第4話 ララの過去

「そうか、良かった」

ロイはそう言うと、ララの頭を優しく撫でる。

それを見たアドニス、アレキサンダー、アンは驚いた。

しかし一番驚いたのはララ本人だったが、彼女自身何となくこの感覚に覚えがあった。


なんだろう……懐かしい。


室内に奇妙な沈黙が流れる。

最初に口を開いたのはクロノだった。


「話を聞く限り、ララ様は体がとても弱い様子です。学園生活に支障は無いのでしょうか?」

「学園生活ですか?それはどう言う……」

ララは逆にクロノに尋ねた。


「先程アレキサンダー殿は、ララ様は体が弱い為に公務には参加出来ないとおっしゃっておりましたので」


つまりクロノは、今日何故この席に最初からララが居なかったのか、と問うているのだ。

これは不味い。

ララはアレキサンダーをちらりと見るが、我関せずと言った風にアンと何やらコソコソと話をしている。


そもそも何故ここにアンがいるのか。

一体彼らに何と紹介したのか。


ララは今日、学園に帝国の調査官が来る事など知らなかった。

先程ロイに偶然会って知っただけだ。

これは明らかに責められている、とララは思った。


「実は私は10歳の頃に患った『魔力暴走病』により後遺症が酷く……」

ララは身の上話をする事で、何とかこの場を切り抜けようと考えた。


「魔力暴走病ですか?初めて聞きますね」

クロノが微かに首を捻った。


「突然魔力コントロールが出来なくなり、全ての魔力を失う病です。私は10歳の時にそれを患い全ての魔力を失ってしまったので、今はこのような姿をしているのです。それまでの私は黒目黒髪だったのですが」

「全ての魔力を失う……だと?」

隣でロイが小さく息を飲んだ。


「今はそれなりに元気なのですが、いつ再発するかも分からない為、ご迷惑をお掛けしないよう公務は極力控えさせて頂いているのです」

苦しい言い訳だが筋は通っている、はず。

そもそも何で私が尻拭いをしなければいけないのか。

ララはイライラしながらアレキサンダーを睨む。


「成程、良く分かった。そのような状態ではこれからの公務にも差し障りが出るであろう。ララ嬢、酷かもしれないがこれを機にアレキサンダー殿とは婚約を解消してはどうだ」

ロイは突然そう告げた。

アレキサンダーはぎょっと目を見開く。


「はい。私もそう思い何度も国王陛下にお願いをしたのですが、了承しては頂けませんでした。私としましては早々に婚約を解消して頂き、領地にて静養したいと言うのが本音でございます」


ララは表情を崩さず出来るだけ淡々と告げる。


「そうか、領地というのは確か」

「ローレル地方でございます」

「ああ、確かにあそこは美しいな。療養にはもってこいだ。何なら帝国に来るがよい、良い場所がある」


先程からロイが、何故かララにだけに優しい態度を取っている事に周囲は薄々気付いていたが、アドニスは触らぬ神に祟りなしといった風に沈黙し、アレキサンダーはロイ達が可哀想な境遇のララに同情しているのだろうと思っていた。

アンに至っては不機嫌な表情でララを睨んだままだ。


「もったいないお言葉です」

ララは深々とお辞儀をする。


「と言うことだ、アレキサンダー殿。この哀れな令嬢を解放してやってはどうだ」

ロイは口角を上げてアレキサンダーに問う。

いや、口調は静かだがあきらかに命令である。


「……」

しかしアレキサンダーは答えない。


「君もその女を好いているのだろう?問題無いではないか」

ロイは隣に座っているアンに目をやると、彼女の目が一際輝く。


「父に、国王陛下から許可を貰わなければ……」

アレキサンダーは弱々しく答える。


「私が一筆書こう、それならば直ぐにでも許可が下りるだろう。それとも何か?解消出来ない理由が何かあるのか?」

「い、いえ、そのような事は……決して……」

アレキサンダーは下を向いて拳を握りしめる。

「「「?」」」


それぞれ思う所は違えど、アドニス、アン、ララは首を傾げた。

確かに辺境伯の力は国にとって重要だ。しかしアレキサンダーがララを毛嫌いしているのは周知の事実な訳だし、国王陛下が反対しているにしても帝国が力を貸すと言うのだから、喜んで頷けば良いはずだ。

婚約に反対していた辺境伯にも恩を売れる。

それなのに何故アレキサンダーは躊躇するのだろうか?と。


一方ララはこの機会を何としても逃したく無かった。

帝国の助力があれば、多少強引でも間違い無く婚約を解消出来る。

絶好の機会を逃したくない。

ララは自ら進んで行動に出た。


「それでしたら、こちらはお返し致しますね」

ララは左手を少し挙げて皆に指輪を見せた。


「それは?」

クロノはララの左手を覗き込む。


「はい、これは婚約時に王家より賜った正式な婚約の証でございます」

「婚約の証?そのような習わしがこの国にはあったでしょうか?」

クロノはアレキサンダーに尋ねた。


「は、はい。それは王家に代々伝わる白銀の指輪でございまして、婚約者には必ず身に着けてもらう事になっております」

「なるほど、由緒正しき指輪なのですね」

クロノは納得したように静かに頷く。


「それでしたら、アン様にこそふさわしいですわ」


ララはそう言うと、指輪に手を掛けて外そうとする。

ララの行動は、第3者から見れば丁寧かつ上品に指輪を外そうとしているように見えるのだか内心は、


こんなもん!

こんなもん!!

ようやく外せるわ!

叩き返してやるんだから!!!


と大荒れであった。


しかし……。

「あら?取れませんわ」

回しても引っこ抜こうとしても埒があかない。しばらく指輪と格闘していたララだったが、

「失礼」

クロノがおもむろに席を立ち、ララの下に跪くと指輪に手を添えた。


「な、長い間つけているので取れにくくなっているだろう。正式に婚約解消が決定したら外そうじゃないか」

アレキサンダーは少し吃りながらそう告げた。


「は、はあ……」

ララは落胆する。


「では学長、明日再び皆をこちらに呼ぶがよい。そこで私が立ち合いとなり、婚約解消及び新しい婚約の見届け人となろう」

そう言うとロイは立ち上がると、ララをエスコートしてさっさと部屋を出て行った。


クロノも後に続くが、ふと振り返る。

「それではよろしくお願いします。後程国王陛下にはロイ様よりお手紙をお送りいたしますので」

そう言うと、ほほ笑みながら部屋を出て行ったのだった。





「ありがとうございます」

ララは2人に深く頭を下げた。


「急に呼びつけて悪かったな」

ロイは優しくララに声を掛ける。


「勿体ないお言葉です」

「それと、クロノ」

「はい」


クロノは、

「失礼します、左手を」

ララにそう告げて彼女の左手に触れると、薬指に嵌められていた指輪をいとも簡単に外した。


「あ……」

うそ。

外れた。


「この指輪はこちらで責任を持ってお預かります。明日、アン嬢にきちんと付けて頂きましょう」

「あ、はい、よろしくお願いします……っ」


ララは無意識にポロっと涙がこぼれ落ちた。


「し、失礼しました」

何てことない指輪。

だがララにとって重い枷でしかなかった。


自由に・・・なれた。


そう感じた瞬間、ララの胸の辺りから熱い塊がせり上がり、涙となって次々と流れ落ちていった。

どんなに強がっても、負けるもんかと踏ん張っても、思い通りにいかない現実。

誹謗と中傷。

ああ、私、つらかったんだ・・・・


ボタボタと音をたててこぼれる大粒の涙から、辛かった過去の思い出が一緒に流れ出ているようで。

ララは不思議なくらい心地よかった。


「あ・・りがとうっ・・ございます」


そんな姿にロイはそっとララの肩を抱き寄せた。

ララは驚いたが、何故か懐かしい温かさと匂いに包まれて目を閉じ、涙が枯れるまでロイの胸を借りたのだった。



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「父上、いかが致しましょう?」


アレキサンダーは学園から帰るや否や、国王への面会を申し込んだ。

今現在、執務室には自分と国王、王太子である兄カルロの3人が揃っている。


「まさか帝国が出てくるとは」

「そろそろ潮時か」

国王はロイからの手紙に目を通し、口惜しそうに呟く。


「では」

「ああ、放っておいてもあの娘はじきに死ぬだろう、十分我が国に貢献した。魔術師協会にはこちらから言っておこう。婚約解消についても丁度良い。帝国からの要請とあれば断れまいと世間は知っているだろう。お前の評判には傷は付かん」

