拾われたのは、魔王軍でした。

 ひんやりとした感触で、意識が浮上する。ゆっくりと目を開けてみると、星空と共に、真夏の太陽のような明るい赤色が目が合った。

「………」

「………!」

 赤色の目が数度、瞬きした。かと思えば、直ぐに彼女はガバッと立ち上がった。

「アダム様!アスタロト!!起きた、起きたぞ!!!」

 思った以上に大きな声が、頭にガンガン響いた。かと思えば、ガサガサと誰かの足音がした。あー、星空だ……。ここ、どこ……。


 少しすると、視界に入ってくる色に紺色が加わった。

「おはようございます。大丈夫ですか?聞こえていますか?」

 紺色の髪の男性は、自身の尖った耳を指さしながらそう言った。そういえば、いつの間にか耳が聞こえるようになっている。体も痛くない。

 おそるおそる頷く。すると、男性はふう、とため息をついた。

「よかった。ゆっくりでいいので、起き上がれますか?」

 そう言われ、まず、軽く手を握ってみた。感覚がある。全身、きちんと感覚がある。そのままゆっくり起き上がってみる。若干の痛みを感じつつも、座る体勢にはなれた。


 そこでやっと、ぼやぼやしていた意識がハッキリとした。

 どうも俺は鬱蒼とした森の中にいるらしい。どこの森の中かは分からない。それに、ここにいる人達は、どうも人間では無さそうだ。特に明るい赤い髪の女性には、竜の角と翼がある。紺色の髪の男性の耳も尖っていたし、さっきからずっとじっと俺を見てくる外套姿の男も、おそらく人間では無い。エルフとかドワーフでも無い。そうなると。


「まっ、魔人……?」

 人類と対立している(と言われてる)種族がカテゴライズされている『魔物』の中でも、人のように意思疎通できて知性のあるものが、魔人。見かけたら逃げろとかなんとか言われたことがあるからか、ちょっと警戒してしまった。

 そんな俺の内心を見透かしたかのように、外套姿の男は、子供をあやすように言った。

「大丈夫、危害は加えない。寧ろ、助けたい。もう少し手当させてはくれないか?」

 両手を広げ、敵意はないアピール。そこでだいたいなんとなく、俺はこの人たちに助けられたのかと理解して警戒するのをやめた。

「……すみません、ありがとうございます。お願いします」

「堅くならなくて良い。アスタロト」

「はい、お任せを。少々失礼しますね?」

 紺色の髪の男性が、〈治療魔法ヒール〉を俺にかけて、それから包帯を取り替えてくれた。取り替えて貰う時に初めて包帯が巻かれていたことに気が付いた。


 手当をしてもらっている間に、色々話を聞いた。

 どうしてか俺が吹っ飛ばされていたらしく、それに気がついた赤い髪の女性───スルトさんが助けてくれたこと。

 火傷に打撲、骨折やらetc、etc……と、目以外全て重傷オンパレードの状態だったのを、紺色の髪の男性───アスタロトさんが高位の〈治療魔法ヒール〉やら〈蘇生魔法リザレクション〉やらなんやらをかけてくれて、俺は一命を取り留めたこと。


「そんなに俺、ヤバい状態だったんですか?!」

「ええ。転移でベッドのある所へ行こうにも、それを実行する間も惜しい状態でしたので、この場で応急処置しました」

「なあなあ、なんであんな傷だらけだったんだ?強い奴にでも襲われたか?」

 スルトさんにそう聞かれて、何が起こったのかを思い出す。若干記憶が飛んでるのか、ハッキリと思い出せるわけじゃないけど。

「えーっと……俺、学校で特別授業で適正鑑定受けてたんですよ。で、その時講師として来てたメルティルさん……賢者さんが、なんか突然とんでもない魔法を使って、気がついたらイマココです」

「賢者、メルティル……竜の療術士ドラゴニックヒーラー・メルティルのことか?」

「え?あっ、はい」

 未だ名前を聞いていない、外套姿の男性が問い掛けてきた。

「奴は人間に対しては絶対的に味方だ。わざわざ、人間主義的なキャメロット、その中心部の魔法学校を理由もなく破壊するとは考えられないが……」

 キャメロット魔法学校は、キャメロットという国の中央にある。キャメロットは人間主義的な感じの国で、表立っては居ないが、他種族とのハーフに対しては若干よく思ってない人が多い。人間至上主義なフーマヌス国よりかは遥かにマシだけど。

 ちなみに、他種族と人間との混血自体は、少ないものの珍しくはない。とはいえ、魔族とかみたいな魔人との混血は珍しい。俺の父さんは魔族だったりする。

 いやそれはいいとして、どうして俺がキャメロット魔法学校の生徒だと分かったんだろうか?そう思ったのが見抜かれていたのか、外套姿の男性は笑いながら言った。


「ブレザーに辛うじて校章が留めてあったからな。ボロボロになり過ぎていたから脱がせたが、その時に外れてどこかへいってしまったが……」

 ピンで校章を留めていたし、どこかへいってしまったのは仕方ない。劣化してたし。


 と、手当が一通り終わったらしい。

「ふう、とりあえずこれで大丈夫でしょう。違和感や痛みはありませんか?」

 軽く肩を回したりしてみる。先程まであった痛みも消えている。すごい。

「大丈夫です。ありがとうございます」

「いえいえ。誰かが死ぬところは見たくありませんから。それがたとえ人間だとしても、です」

 アスタロトさんは、とても人類の敵とは思えないほどの優しい笑顔をうかべた。

「ヘックシュ!……うー、なあ、流石に寒いよアダム様」

「む、そうだな。少年、じゃなくて……」

「あ、俺はエルテール・ランスロット、エルって言うです……って、アダム……?」

「そうか、エル。おそらく今から帰るのは難しいだろう。しばらく城に泊まって行くといい」

 『アダム』という名に聞き覚えがあって、聞こうとしたが、アスタロトさんが集団転移の魔法を構築しはじめた。


 スルトさんに何故か掴まれながら、転移の魔法陣の起動を待つ。少しして光が強まり、転移の魔法陣が起動した。

 その時、外套姿の男性が「あっ」と言ってこちらを向いた。


「名乗っていなかったな。私は、アダム。世間一般で言う"魔王"の1人だ」


「えっ?」


 ……どうも、俺は魔王に助けられたようです。




 

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