27

 八剣と海一は部室棟の裏手側に回り、技術室から勝手に持ってきた金づちで一階の用具管理室の窓を叩き割った。校内の工事に使っていたのであろう、業者が資材の上に載せていたブルーシートを勝手に拝借して、飛び散る破片から身をガードする。


 クレセント錠がついているものならそこだけ破壊すれば開けることができるが、これははめ殺しの窓でそもそも鍵がない。


 体が安全に入るくらいまんべんなく砕き切らなければならない。


 慎重にこなしていたので時間がかかったが、ようやく入れるくらいに割り切ることができた。


 破片に気を付けながら、八剣が中に転がり込む。


「冴木! 俺や! 聞こえてたら音を立てろ!」


 ゴンゴン、とロッカーが詰め込まれた空間の奥の方から音がする。


 ガラスが割られる音はずっと聞こえていただろうが、八剣の声をきいてやっと物音を立てた冴木。先ほどのこともあり、確実に八剣だと分かるまでは警戒していたのだろう。


 八剣はネクタイが邪魔にならないよう肩の後ろにひらりとよけると、手前のロッカーを一つ一つ移動させていく。


 海一もそれを手伝うが、二人がかりでもなかなか冴木の隠れる本命のロッカーに到達しない。


 時間がない中で、綾香が念には念を入れて、冴木の隠れるロッカーの前に何台も空きロッカーを移動させたのが分かる。これだけ後列にあるロッカーの中に、まさか人がいるとは思うまい。


 たまに手を止め、冴木に音を立ててもらい場所を確認しながら、まるで発掘作業のようにロッカーをどかしていく。


 ようやく見つけ出した、外から鍵のかかったロッカー。


 八剣が急いで開けると。


「大丈夫か?!」


 中には、携帯端末を胸にぎゅっと抱き、身を縮こまらせて隠れている冴木がいた。小柄な彼女だからこそ隠れ続けることができる場所だったと言えよう。


 八剣が彼女の手をとって引き出す。一歩踏み出した冴木がよたっとした足取りだったのを見て、八剣と海一の視線がすぐ足元に向かう。


 水色のネクタイが上履きの上から巻き付けてある。この学校の女子のネクタイの色。冴木はネクタイをしているので、綾香が処置したものだろうと瞬時に理解した。慣れていないのか固定の仕方も少しいびつだ。


 八剣はしゃがみこんで、自分の肩に手を置くように冴木に言い、綾香のした固定を一度外して手早く固定し直す。


 巻き直している間に、海一が冴木に尋ねる。


「綾香と別れたのはどのくらい前だ?」


「15分くらい前です」


 ここから15分でたどり着ける場所となると、部室棟のほとんどだ。時間で絞り込むことはできなさそうだ。海一は悩ましげに眼鏡のブリッジを指先で押し上げた。


 がっちりと彼女の足を固定をし終えた八剣が、真剣な顔で言う。


「冴木、とにかくまず足を診てもらわないと。病院に……」


 よほど足首が痛むのか、苦痛の表情が浮かんでいる彼女の顔。それでも冴木は首を横に振る。


 八剣の目をまっすぐに見て、


「私は大丈夫です。川崎さんを助けるお手伝いをさせてください」


 と伝えた。


「でもなぁ……!」


「大丈夫です。力に、ならせてください」


 彼女の身を案じて強く押しとどめようとする八剣の言葉を、冴木がはっきりとさえぎる。


 八剣が今まで見たことがないくらい、強い意志の宿った瞳をしていた。


 二人の悶着を見守っている場合ではない海一は、「先に行く」と言い残し、綾香を探しに行くため用具管理室を出て行こうとした。


 だが。


「……何?」


 ドアが開かない。校舎の部室のドアはすべてセンサーで感知して自動で開くドアで、内側からは無条件に開くはずなのだ。


 手で無理やりに開けてみようとしても、そもそも平常時は手で開けることを前提としていないので、びくともしない。


 海一が、これは蹴破らないと無理か、と思い始めたとき。それを制止する冴木の声が背後から聞こえてくる。


「神無月さん。待ってください」


 そう言って、今度は八剣に、


「私のノートパソコンは持ってきていただけましたか?」


 と尋ねて、彼の用意していたそれを頭を下げて受け取る。


 即座に用具管理室のパソコンにつなぎ、目にもとまらぬ速さで画面を展開していく。黒い画面に何やら英語を打ち込み、ウインドウが何個も開かれていく。


 それは、そこそこパソコンの知識がある海一でも、何をしているのかさっぱり分からないくらいだった。


「良かった……。やはりこのパソコンなら、セキュリティルームのコンピュータの中枢につながっています」


 安堵すると、そのまま手を休めることなく操作を続ける。


 おそらく、海一が以前に予想したとおり、学校内でセキュリティルームのコンピュータが統制しているパソコンなら、そこから上流にたどっていくように中枢にアクセスすることも可能だったということなのだろう。


 冴木のあまりの技術に、海一は八剣にさりげなく小声で尋ねる。


「彼女は?」


「コンピュータの技術はこいつの特技。SSでのし上がるよりハッカーを目指した方がいいんじゃないかって、俺は割と本気で思ってる」


 海一はそれを聞いて分かったことがあった。冴木は名家の娘として高い下駄を履かせられて何とかSSに任命されたのかと思っていたが、それは大きな間違いであると。この、身体能力の欠如を補って余りあるコンピュータやデジタルの豊富な知識を含め、彼女は次世代のSSとして期待されて任命されたのだ。けして家の力や、名家のメンツなどではなく。


