって思える人がいるの」
「お前もいるじゃん。思ってる人」
「……え?」
「告白してみろよ。おーちゃんに。意外とオッケーって言うかもよ? あいつ」
ちがう、ともそう、とも言えなかった。ただただ、恥ずかしかった。猪野くんに顔を向けられない。
「応援してやるから、次の問題の解き方も教えろよ」
爽やかに笑う猪野くんに、降参した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます