第4話 うーくん その2
じーさんにまんまとハメられた俺は、それから毎週会館で、太鼓を叩く羽目になった。
じーさんは、俺の中であっという間に先生になった。今まで会ってきたどんな先生よりも、ずっと先生だった。突然現れた俺に、既存のメンバーは最初、目を白黒させていたが、だんだんと打ち解けていった。太鼓歴が長い小学生が、得意げに、しかも上から目線で教えてくるのはカチンと来たが、年上の後輩を喜んでいると分かると、怒りようがなかった。特に小学生で一番うるさい鴨川くん、通称かーくんは、俺に対してものすっごい勢いで絡んできた。でも、悔しいことにかーくんの出す音は、小学生とは思えないほど大きい。小柄な体から、どうしてそこまで大きな音が出るのか。先生に質問したことがある。
「気持ちだよ気持ち。前にも話したじゃろ?」
それ以上の答えが返ってくることはなかった。俺だって気持ちをこめて叩いている。だけど、何が違うのか。
幸いにも、叩くべきポジションがあることをすぐに理解した。テニスでも、球を飛ばすには、ラケットの適切なポイントにボールを当てなければならない。それに似ている。だけど、音色にするにはまだほど遠い。大きな音がたまーに出せても、密度が低い、頼りなさげな音にしか変換されない。
高校生のいー兄やおー姉は、かーくんのように小学生から始めていただけあって、上手い。だけど、心の入れ方が違う。情熱があるけど、どこかよそよそしい。太鼓が大好きなのに、距離を置きたい、そんな気持ちが伝わってくる。そんなメンバーの中、オトナの癖に、まじりけのない純粋な音を叩くのが、俺より先輩だけど、あーさんと比べればまだまだ新参者のおばさんだ。小さな目をきらきらさせて、まるで子供のように幼く叩く。オトナになって始めたから、リズムを取るのが苦手らしい。懸命に、全身を揺らしながら太鼓を叩いている。歌って踊ることができないタイプの人間だ。だけど、チーム一、いい音が鳴る。ドンッと、短く響くその音に、俺は手を止めてしまうこともある。
学校でも、自分の気持ちの中でも、浮いてしまった俺だが、太鼓チームの中ではすっと溶けこめた。ホッとした反面、今日も空いたままだった自分の席を想像してしまった。教室では、俺がいないのが当たり前になっている。そう思えば、ますます学校に足を向けなくなった。それを一番気にかけていたのも、先生だった。
「嫌ならわしの家にきぃや」
そういうわけで、先生の家に遊びに行った回数は俺がダントツで一番だろう。行くたびにおかしやらなんやらくれた。俺は、畳の部屋でご飯を貰って、外ではバチを握った。
「太鼓に潮風は大敵なんだ」と言いながらも、先生は俺のために庭に太鼓を出してくれた。平日の昼間からどぉんどぉんと音を出す。
「鮭と酒の街。だから『さけ太鼓』。うちの街らしくていいよな?」
「だせえよ」
直球に言ったが、先生にダメージは入らなかったようだ。それもまた悔しい。自分がただの聞かん坊な気がしてしまう。ゴロンと横になる俺を、先生の奥さんが庭から柔らかく見ている。持っていたホースからはジャバジャバと水が溢れ出ていた。水を受けた花は、水滴を反射させてキラキラと光る。縁側の影は、風鈴の音とスイカの味を残した。
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