[four]-第4話《マリー=ローレル.1》

目覚ましの音が鳴る。

学校に行かなくなったのに未だにセットしたままだった。

今日はアリスと不思議の国へ行く約束だ。

いつもの癖で自分の長い黒髪をふたつにに束ね前髪を整えると、玄関で靴を履き、静かな家に向かって言う。


「行ってきます」


▷▷▷


「アリス、おまたせ。」

「おはよう、杙奈!」


約束の時間より5分くらい早いはずだったのだが、アリスはもうアリスの家の門の前に立っていた。

アリスは大きな門の隣についている人1人分程度の大きさの門を開けると中へ入る。

私もアリスの後に続き門をくぐり穴のある木のもとへ向かう。


「前回来た時は結構歩いて疲れたでしょ?実はね、今日は私が事前にねずみを呼んできてるんだ!」

「えっと…ありがとう?」


まるでタクシーを呼ぶかのように言うが、ねずみというのはそんなにどこにでも居るのだろうか。

正直、前回は1度も見かけなかったので不思議の国では珍しいのかと思っていた。


「どういたしまして。さ、入ろ入ろ!」


いつの間にか着いていた不思議の国への穴へアリスが飛び込む。

遅れてはいけないと思い、慌てながら私も続いて入る。

前回来た時と似たような穴の中の景色は、よく見ると少しだけ浮かんでいる物の種類が変わっていた。

よく見てみると、中には日本の江戸時代の物などもあり、穴の中がヨーロッパの物だけで構成されているわけではないことが分かる。

穴の中にあるということは、不思議の国の中にも日本のような場所が存在するのだろうか?

