魔王軍の牧場主

偽禍津

プロローグ:学校、大爆発

 目覚まし時計の音で目が覚める。朝は苦手だからって音量が爆音のものを買ったせいで、毎朝心臓がドッドッドと鳴るから失敗だった。

「ふっあぁ……」

 目覚ましを止めて、布団を蹴ってゆっくりと起き上がる。寒い。

 季節は冬。暖房もなんもない部屋は寒いが、きちんと起きないと遅刻してしまう。


 スリッパを履いて、寒いのを我慢しつつ着替え、自分の白っぽい銀髪を纏める。それから昨日買ったパンをトースターにセットすると、寝坊助な同室を起こすために、部屋にもうひとつあるベッドへと近づく。

「起きろー、朝だぞー」

「んぬにゅ……今日は休む……」

「休むにしてもとりあえず朝飯を食えよ。ほら、起き……ろっ!」

 無理矢理布団を剥がせば、縮こまる同室。起きろよ、と思いながら、そう言えばと思い出して言う。

「今日は特別講師にメルティルさんが来る日だったろ。楽しみなんじゃなかったか?」

「める……め……ハッ!そうだった!!!おはよう!!」

 飛び起きるや否や、ボッサボサの金髪を梳かしながら着替えはじめる。その間に俺も登校準備をする。

 少ししてトースターから音がなり、朝食を食べてから俺たちは部屋を出た。



「やー、危ない危ない。メルティルさんが来るってのに遅刻するとこだったわ。ありがとな、エル」

「それはどーも。というか、俺の爆音目覚ましでも起きないってすげーよ、ウルト」


 俺の名前は、エルテール・ランスロット。名前が長いからエルって呼ばれてる。キャメロット魔法学校に通う17歳だ。ぶっちゃけ、ちょっと運がいいだけの一般人。魔法は人より少し使えるかなというレベル。

 で、隣のこの金髪蒼眼の美形はウルト・アーサー。同じくキャメロット魔法学校に通う17歳で、寮の同室で、幼なじみで親友。キャメロット魔法学校に特待生入学を果たした上に、実技試験も上から数えた方が早いレベルのヤベー奴。でも勘違いと若干の常識のズレこそあるけど、良い奴だ。


 現在俺達は寮暮らしで、そこから歩いて登校中。

 キャメロット魔法学校は、所謂『名門』で、アヴァロン魔法学園と並ぶ二大巨頭。魔法学校とは言うけど、実際は様々な職業ジョブのエキスパートを養成している。ちなみに、俺達は入りたてペーペーの第1学年。職業ジョブ適正のテストとかもまだこれからだ。

「……というか、ウルトなら[空間移動]あるだろ。遅刻しても問題ねーんじゃ?」

「あー、いやー、身に染みた習慣っていうか、こう……癖で忘れる」

「どういう癖だよ」

 ウルトは頭1つどころじゃない、飛び抜けたチカラを持っているにも関わらず、こうやってちょっとズレたところがあるのが面白い。たまに、よく分からない単語や表現をするのはちょっと気になるけど。


 歩いているうちに、校舎に入る。ホームルーム教室へと向かい、席に着く。ちなみに俺とウルトは隣同士だったりする。


 少し待つと、担任のヴァネッサ先生が入ってきた。魔法で出欠を確認し、全員出席ということがわかると今日の連絡をする。


「……以上です。この後、中央棟最上階に集合してください。では。」

 ヴァネッサ先生が連絡を伝え終えると、直接先生に用のある生徒が先生を囲いに行く。

 俺達はと言うと、とっとと移動しようとして席を立ち上がった。その時、声がかかってきた。

「ランスロットさん、アーサーさん」

「ん?委員長じゃん。どうしたんだ?」

「あ、おはよ、委員長」

 俺達に話しかけてきたのは、黒髪碧眼の少女。ミルラ・クラウィード、俺達のクラスの委員長。しっかり者で文武両道、成績もウルトと共に上位5位で争うほどにできた人だ。ちょっと自他ともに厳しいのが、俺は苦手だけど……。

