第3話

 私はラケットを介する球技が苦手だ。直接触れられないとなると、どのように力を加えればどの方角にとんでいくのか見当がつかない。

そんなわけで、体育の授業でも苦戦するときはやってくる。とはいっても相手も経験者でないことの方が多いので、のらりくらりと球を打ち合う。冬だというのに太陽がうるさい。汗が噴き出す。

交代に入ってすれ違うとき、町田が聞こえるように「部活はできないけど体育はできまーす」と言った。

 私は町田を振り返る。うん、できるよ。バスケじゃないし、テニスだから。あとそういうところ、うんざり。

また順番が回ってきて、単調にラケットを振る。暑い。部活はできないけど体育はできます。テニスはできないけどバスケはできます?バスケはできないけどテニスはできます。これがもしバスケの授業だったら、私はちゃんとやれるんだろうか。

バコッ。ポコっ。ラケットを通じて手に振動がびいんと伝わる。向こうのコートで、忙しくクラスメイトが球を追っている。何で、黄色なんだろう。見やすくするため?茶色とかだったら、どうだろうか。打ち返す。バスケだったら。パスを受け取った時の、手の平の痺れを思い出す。とんでくる、球。ラケットを落とす。バコッと音がして、視界がひっくり返った。


 たんこぶに氷を当てると少し楽になる。先ほど保健医が家庭科室に呼ばれてとんで行った。ミシンの針が生徒の指に刺さったらしい。打撲とは比べ物にならない。痛いし、さぞショックだろうと思った。

 チャイムが鳴る。着替えなくてはなあと思いつつ動けない。

その時ベッドのカーテンがそろそろと開いた。顔を覗かせたのはあのマネキンだった。

「あの、先生は?」

「家庭科室に行ってます。指にミシンの針が刺さったとかで」

 マネキンは顔をしかめた。

「そうですか」

 これからどうするか考えている様子で、彼女はぼんやりしている。陶器みたいな肌が、いつもより青白く見える。

 大丈夫?と声をかけると彼女は私の額と氷を見て、「あなたも」と少し笑った。恥ずかしい。

 彼女は決心がついたようで、ベッドから降り、布団を整頓し始めた。私も便乗して帰ることにした。

 並んで廊下を歩く道すがら、聞きたかったことを聞いてみる。

「よく図書室にいるよね。面白い?あの本」

 マネキンは少し驚いた顔をして、

「面白くない」

と即答した。けどすぐに

「でもそれは私がああいう本に慣れてないからで、他の人が読んだら、面白いのかも」

と付け足す。

「ふーん。面白くないのに、なんで違う本にしないの」

「今から別のを探すと、また始めから読まなければならないし、面倒だと思って」

「なるほどね」

 彼女は何かいいかけて、ぎゅっと口をつぐんだ。

 教室の前まで来て、私たちは別れた。

彼女の名前は、五十嵐夢乃というのだった。

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