もしも(一話完結)

みゆたろ

第1話 コンビニ


私、原翔子はらしょうこ

全国チェーンのコンビニに勤めている。

客として訪れた男は、値上がりが続いてそろそろ一箱千円になりそうな勢いのタバコを、カートン買いした。


男の購入金額は7500円。


男がお札を一枚差し出して、お釣りを待っているのだろうか。


「......」


翔子はあえて、もう一度、笑顔で金額を告げた。


「7500円になります」


裕福そうな服装。おっとりした様子の老人は突然すごい剣幕で怒り始めた。


「だから、払っているだろ?」


「お客様、こちらは現在一円の価値でして、あと7499円足りませんので...」


その日、朝からニュースは大賑わいだった。

これまで「一万円」として大事にされてきたお金が、今は「1円」の価値しかなくなっているとーー。


老人はどうやらそのニュースを、知らなかったのだろう。


「ーーそ、そんなはずは...?!」


老人は慌てふためき、財布を広げる。


「残りの7499円分のお金を持っているだろうか?」


その確認をする。

財布の中には小銭が少し入っているだけだ。

老人の顔が青ざめた。

財布の中を広げ、私に見せると老人が言った。


「ごめん。持ち合わせが足りないーー後で買いに来るよ!」


「お客様、ありますよ!」


翔子は笑顔で答える。


「ーーある?これだけで、買えるのか?」


希望に満ちた顔で、老人が聞いた。

まるで、記憶のない時間がたくさんあるかの様に感じられる。


老人の財布から、小さくて軽い元の1円玉を取り出すと言った。


「ーーこちらでお預かりしますね」


「ーー君それは一円玉だぞ?足りるのか?」


「大丈夫ですよ!こちらは今現在1万円の価値がありますので」


訝しげな顔で老人がこちらを伺っている。

小銭をジャラジャラとさせながら、お釣りを返そうとすると、老人が言った。


「お釣りはいらないよ!ーー君にあげるよ。君が使えばいい」


「ーーそ...そんな?」


店員は困惑した顔をしている。


「対した額じゃないーー気にしなくていい」


いつの間にか穏やかな顔に戻っている老人が、優しい口調で言った。

老人は振り返る事なく「ありがとう」と言って、店を出る。





さっきのコンビニは、店員が親切でいいなぁ。


老人がぼやく。

まるで子供のように嬉しそうな顔で買ったばかりのタバコを抱えている。


少しウキウキした老人の後ろから、ゆっくりと迫るのは、白のセダンだ。

比較的静かな音を立てながら、のろのろと老人に迫っていく。


見た感じが裕福そうに見える。


小綺麗な服装、そしてオシャレだ。

キレイに染まった白髪を恥じるでもなくどうどうとしている。


一直線だった道を、くるりと右に回った。その時――。


黒服の顔にはマスクがついていて、全身が黒く染まっている。


だんだんと近づいてくる足音。


ーー通行人の邪魔をしてはいけないと道の橋に、老人が避けたが、その後ろから老人の口を塞ぐ。


「おい!乗せろ」


言葉足らずな指令が飛び、もう一人が老人を車に押し込む。


「お前の家まで連れていけ!」


彼は誘拐されたのだ。

見知らぬ白いセダンに乗せられて、老人の家まで連れていけと誘拐犯の彼らは言っている。

車に乗せられて、わずか1分程度で老人は車から下ろされる事になる。


「そこだ!そこが私の家だ」

老人が、そう言ったからだ。


   ※


見るからに敷居の高い風貌の大きな屋敷だ。

家は大きく玄関に入ると長い廊下が続いている。

ズンズンと室内に入ると、誘拐犯が言った。


「おい!この家にある金、全部を出せ!」


「わ...わかりました」


老人は素直に犯人の要求に従う。

しかし、ここにあるのは全てお札しかない。さきほどのコンビニのお嬢さんの言葉が、本当の事だとすると、もはやこの家にあるお金は、クズのようなものだろう。

こんなものでもいいのだろうか??


これでもかってほど、分厚くなっている札束を見て、犯人がいう。


「ーーなめてんのか?」


「違う!!この家にはお札しかないんだ!信じてくれ!!」


「何だと??」


強盗犯が睨み付けている。

といっても、目元しかわからない。


「おい、可哀想に...お前にこれやるよ」


細身の強盗犯が軽いコインを一枚手渡した。


「1万円だ。使ってくれ!!」


終わり。

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もしも(一話完結) みゆたろ @miyutaro

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