「どうしたもこうしたも、今日の日直は2人でしょう?」

「げーっ、忘れてた!」

「やっべ、日誌!」

 日直はいくつか仕事があり、学級日誌を書くのもそのひとつ。ただ、日誌は職員室の所定の棚にあり、職員室は朝の指定の時間から2時間ほど入れなくなる。その際に日直が休みとかじゃない限り、クソきょ……教頭先生にこっぴどく怒鳴られる。クラス全体が。連帯責任とかなんなんだ。

 やらかしたと思ったのだけど、委員長が白い表紙の冊子を差し出してきた。

「まったく……ほら、日誌。私達のクラスだけないとか嫌ですもの。」

 学級日誌。取りに行き忘れていた物だ。

「センキュ、委員長!」

「一つ貸し、ですわよ?」

「う、分かった……」

 礼を言うと、委員長はため息をついた。

「まったく。ほら、中央棟に向かいましょう。そちらに遅れるほうが大問題ですし」

 委員長のその言葉にウルトが「そうだな」と同意して、俺も頷く。席を立って、俺達は中央棟の最上階に向かった。


◆◆◆


 この学校は東西南北と中央棟、あと屋外で構成されている。

 東にはホームルームと自習の教室、西には資料室と倉庫、南には研究用の部屋等特別教室、北は職員室等があって基本生徒進入禁止。で、今向かっている中央棟は2階までは許可さえ取れば生徒も入れる、ちょっと貴重な資料室みたいな感じだ。

 ただ、それより上、特に最上階は基本、生徒立ち入り禁止。というか、教職員でも一部を除いて立ち入り禁止だ。なら何があるのかと言われると、『鑑別の間』という場所が最上階にあるからだ。詳しいことは忘れたけど、何かの公認の賢者さんを呼んで、生徒達の職業ジョブなどを初めとした素質を識別する場所……だったはず。ウルトや委員長ならもう少し覚えてるんだろうな。


 つまり、俺たちはこれから職業ジョブの正確な適正などを、学校が特別講師として呼んだ賢者・メルティルさんによって鑑定される。だから、今日は俺達のクラスだけ、最上階に通される。俺達が最初で、他のクラスは明日以降。


 ちなみにメルティルさんはウルトの憧れの人だったりする。まあそりゃ、沢山とんでもない伝説を打ち立ててる人だし。ゾンビ化した街一つの蘇生とか、枯れたオアシスを1日で復活させたとか、深淵の魔物の討伐とか……。


 と、そうこうしている間に辿り着いた。あと5分ほどでヴァネッサ先生とメルティルさんが来るのを待つだけだ。

「いやー、楽しみだな!エルも委員長も楽しみなんじゃないのか?」

 ウルトがちょっとテンションが上がった様子で訊いてきた。

「まあ、そうですわね。私も、自分自身が何の職業ジョブへの資質があるのか知れるのですもの」

「俺も、一応は。とは言え、2人共絶対なんかすげー適正あるだろうな」

 そう言うと、ウルトと委員長がこっちを向いた。ちょっと照れているのが見て取れる。すると、ウルトが俺に言葉を続けた。

「委員長は成績優秀だし、錬金術士アルケミストの適正あると思うよ。部活の錬金術アルケミークラブでもでっかい賞取ってたろ?」

「……た、確かについ先日、最優秀賞は頂きました。ですが、それはそれですの。将来を決める為にも、きちんと最も強い適正の職業ジョブに就くつもりですの」

「相変わらず現実的だなぁ」

 確か学期の最初、自己紹介の時に委員長は錬金術士アルケミストを目指しているとか言っていた。錬金術士アルケミストは確かに安定した職な上、もしかしたらもっと登り詰められるかもしれない職だし、委員長らしい。

「エルはなんだろな?魔法実技は得意だし、道具制作とか陣地作成とか得意だし、魔術師ソーサラーっぽくね?」

「そうですわね。ランスロットさんは座学はよろしくないですが、魔法実技系統の成績は悪くありませんし、むしろ魔道具の扱いや魔法の多重展開には見るものがありますわ。」

「そー言われるとちょっと照れるんだけど……」

 補欠合格だし、2人よりも圧倒的に総合成績死んでるんだけどな。それでも、褒められるとこう……ね?うん。

「そ、そう言うウルトこそ、絶対すげーと思う。勇者でもおかしくないと思うな!!!」

 照れを隠そうと、若干ヤケクソっぽい感じの発声になってしまった。まあでも実際、ウルトが勇者でもおかしくないと思う。よく知らないが、今年は予言の勇者がうんぬんかんぬんって話も聞いてたし。