穴の底に着き、周りを見渡してアリスを探すが、見た限りでは周りにはいなかった。

戸惑っていると、後ろの方から声が聞こえてくる。


「おーい、杙奈ー!」


どうやら先に廊下の入口まで行っていたらしい。

声の方へ落ち葉を掻き分けながら進むと、案の定アリスのいた場所は廊下の入口だった。

前回と同じく、廊下を抜け、薬を飲んでドアを開ける。

ドアの先の景色は、2度目だとしてもかなり見応えのある綺麗さだった。

しかし、やはり2度目なので景色を眺めると前回見ていなかった近くの風景を見てみる。

前回はあまり気にしていなかったが、近くで見るとこの森は現実の森とあまり変わらない。

そうして眺めていると、アリスに呼ばれると同時にねずみの存在に気づいた。


「杙奈、これが不思議の国のねずみ。」


思っていたよりも普通だった。

二足歩行もしていないし、喋り出すことも無い。

ただ、爪がやけに豪華なくらいだ。

爪だけはこだわってネイルを塗っているのだろう。

どうせ土に触れるのだから綺麗にしたって意味ないだろう、と言いたいのを飲み込む。


「おしりの方から乗った方がいいよ。横からだとかなり高いと思うから。」


ねずみはねずみでも不思議の国だ。

思ったよりも大きい。

ただ、おしりの方は乗れなくもない高さなのでそこから乗るのだろう。

早速ねずみに乗ろうとしたが、問題があった。


「アリス、助けて。」


このねずみ、かなり暴れる。

なんでアリスのねずみは素直なのに私のねずみだけこんなに暴れるんだろう。


「どうしたの?くい...」


アリスはこっちを向くと、驚いたような顔をしてから笑いだした。


「く…くいなっ…ねずみ相手にっ」


それはもう、死にそうなくらいに笑っていたのだ。

自分が笑われたことに、少しムッとして言い返す。


「だって、私に触れた瞬間蹴り飛ばしてきたんだもん!」


そんな私の言い訳に対して、ようやく落ち着いたらしいアリスが返す。


「ねずみってね、この世界の中ではかなり人懐っこい生き物なんだよ。」


確かに、思い返してみては今まで出会った野良猫には大抵威嚇されていた気がする。


「でね、この世界では愛想が悪い人に『ねずみにも好かれない』って例えるんだけど…ふふっ…」


また笑いだした。

私が不思議の国のことわざのような物を地で行ったということなのだろう。

しかし、それがどれだけ面白としても、私がねずみに乗れないのは不思議の国で生活する上で死活問題ではないのだろうか。

ねずみに乗れないと移動がかなりきつい。

とりあえず私は、どうにかしてねずみに好かれるために頑張ることにした。

動物と接する機会は多かったものの、人間関係ではそこそこ笑顔を作ってきたので、愛想を良くすることくらいはできるだろうと思い、できるだけの笑顔でねずみに近づいてみる。


「こんにちは。私は杙奈っていうの。今からあなたに乗せて欲しいんだけど触らせてくれるかな?」


自分的にはかなり手応えはあった。

少しは心を開いてくれるのではないだろうか。

そう思いねずみの顔を見つめる。

反応がなかったので、どうしたのだろうと考えていると、お腹に鈍い衝撃が走る。

何も進歩していなかった。

何がいけなかったのか分からないのでどうすればいいかも分からず、アリスの方を見ると、丁度笑い終えたところだった。

さっき蹴られた一連の始終も見ていたらしく、アリスは自分のねずみから降りるとこちらへ向かってくる。


「私が先に乗るから杙奈はその後に乗って。多分1人1匹だと杙奈は無理だと思う。」

「何も言い返せない…」


アリスに言われた通り、アリスが乗った後に乗る。

今回はアリスがなだめてくれたおかげか、意外とスムーズに乗れた。


「もう一方のねずみさんはもう帰っていいよ!」


『もう一方のねずみさん』と呼ばれたねずみは素直に茂みの中に入っていった。


「今日はどこに行くの?」

「うーん…実はまだ決めてないんだよね。とりあえず白うさぎさんの所に行く?」

「分かった」


前回通ったのと同じであろう道をねずみがアリスの指示に沿って駆け抜けていく。

前回とは大違いの爽快感だ。

風を受けながらぼーっとしていると、急にねずみが止まった。


「どうして止まったの?」


私が聞くと、それに返事をせずアリスがねずみを降りた。

答えを待とうと思ったが、ねずみに振り落とされて死角になっていた所が見えたことで全てを理解する。

私達の目線の先には、りすと女の子が立っていた。

おそらく私達がその女の子にぶつかりそうになったか、ぶつかったかのどちらかだろう。

女の子は赤いくせっ毛を丁度首くらいまでの長さになる程度のツインテールにしていて、気の強そうな雰囲気だった。


「ごめんなさい、ちょうど死角で見えなくて…」


アリスが謝ると、赤毛の女の子は思ったよりもかなり柔らかい雰囲気で笑う。


「いえ、こちらこそちゃんと前を見ていなくてごめんなさい。」


ぶつかりそうになっただけで2人ともわざわざ止まって謝る所を見ると、まるで不思議の国か穏やかな世界であるかのように見えるが、そうでもないのだろう。

さっきから私達の周辺をうろうろとしていたねずみが、その無駄に豪華な爪で水滴を割る音が聞こえる。

私とアリス、そして女の子たちも一斉にねずみの方を向く。

ねずみは居心地が悪そうに、そして申し訳なさそうに縮こまりガタガタと震えていた。

恐らく自慢なのであろう爪も手の中に収まって、その手自体も大きな体の下に隠している。

私達に怒られると思って震えていたのかと思ったが、すぐに違うことに気づく。

私達の周りにあった花が全て、ねずみの方を向いていたのだ。

前回不思議の国へ行った時に杙奈に受けた説明を思い返す。

『お花さん』。

そいつらは今、じっくりと、そして冷たく怒りながら水滴を割ってしまったねずみの方を見つめていた。

張り詰めた空気の中、恐ろしい事が起こっている事に少し経ってたから気づく。

『お花さん』が、起きた。

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アリスは時に、物語の外側へ 星未夜 ゆーも @yu_mo0629

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