第7話 おーちゃん その1

 おはぎが好きだ。あんこも好きだし、もち米も好きだ。だったら、おはぎが嫌いなはずがない。おはぎが好きだ。

 作っている手を止めて、私は左右を確認する。左手側のコンロでは、遠縁のおばさんがお汁の味噌を溶かしていて、右手側のシンクでは、母親がビールの用意をしていた。どっちも私を見ていない。よし、と私は出来立てほやほやのおはぎを頬張った。

「あづっつい」

 予想以上の熱さだった。私が悶絶していると、隣で母親が睨む。

「あんた、何個食べているの?」

「まま、ひっつ」

 まだ、みっつ、の言葉すらうまく言えない。ちくしょう、火傷しちまった。でも、ほかほかやわやわなおはぎを食べられるのは今だけなのだ。思う存分食べておかないと。

「ばーちゃんのおはぎが、恋しくなったんさね」

 おばさんは、分かった風に口を挟む。

「島が恋しかろ、おーちゃん」

「そんなことねーさね、おばさん。うちは本州の高校に通えて、幸せよ」

「あんたんが住んどる寮も、うちの村が建てたんさね。感謝せんと、バチ当たるで」

「へいへい。分かってますよ。……でもね、やっぱり、島に高校があれば一番さね」

「……昔は、あったんよ。今も残してくれっば、ってのは、やっぱり贅沢言い過ぎさね。人口が減ったから、仕方ないんさ」

 私の話を逸らすには、村の話をするのが一番だ。ほっと胸を撫でおろす。親戚の顔が見られるのは嬉しいが、大抵の話題は、私だ。やれ、いつ島に帰ってくるんだ? 島が恋しいだろ? いい人はできたか? いるなら連れて帰ってこい。いないなら、うちの倅を紹介してやる。大体こんなところだ。答えはこうだ。高校を卒業したら戻ります。てか、せっかく、村全体で見送ってくれた高校を卒業せずに帰ってきてほしいの? 島は恋しいに決まってる。好きな人はいる。でも連れて帰れる見込みはないです。イケメンかどうかで付き合うの決めます。……ざっとこんなところだ。

 島のことも、みんなのことも大好きだ。でも、面と向かって本音を言えない自分がいた。今は本土の方にいるけれど、できたらこの先はずっと島で暮らしたい。だけど、家族でさえ、私の気持ちを知らない。父も母も弟もみんな、私は向こうの街か、もっと大きな都会に住むのだろうと考えている。「頭がいいんだから、大学行きい」その言葉が、私の肩に重圧を掛けている。口では島にいてほしいと言っているけど、きっとそれは建前だ。本当は、この島を出て働いてほしいと思っている。本音と建前が逆なのは、私も同じだ。

 あんこが付いた指を綺麗に舐めとって、念入りに手を洗った。目の前にあるのは山盛りのあんこのボウル。思いっきり顔を埋めたい欲求に耐えて、あんこを丸めていく。伸ばして、同じく丸めたもち米を包んでいく。これが案外難しい。すばやく、綺麗にやるには、ちょっとしたコツがいる。教えてくれたのは、隣の部屋で寝ているばーちゃんだ。

「おーちゃんは行かなくていいの? あんた、結構なばーちゃんっ子だったんだから、一緒にお経唱えてあげ」

「いい。早くしないとおはぎ間に合わないでしょ。ビール注ぎも待ってるし。お経は、弟がうちの分までやってくれてるよ」

 お坊さんの朗々とした念仏が聞こえる。微かに聞こえる鼻の啜る音は、弟によるものだろう。弟も、私と負けず劣らずばーちゃんっ子だった。随分前に亡くなった、じーちゃんの記憶が朧気のもあるだろう。長年連れ添った夫を亡くした後のばーちゃんは、強く逞しかった。いつもパワフルで、いろんな料理を作ってくれた。私たちが受け継がない限り、ばーちゃんの味は途絶えてしまう。

 バツバツと、雨音が窓を叩く音。あ、と思う前に、瞬く間に勢いよく降りだした。

「お天道様も涙を流すんさね」

 ぽつり、とおばさんがこぼした。母さんはゆっくりと頷いた。私は、雨のリズムを聴きながら、手早くおはぎを作ることだけに集中した。丸めて、伸ばして、包んで、包む。

 これが終わったら、ばーちゃんと一緒の最後の食事をして、火葬場に移動だ。

 誰かが死んだとは思えないほどのどんちゃん騒ぎの後の、無機質に感じる火葬場のシンとした感じが苦手だ。そんなに頻繁に火葬場には行くものじゃないと思っていたが、ほぼ毎年のように、親戚や仲の良かった島の誰かが死んでいく。

「高齢化の波さ」

誰かの言葉が、ずっと耳の中に残っている。

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