「俺が勇者?ないってないって。ま、でも、そうだったらいいよな〜」

 呑気な様子でウルトが言い終わる頃に、ヴァネッサ先生がやってきた。


「静かに!皆さん、揃っていますね?」

 そう言ってヴァネッサ先生は全員揃っているか確認した。全員揃っているようで、一息つくと同時に、開始を告げるチャイムが鳴り響いた。

「それでは、特別活動を開始します。まずは、講師としてお呼びしました、竜の療術士ドラゴニックヒーラー、賢者メルティル様です」

 ヴァネッサ先生は言葉と共に、指を揃えて右手で扉の方を指す。すると、扉から……ではなく、虚空から柔らかい光とともに、サーモンピンクの髪をした、白いローブの穏和そうな男性が……メルティルさんが現れた。

「皆々、こんにちは!ご紹介預かりました、メルティル・グランデイです。本日はとくべちゅっ……噛んじゃった」

 わははは、と笑いが起こる。メルティルさんも恥ずかしそうに頭を掻きつつ笑った。その様子を見たヴァネッサ先生が咳払い。するとメルティルさんはハッとして気を取り直した。

「ん゛ん゛っ、特別講師としてお呼ばれしたので参りました!今日は賢者として、きちんと皆々の適正を鑑定するから、よろしくね!」

 わあっと歓声と共に、拍手が起こる。メルティルさんはニコッと笑った。

「それじゃあ、早速はじめようか!」

 そう言うと共に、メルティルさんの手元に1本の長杖ロッドが現れた。翠の丸い宝石がついた、銀色のシンプルなやつ。メルティルさんがその杖で床をコツンと突くと、部屋が薄暗くなると共に部屋中に魔法陣の紋様が広がる。薄く光る魔法陣から少しずつ分離した光の粒が漂って、星空の中にいるようにも見える。

「それじゃあ、まず、1番目の───」


 事前に決めた順番通りに呼ばれ、呼ばれた人は魔法陣の真ん中まで移動し、メルティルさんによって超高位の鑑定魔法を受ける。ちなみに、俺は委員長の後。ウルト、委員長、俺の順。

 順番は前の方なのだけども、待っている間ちょっと暇だと思って2人の方を見てみる。ウルトはワクワクソワソワといった様子で魔法陣の方をみていて、委員長はこの空間を目に焼き付けようと見回している。

 クラスメイト達の適正に耳を傾けてみると、騎士ナイト療術士ヒーラー狩人ハンター等々。中には料理人コックなんて者も居る。まあ確かに、料理人コックじゃないと作れない特殊なものもあるし、料理おいしいし。


「次、えーっと……ウルト・アーサーくんだね」

「あっ、ひゃっ、はい!」

 ウルトの番がまわってきた。嬉しそうな様子だけども、変な声出てるぞー。

 まあそれを声に出して伝えるのもなんなので、大人しく見ておく。メルティルさんが長杖ロッドを翳すと、ふわりと魔法陣が金色の光を放った。

 途端、メルティルさんと傍で手伝っていたヴァネッサ先生の表情が変わった。

「これは……」

 メルティルさんの反応が気になる。何やら2人で話し、それからヴァネッサ先生が慌てて飛び出して行った。その様子を見て、俺も、他の生徒も、ウルト本人も戸惑っている。

 少しして、メルティルさんがニコッと笑った。


「……おめでとう、ウルトくん。君の適正は勇者ブレイブだ!」

 その一言で、周囲がザワザワとし始めたかと思えば、わあっと歓声があがった。数秒ズレてウルトが驚きの声をあげる。

「は………えええええええええええええええええ?!あ、え、俺が、俺がですか?!」

「その通りだとも!いやあ、びっくりだ!」

 ウルトが勇者でもおかしくないよなーとは思っていたが、今驚いた事とそれとこれとは別。委員長もぽかーんとしている。

「とっ、とりあえず、詳しい話とお祝いは一旦後にしよう。他の子達の鑑定もしないとだからね」


 気を取り直して、といった様子でメルティルさんは言った。頷いてこちらへ戻ってくるウルト、「ミルラ・クラウィードさん」と呼ばれて魔法陣に向かう委員長。ふとメルティルさんの方を見てみると、変わらず笑っている……ように見えるのだけど、なにか違うように見えた。なんとなくだけども。

