第11話 啄木鳥くん その1

 うちの生徒会長は本当にデキる人だ。生徒会をまとめるのがうまいだけでない。頭もいいし、容姿端麗だし、スポーツ万能だ。特にその美貌は凄まじい。するんとした長い黒髪に、大きな黒縁眼鏡を人差し指でぐいっとずり上げるのが癖だ。

 そんな会長は、学校の隣にある寮に住んでいる。だから放課後には下校時間ぎりぎりまで、生徒会の活動か、どこかのクラブのボランティアに勤しんでいた。しかし、週に一度か二度ふらりと下校している時があった。その隣には、いつも猪野くんがいた。猪野くんは、「気軽にいっくんと呼んでくれ」と爽やかに言ってくれるが、根暗な僕は丁寧に辞退した。今でも猪野くんのことは、猪野くんと言っている。

「二人ともどこに行くの?」

 そう声を掛けることができたのは、最近の話だ。春先で、会長がめでたく正式に会長になれた時である。会長と猪野くんは顔を見合わせて素っ気なく言った。

「太鼓」

 じゃあ、また明日。と二人は颯爽に階段を駆け下りていく。僕はその背中を見送るだけ。

 会長と僕が知り合ったのは、高校入学して、半年経った頃である。しょぼい高校なので、生徒会なんざに、大々的な選挙はしない。やりたいものがやるスタイルだ。一年生で生徒会に入ったのは、僕と猪野くん、そして会長だった。

 会長と猪野くんは以前から既に顔見知りだった。顔を合わせるたびに口喧嘩をしては、僕に意見を求めていた。

「カフェオレの方がうまいに決まってるだろ? なあ、啄木鳥くん?」

「いや、ブラックコーヒーでしょ。ねえ、啄木鳥くん」

 二人に睨まれると、縮み上がるしかない。「こ、紅茶党だから……」と小さく呟くと、二人は同時に微妙な顔をした。ふんっと、顔を背けるタイミングまで一緒だった。仲がいいのか悪いのか分からない。そんな二人が、放課後一緒に太鼓を叩いているのは意外だったような、納得のような。

 放課後は、生徒会室で駄弁っていた。春を過ぎてからは、先輩たちは受験を盾に引退し、下級生は誰も入らなかった。消去法で、会長は会長、猪野くんは副会長、僕は書記になった。今年、下級生を捕まえられなければ、生徒会は消滅する。そんな前代未聞なことはさせられない。先生たちのプレッシャーと、冷ややかな生徒の目に、僕たちは板挟みになっていた。

 会長は、全部のクラブに顔を出しては、ボランティアと評して、手伝いに行った。「部員にならないか」そんな誘いには「生徒会に入るならね」と返していた。流石会長である。

 会長は、この町出身ではない。隣町出身だ。隣と言っても、海を挟んでいるのだけれど。海に浮かぶ小さな島。本人は、自分が本土の出身でないことをとても気にしている。

「うちが、島の出身だから生徒会集まらんのかなあ」

「……」

 会長は、頬杖をついて猪野くんに聞いている。猪野くんは、数学の参考書を開いていた。二年に上がると、理系と文系でクラスが分かれる。僕と会長は理系、猪野くんは文系に進んでいた。会長は数学と物理が得意だから理系に進んだらしい。猪野くんは法律を学びたいから文系に進んだ。決して、数学が致命的なまでに苦手だからというわけではないらしい。そして僕は、得意教科が無いまま理系に進んだ。会長と同じクラスになりたかったからだ。そして、その目論見は見事にうまく行った。

「気のせいじゃないかな?」

 数学にイライラしている猪野くんに代わって、僕は答えた。会長は、必要以上に島の人間であることを卑下している。猪野くんも参考書に目を向けたまま言う。

「本土だろうが、島だろうが、関係ないだろ。高校なんか、ほかの街からもいっぱい来てる人たちがいるし。そんなことでとやかくいう人はいない」

「そうだよ」

 僕は猪野くんに同意した。猪野くんはふっと顔を上げて僕を見た。ニコッと笑ってまた顔を降ろす。眉間に皺を寄せて、また唸りだした。大学の学費を安く抑えるには、最低限の数学は避けて通れない。がんばれ、と口だけでエールを送る。

「島の人間は、ウチソトの人間を結構気にする。ウチの人間はいいけど、ソトもんはダメ……ってわけじゃない。ウチもんだからこそ厳しく、ソトもんから柔軟性を学ぶってね。うちも島の人間さね。ソトもんなりに、なんかしたい」

「お前もウチもんだろ。小学校の時から太鼓通ってんだ。ウチもんとして考えろ。……そろそろ太鼓の時間じゃね?」

「あらやだ」

 会長は慌ただしく、机の上のプリントを片付けだした。

「じゃあ啄木鳥くん、また明日ね」

お決まりのセリフと共に、二つの背中が遠ざかっていく。

 僕はこれまで一度も、二人の太鼓の演奏を聴いたことがなかった。ただ、二人の間に流れている自然な空気感は、太鼓で結ばれている。僕が二人の間に入る余地は全くないのだと、いつだってひしひしと肌で感じていた。

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