「辺境伯の力とあの魔力量、流石に惜しい気がするが、使い潰す前に体の良い口実が出来た。カルロ、次の贄を探しておけ」

「かしこまりました」

「これで私は自由なのですね」

「ああ。サザランド伯爵の令嬢だったか?好きにすると良い」

「ありがたく」

3人しかいないはずの部屋。

ランタンの影がゆらりと揺れたことに、誰1人気付く事はなかった。

--------------



「……」

ロイは黙って水晶を見つめている。


「成程、これで全ての辻褄が合いますね。

数年前から乙女が庭に現れなくなり、気配が完全に消えてしまった事。同時期にこの国が高度な成長を始めた事。この国に精霊が全く居なかった事」

「……」

クロノはララから預かった指輪をコロコロと手の中で弄びながら話す。


「あの者達は愚かにも、乙女を使い潰す気だったのですね」

「……」

「気配が完全に消えてしまい、私達は不覚にも乙女が死んでしまったのかと勘違いしてしまいましたが、まさか、こんな……」

クロノは弄んでいた指輪をギリギリと握る。

ロイは先程から顔を片手で覆っている。

指の隙間から見える瞳には、激しい怒りの炎が見え隠れしていた。


「あのご様子では、硬化が始まってかなり時間が経っていましたね。お前達、良くぞ乙女を守ってくれた」

クロノの肩付近から小さな光がいくつか現れ、薄っすらと人型をとるとその場に跪いた。

「眷属を大分失ったようだが直ぐに回収して差し上げます。それまで王の庭で休むが良い」

クロノがそう告げると、その物達は姿を消した。


「まずは、ロロ・ウインザーフィールドから提出された亡命嘆願書を受理し、早急にウインザーフィールド家を帝国領に受け入れましょう。動くのはそれからですね」


それにしても……。


クロノは思う。


ロロ・ウインザーフィールドの嘆願書に、ララの名前を書かれていて本当に助かったと。

2人は『ララ』という名だけを頼りに世界中を探し回っていたのだ。


「クロノよ」

ロイがゆっくりと口を開く。

辺りの景色が蜃気楼の様に揺らぎ、そこかしこでピシピシと何かが壊れる音が聞こえる。


「はい」

「奴らに未曾有の苦しみを」

くぐもった、しかしはっきりとした声でロイはそう告げた。

「心得ております」

我が王よ。


そう言うと、クロノは優雅にお辞儀をした。




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3歳になったばかりのララは、ぴかぴか光る光な魂に誘われて裏庭の大樹の前に立っていた。

光が木の根元に消えていくのを見て、何故か自分も行ける!と思ったララは、ワクワクしながらそこに手を伸ばした。


気が付くと、ララは見知らぬ場所に立っていた。

辺りを見回しても誰もいない。

先程まで明るかったはずなのに、なぜか辺りは真っ暗になっている。


「く……くりゃい、び、びえ~~ん」

さっきまでの興奮など一気に冷め、ララは号泣き出した。

「ひっく……びえ~ん……うううおか~しゃま~~おか~しゃまああああぁああ!」


すると、

「私の庭で泣いているのはお前か」


突然声がしてララが振り向くと、そこには銀髪の美しい男が立っていた。

ララは思わず駆け寄って、男の足にしがみつく。


「ここ、ひっく……どご?……ひっく、おか~しゃまは?」


「ここは私の庭だ。何だお前、1人で界を渡ってきたのか?流石だな、名は?」

「ひっく……りゃりゃ」

「リャリャ?」

「ちがう~らぁらぁ!」

「ララか!そうか。どうだ、ララ!うまい菓子が沢山あるが、食うか?」

「おかし!?たべりゅ!だいすき!!」

ララはあっという間に泣き止んで、男の足元でピョンピョン跳ねた。


「よいしょっと」

男はララを抱え上げ、肩に乗せる。

「うわ~たかい」

「ララ。私はジークフリートだ、覚えておけよ」

そう言うと、ジークフリートは『ふう~』と息を吐く。

すると辺りが一瞬で明るくなる。


そこは花々が一面に咲き誇る美しい庭。

噴水の水がキラキラと虹色に輝き、辺り一面精霊達がフワフワと飛んでいた。

どこかで美しい女性の歌声が聞こえる。


「わ~きれい~じぃくふると、おはないっぱぁい!」

「ジークフリートだ、ここは俺の庭だ、美しいだろ?」

「うん!じぃーふるとー」

「いや、ジークフリートだ」

「じ~ふり~く」

「いや、だから……そうだジークと呼べ」

「じぃく」

「そうだ、ほら、行くぞ、菓子を食べさせてやる」

「うん!じぃく!!」

ジークフリートは、ララをしっかりと肩に座らせ歩き出した。


それが2人の出会いである。


それからララは魔力が無くなる10歳まで、頻繁に裏庭の大樹の幹からジークの所に行き、美しい庭で毎日のようにジークフリートと遊んだのだった。

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