第3話 小さい光の導き
「ああ~そろそろ行かなきゃ」
昼休みが終わってしまう。
ララは怒りに任せて立ち上がるが、一向に教室に足が向かない。
「はあ~サボりたい……」
芝生の上でゴロゴロしたい~。
しばらくゴネていたララだったが、ふと目の端に何か光るものが通り過ぎるのが見えた。
「?」
虹色の小さな光が点滅しながらララの周りを旋回し、渡り廊下の先に消えていく。
「何かしら?」
新手の飛蚊症?
ララは口元に笑みを浮かべ、先程の光を追って行く。
授業など二の次だ。
「この感じ、懐かしいわ」
ララは魔力が無くなる前、沢山の光、いわゆる精霊のようなものが見えていた。
小さい頃はよくそれと追いかけっこをして遊んだものだ。
今はもう、ほとんど見えないけれど。
最近は視力さえ弱くなってるように感じる。
ララはぐっと目に力を入れて何度か瞬きを繰り返しながら、光を追うべく廊下に走り出たのだが、曲がり角に差し掛かったその時、
ドンッ!
壁のような何かにぶつかった。
転ぶ!と思ったと瞬間、グイっと誰かに身体ごと引き寄せられた。
ララは驚いて見上げると、黒いスーツを着た銀髪の男性に抱え込まれていた。
ララは慌てて体勢を整え、
「申し訳ございません」
と淑女の礼をとる。
辺境の田舎者であろうとも、一応きちんとマナーは教わっているのだ。
「っ!?」
銀髪の男が息を詰めたのが分かった。
ララは内心、ああ、いつもの反応ね。と苦笑した。
第一印象が最悪なのは経験上、自分が一番よく分かっている。
「失礼、怪我はないか?」
「はい、ありがとうございます」
相手はどうやら紳士のようだ。
一瞬で平常心を取り戻したらしく、ララを気遣ってくれる。
ララは少し困惑しながら銀髪の男性を見上げたのだが、逆に男にじっと見つめられている事に驚いた。
「……」
銀髪に金色の瞳。
とんでもない美形とほぼゼロ距離で見つめ合ってしまっているララだったが、何故かどこかで会ったような不思議な感覚に陥った。
こんな美形、1度見たら2度と忘れないとは思うんだけど……。
ララは首を捻る。
「体調が優れないのでは?」
何も言わないララに男は心配そうに尋ねる。
「あっいえ、どなたか存じませんが、お心遣い感謝いたします」
見た目が白い分、ララは常に体調が悪いと勘違いされる。
確かに今少し体調が、主に胃がムカムカしてはいるが、これは先程のシュークリームの食べ過ぎのせいだ。最後のチョコクリーム。あれはなかなかパンチが効いていた。今後は食後のデザートは4つまでにしようと、ララは固く誓う。
「そうか」
「はい、では失礼しまっ」
言い終わる前に、男はぎゅっとララを抱き寄せた。
「えっ!?あの」
咄嗟の行動にララは驚いて硬直する。
「細いな」
「え?」
「ロイ様」
突然背後から別の男の声が聞こえて振り返ると、もう1人、黒髪で長身の男が立っていた。
「ああ私は……ロイ。こいつはクロノだ。ルグレシアより視察に来ている。この国にはしばらく滞在する予定だ」
「帝国のお方。これは失礼いたしました。私はララ・ウインザーフィールドと申します。この度は我が国の学園にご足労頂き、誠にありがとうございます」
ララは男の腕から逃れ、美しいカーテシーを披露した。
「なるほどやはり『ウインザーフィールド』だったか」
ロイがふと口元をほころばせる。
「?」
「また会おう」
ロイはそう言うと踵を返した。
クロノと呼ばれた男はほほ笑みながら深々と頭を下げると、ロイの後を速足で付いていった。
ララは2人の後ろ姿をしばらく眺めていたが、辺りに先程の光が居ない事に落胆し、しぶしぶ教室を目指して歩きだしたのだった。
「本当に生きていらっしゃったのですね。しかもウインザーフィールドとは」
当たり、ですね。
クロノは嬉しそうに呟く。
「ああ、だがあれは……硬化が始まっていた」
「ええ」
クロノは後ろを振り返ると、グッと目を眇める。
ララの後ろ姿を包む大量の金色の粒子。
主自らが最上の加護を授けた事にほっと息を吐いた。
それにしても少し与えすぎでは?