「見てください。やはりセキュリティルームのコンピュータは、外部から操作されています」


 冴木が二人に見せたディスプレイ。そこには、セキュリティルームのコンピュータが管理しているはずの監視カメラの映像が写っているのだが、どこを見ても人がいないことになっている。少なくともこの部室棟の廊下には、綾香を探して男子生徒たちがうろついているはずなのに。


「おそらく、犯人側は正確な映像が見えていると思われます。でも、記録に残るとまずい部分などは、こうして同じ映像をループさせたものを流しているのだと思われます」


「なるほど。そうやって監視カメラに映像を残さなかったわけだな。窃盗に入ったらどうしてもカメラには映っちまう。予め撮っておいた何も異変のない映像を上書きして消してたってことか」


 冴木はもう一画面開いて見せる。校舎中のセキュリティのロック状態を確認できる。


「この用具管理室のドアも、ウォッチでは開かないようにロックの指示が出されていますね……」


「じゃあ、破壊するしかないのか?」


 何か武器になるものを探そうとする八剣に、冴木は冷静に言う。


「いえ、割り込んでみます」


 カチカチとキーボードを素早く操る音がして、しばらく。


 シャッと、いつものようにドアが開いた。


 八剣はすぐに駆けるとその自動ドアを手と足を突っ張らせて支え、勝手に閉まらないようにした。


「位置情報は表示できないか?」


 海一が冴木に尋ねる。


「やってみます」


 冴木がまた流れるようなブラインドタッチで作業を進める。


 そんな中、八剣が「あかんな」とつぶやく。


「もう相手側に感づかれてるぞ。この扉、さっきからガシガシ閉められようとしてる」


 ロックをかけていたはずの場所が勝手に開けられて、相手も再び閉めようと画策しているのだろう。


 しかしそこは自動ドアの基本的な安全性能として、何か挟まっている、押さえられている限りは無理矢理閉じることはできない。八剣が押さえている間は強引に閉じられるということはないだろう。


 だがその代わり、ここに人がいることははっきりと相手に悟られているだろう。


「神無月、一人で行け。冴木の手元に川崎の端末があるから、持って行ってそれで俺の端末と通話を繋いどいてくれ。アシストできると思う」


 八剣の意図を理解して、冴木がうなずく。八剣の端末を使って情報をサポートしナビゲートするのは、冴木の役目になる。


「相手に気づかれてる以上、俺はここで冴木の護衛をする」


 ドアが閉まらないように抑えながら、八剣は言った。


 海一はうなずきを返す。綾香の端末を起動させ、八剣の端末と通話をつないだまま胸ポケットに入れると、用具管理室を飛び出していった。


 すぐに冴木からの情報が入る。


『神無月さん。四階に上がってください。最後に複数の人間のウォッチの存在が確認できたのが、四階の左端の突き当りの部屋です』


「分かった」


 と、返事をしたところで、視界に信じられない光景をとらえた。


 一階端の用具管理室から廊下を走って階段のある場所まで行こうとしていたのだが、何と防火シャッターのようなものが上から下がってきているのである。


 そうだ。たしかこの学校は不審者対策として、廊下を仕切る非常扉が隠されているのだ。普段は隠されているが、非常時に操作をすることで扉を下ろし、不審者を閉じ込めることができるという。


 まったくわけの分からない機能を作ったものだ、と悪態をつきたくなるが、今はそんなことを考えている場合ではない。


 海一はスライディングの要領で、階段につながる通路に下ろされようとしていた扉の下をなんとかくぐり抜けた。


『神無月さん、大丈夫ですか?』


「閉まりかけていたが、なんとかな」


 身を立て直し、冴木に応答しながらダッシュする。


 目の前では今まさに、一階廊下と階段が接する部分にも非常扉が下りようとしていた。


 階段がある関係で足から滑り込むこともできず、タッチの差で扉は下りきってしまう。


 海一は自身の足に急ブレーキをかけ、クッと顔をしかめる。


「冴木、間に合わなかった」


『やはり、こちらの動きを読まれているようですね……。廊下に設置された監視カメラで見ているのでしょう。少々お待ちください』


 カチャカチャとキーボードを操る音が聞こえたのち、行く手を阻んでいた非常扉が上に戻っていく。上がりきるのを待つのをもどかしく、海一は身をかがめて扉の下をくぐり、階段の踊り場に入り込んだ。階段を駆け上がっていく。


 二階と三階も、通路に通じる道には非常扉が下りていた。だが、階段を昇れれば別に関係ない。目的地は四階だ。


 そして同じように、四階通路に出るための道にも完全に非常扉が下りてしまっていた。


「四階につながる非常扉が下りてしまっている。どうにかならないか?」


『やってみます』


 そう冴木が答えてからすぐ、聞こえてくる音声がざわついた。海一は電話の向こうに神経を研ぎ澄ます。


『八剣さんっ……!』


 悲鳴にも似た、八剣の名を叫ぶ冴木の声。


『いい、気にすんな! そっちを続けろ! お前じゃないとできないんだから!』


『は、はいっ!』


 ついに、用具管理室が襲撃を受けたのだろう。八剣が独りで応戦しているに違いない。


 それでも海一はここで、冴木の腕を信じて待つしかない。


 だが。


『え……どうして?! 四階のドアのロック解除が、何度やっても弾かれてかれてしまう……!』

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