 戻ってきたウルトは、嬉しそうな様子を隠しきれていない。

「おかえり。んで、おめっと」

「ありがとな。まさか、俺が勇者か……!エルのも委員長のも気になるな!」

「今委員長やってるしな……ん?」


 委員長の方を見れば、委員長が魔法陣の真ん中に立ち、メルティルさんが長杖ロッドを掲げる。そんな先程までと同じような光景が見える。

 しかし、メルティルさんの表情がニヤリと歪んだのが見えた。途端、一瞬なにか緑色の小さな雷のようなものが見えた。あれは、確か……魔法の前兆。

 あまりに高位の魔法だと、一部『前兆』が起こってしまうものがあるとか授業でやった。特に、「雷のような前兆」は超高位の攻撃魔法のうち、特に威力が高いいくつかの魔法にのみ発生する。

 なんという魔法だったかは忘れた。ただ、気がついているのは俺とウルトだけの様子。


 考える間もなく、俺も、ウルトも、飛び出していた。

「「委員長!」」

「え………」

 メルティルさんを突き飛ばして魔法を止めようと、委員長を突き飛ばして盾になろうとそれぞれした。しかし、そんなもの間に合う訳もなく。


「────雷帝の矢ケラウノス


 淡々としたメルティルの声が聞こえたかと思った瞬間、ふわり……という生易しいものじゃないけど、そんな感覚がした。視界は一面の冬空のくすんだ青。

「……は?」

 何とかそんな声が出た気がする。音がしない。訳が分からず、混乱を覚えつつも自分の今の様子を認識した。制服とされてるブレザーは焼け焦げていて、血だらけになっていた。

 耳の感覚がなく、やけに視界がハッキリしている以外に感覚がとても鈍っていて、全身が痛くって。


 何が起こった、何が起こったんだ?!と分からない分からないという考えだらけだったのが、視界に入ってきた別の光景で突然理解した。



 学校が木っ端微塵になっている。瓦礫が飛び散り、空中に投げ出されているのは瓦礫だけでなく、人の形をしたものもあった。何より、多分中央塔出会った場所は黒焦げになっているが、その中央に黄緑色の強烈な魔力とかエネルギーとか言うあたりの光があった。


 ────メルティルが、キャメロット魔法学校を爆破した。だから俺は今、吹き飛ばされている。


 理由は分からないし、どうして学校に張ってあったはずの対魔力結界を貫通できたのか、どうしてまだ次の魔法を放とうとしているのか、それも分からない。


 ただ俺は、遠く遠く離れていく今まで通っていたはずの場所を中心に、ゆっくりととてつもなく魔力が放たれていくのを見ながら意識を手放すことしか出来なかった。


◆◆◆



「……なあ、あれ、なんだ?」

「どうしたのですか?」


 とある場所、2本のツノと4枚の竜の翼を持つ真夏の太陽のような髪色をした女性が、夕陽に染る空を指さして言った。

 そばに居るうちの、紺色の髪をしたローブ姿の男がどうしたのかと言ったのに反応して、青から赤へとグラデーションのかかった髪をした外套姿の男は、真夏の太陽のような髪色をした女性の指さしたほうを向いた。


 夕陽で逆光になり、人の形をしたシルエットをしたなにかが落ちてきている。

 それを認識したローブ姿の男は、ギョッとしながら叫んだ。


「人です!分かりませんが、あの高度は……!」 

「救出を!スルト!」

「任された!」


 太陽のような髪色をした女性が、翼を広げて地面を蹴り、落ちてくる影へ向けて飛んだ。器用にも、その人影に衝撃が行かないようにキャッチする。



 そして、ふたりの男のもとへと戻った女性の腕の中には、酷い火傷を始めとした傷を負った、ブレザーらしきものを着た、銀髪の少年がいた。

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