あれではこの星が爆発しても生き残れますね……。
ロイの過保護ぶりに呆れながらも、
「調べてみましょう」
クロノは唇に人差し指と中指を添えて軽く息を吹きかける。
すると辺りに一瞬黒い影が浮かび上がった後、直ぐに再び静寂が訪れた。
「それから」
クロノは握っていた左手を開くと、先程ララを誘って点滅していた光が蛍の様にふわっと飛び出てきた。
「あなたにも詳しく聞かせて頂きましょうかね」
クロノはその光に向かってニッコリと暗い笑みを浮かべた。
「余り脅してやるなよ」
それを見てロイは溜息を吐いた。
---
「ようこそお越しくださいました、私はアレキサンダー・シャルル・アクア。この国の第2王子でございます。現在この学園に在籍しており、本日はこの学長アドニスと共に学園内を案内させて頂きます。若輩者ですがどうぞよろしくお願い致します」
アレキサンダーは最敬礼をした後、隣のアドニスを紹介した。
「ようこそお越し下さいました、私がこの学園の学長をさせて頂いておりますアドニス・オットーと申します」
小柄で小太り、口には立派な髭をたくわえた学長アドニスは、ロイとクロノに深々と頭を下げて挨拶をする。
アクア学園の学長室。
ロイとクロノに向かい合うようにしてアドニス、そしてその隣にはアレキサンダーとアンが立っていた。
「こちらがアン、私の婚約者です」
アレキサンダーは隣のアンを紹介した。
「アン・サザランドと申します」
ロイの眉がピクリと動く。
「私はクロノと申します、ルグレシアン帝国の調査官でございます。こちらは私の上司のロイです」
代わりにクロノが答える。
「畏まりました、それではロイ様、クロノ様、どうぞお掛けください」
「その前に」
クロノはニコリと笑って右手で話を遮る。
「そちらのお嬢さんはどうしてこちらに?」
「え?」
クロノが『お嬢さん』と呼んだのは、アレキサンダーの横に立つアンの事である。
その事に気付かず、アドニス、アレキサンダー、アンはしばしポカンとしてしまう。
「私の記憶が正しければ、アレキサンダー殿の婚約者は、ララ・ウインザーフィールド様では無いのかと。このお嬢さんが私共の視察に何の関係があるのですか?」
クロノはニコリとほほ笑んだ。
これはれっきとした公務である。
特にパーティ等でも無い限りエスコートなど必要無いのだが、アンがどうしても帝国の調査官と会ってみたいと言ったので、アレキサンダーが自分の婚約者としてアンをエスコートしたのだった。
アレキサンダーは正直舐めていた。
帝国の調査官がまさか自分の婚約者の名など知っているはずがない。
王族の自分が相手をしているのだから、エスコート相手が誰であろうと問題は無いと。
アンも似たようなもので『帝国人はとても見目麗しい』と言う噂があった為、単純に興味本位でアレキサンダーにエスコートをお願いしただけであった。
「あ、はい、ララは病弱でして、失礼に当たると思い代わりにこのアンを、と」
見た目がアレなのでその様に見えるが、ララは決して病弱では無い。
持病と言えるモノがあるとすれば、寝起きの悪さと倦怠感、万年冷え性くらいである。
しかしアレキサンダーは面食いであった。
以前のララの姿であればいざ知らず、今のララの外見など視界の端に入れるのも不愉快で絶対に近寄りたく無かった。
エスコートなんてもっての外である。
その点アンは美しく何よりお互いが好き合っている。
アレキサンダーは事あるごとにアンをエスコートした。
その状態に慣れ切ってしまった彼は、今の状況の何が悪いのか理解出来ていなかった。
「成程、彼女は学園関係者では無いのですね。ララ様の代わりと言う事ですが、あなたには婚約者が2人いるのですか?」
クロノは質問する。
「え!いえ、そのような事は……」
「つまり、辺境伯のご令嬢であるララ様は正妃候補でこちらが愛人候補、と言う事でしょうか?この国は正妃と婚姻もせぬ前から愛人を公務に連れて行くのが普通なのですか?学長」
『側室』と言わずに『愛人』と言う辺り彼の性格の悪さが出ているのだが、なに食わぬ顔でクロノはアドニスへと矛先を変える。
「そっそっそそのような事は無いかと……」
アドニスは青白い顔をしながらしどろもどろ答える。
第2王子の婚約者は、あのララ・ウインザーフィールドだと貴族の誰もが知っている。だが、誰もが彼女の境遇や外見を知っているので、第2王子のこのような行動には目を瞑っていた。彼女を公式の場に出すのはみっともない、見栄えが悪いからと。
「わっわたくしは愛人などではありません!来年には正式な婚約を……」
アンは屈辱の余り、顔を真っ赤にして反論するが、
「誰の許可を得て発言しているのですか?」
クロノはニコリとほほ笑む。
「っわ、わたくしはっ」
「それとも何ですか?帝国の調査官程度には愛人で十分だと?」
「そっそのようなことは!!」
アドニスが土下座の勢いで頭を下げる。
アンは何がまずいのか分からずアレキサンダーを見るが、アレキサンダーは下を向いて唇を噛んでいた。
「ララ嬢を呼べ」
ロイはアドニスに冷たく言い放つ。
「か、かしこまりました」
アドニスは慌てて部屋を出て行く。
「ま、待ってください、ララは病弱で公式の場には、その、何と言いますか、見目も不似合いです!」
アレキサンダーは焦ったように止めに入るが、
「それを決めるのは、私達ですよ」
クロノの満面の笑顔に阻止されたのだった。
学長室は重い静寂に包まれていた。
先程までアンはアレキサンダーが止めるのも聞かず、あれこれロイとクロノに話しかけていた。
いかにララの見た目が気味悪いか。
いかにララの性格が傲慢か。
いかにララが第2王子の婚約者の地位にしがみつく哀れな存在か。
「ちょっと人より魔力量が多いからって調子に乗って、だからあんな病気になったんだわ。あんな酷い外見、私なら悲しさのあまりに自害してしまいますわ」
ペラペラと話すアンだったがロイとクロノには全く相手にされず、と言うか、完全に無視され、ついにアンは怒りだした。
「ちょっと失礼では無くって?こちらが気を遣って色々話していますのに無視するなんて」
「おい、アン、止めろ」
アレキサンダーは、流石に不味いと分かっているので止めに入る。
「だって、わざわざアレクが来ているのに……」
「とにかく黙って」
アレキサンダーはちらっとロイとクロノを見る。
憮然とした態度で座っているロイ。
クロノはその横でニコニコと笑っているが、2人とも終始無言だ。
まずい。
父上に何と言い訳したら良いのか……。
アレキサンダーが頭を抱え始めた頃、
コンコン
「入れ」
アドニスがララを連れて学長室に戻ってきた。
「ようこそ、ララ・ウインザーフィールド様」
クロノがにっこりとほほ笑んで立ち上がると、「どうぞ」と何故かロイの隣の席へとララを促す。
「あ、先程はありがとうございます」
ララはロイとクロノにお辞儀をする。
「気にするな、そら、ここに座るが良い」
急に機嫌の良くなったロイが、何故かクロノと同じように自分の隣に座るようララに促した。
「あ、ありがとうございます」
ララは焦るも、素直に従ってロイの隣に腰を下ろす。
それにしても……。
どうして私がここに呼ばれたのかしら?
ララは周囲を観察するが、アレキサンダーにはあからさまに眉を顰められ、隣のアンに至ってはララをギロッと睨んだ後にぷいっと目を反らす始末だ。
「元気か?」
不意にロイはララに問う。
「はい。何故か先程からとても気分が良いのです」
ララはニッコリほほ笑む。
嘘は言っていない。
確かにシュークリームは既に消化され胃に余裕が出来ていたのだが、それとは違い、
何故か先程から体がお湯に浸かったかようにポカポカと温かいのだ。万年冷え性の体が嘘のようだ。
余りの心地良さについ眠くなって、授業中にも関わらず堂々と舟をこぎ始めたのだが、何故か授業の途中で乱入して来た学長に叩き起こされてここまで連れて来られたのだった。
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