これが非常に面白い!

再編集


「なーなんかおもしろいハナシしてやー」ってもう撃っとるし。急に撃たれても=言われても困る。なんかしらドラマなりオチなりは必要ってことやろ? そんなんすぐ出てこーへん。困るは困るといっても別に見てて楽しい困り方ちゃうからそこで会話が途切れてしまう。そもそもLINEやしな。「なあなんかおもろいハナシしてくれや」で五七五やけど、やからなんやねん。いちばん好きな相手とLINEしてノリが突然死してまうのは向いてないってことやろうか。相手もLINEも。何度も撃たれて正解やったかもしれんな。でも君は二度と「なんか面白い話してや」なんて自分に言うてくれへんかもしれんし、悲しいは悲しいわ。思うに、人間誰にでも「今ここでなにか面白い話をしなさい」というオーダーが必ず与えられるかっていうとそうでもない。機会の問題っていうか。一回も注目されんで終わるやつもようさんおるやろう。自分の場合何回かでも己を試す機会があっただけまだマシな方で、まだマシな方向へ向かって進む文字列このエディターの上で今まさに右へ右へ空白を文字で埋める。あ。「じゃああと10秒で切るからその間になんか伝えたいこと言ってな」。あーーーーーーーーー。切れた。やっぱり君のことが一番好きやねんけどそういうこと言ってほしい空気ともちゃうしな。難しいわ。ほんま。おもろくない人間でも君と付き合える可能性はありますか? 何回でも撃ってくれてもかまわへんし。僕ドMやから。これがオチや。どないやねん。

 思いながらLINE三年分見返しとったら色々わかった気する。なんならツイートとインスタの投稿も遡ってだいぶエモかった。時代がくだっていくと段々手の内を見せんようになって、巧妙としか表しようのない領域が広がる。もう匂わせとかせえへんわけやん流石に。バランス取るために直接会った時にはSNSよりストレートな話をトップスピードで繰り広げたりするけどもうあんま細かいとこまでおぼえてへん。お互いそうやろ。いやむしろ細かいことの方がようおぼえてるかもしれんというのはあるな。爆笑した時の口角とか中々手を繋がせてくれん空気の感じとか。写真とか残っとったらまたちゃうんやろうけどまあ撮ってへんしな。

 なんだかんだで男についての話を聞くのは好きやわ。心底気の毒な話もなくはないけど基本的には聞いてて興味深い話として演出してくれるからドキドキするというか。興味深いというのは笑えるというのと別の尺度やからそれは一応。にしてもやっぱ話上手いと思うわ自分。僕から言われたところで大したアレちゃうやろうけど。

 ほんまいうともう小説とか映画とかは大概ええねん。ああこれ言おうかな、ちょっと悩む、まあ言ってしまうと、百本の傑作より一分間君の語り口を聞く方がよっぽど楽しいわ。これほんまやって。自分でもようこんなこと書けるな思うけど。

 ──咳き込む。

 まああとは、つっこんで本音を聞いたらはっきり答えたり逆に濁したり透かしたりするのもええと思う。それで僕が振られるとしても、聞くに耐えない悲惨さというのはなくてどこかしら楽観を聞けるっていうのが悪くない。「それで僕が振られるとしても」という書き出しの文章を千個書いた。今度送る。

 ここまで長文で送ったらどういうリアクションやろ。

「きもちわるい笑」とかかな。

 芸やから。そういう。

 思い出遡って新しい語り口に耳を開いていってそれだけ何年も繰り返すからとっくにあたまおかしなっとると思うけどそれはそれで人生やしな。


 どうでもいい花が咲いている。名前も値段もついておらず折りとった所で求める者もいない。種それ自体がそのような戦略を望んだということであるらしい。要らない花を想像して私は同情するでもなくその仮定に身を震わせる。

「きっと明日へも届かない」と呟いていたあなたの姿にだって震えられる。これはきっと悪い話じゃない。


 まだ鳴り止まへん。iPhoneの通知ではなく今まで君に言われたこと全部が脳内で。君の人生、僕の墓、好きな建築、家族、綺麗な歯並び、どうでもいい居酒屋のジョッキ、ぶつかったりして、音っていうほどでもない微かなの鳴り続けとる。

 自分にしては立派な自己開示を行なう。「色々考えた結果、こうなんよ! あと何がありますか!?」という演説を毎回飽きもせずね。いやー。

 君が言う。「考え過ぎやろ」

 手を叩いて笑う。

 店を出た後、別に捨ててもいいような夜景が広がっている。飯とか酒とかもう僕はどうでもいいし、会話しか残らへんし、会話もすぐに思い出せなくなって、ニュアンスだけが手元に残って。手は繋がれへんかった。セックスはなし。微妙なニュアンスをありがとう。

 色々なことが絡まっとるな。出会ったころの淡い期待、裏切られたと思った頃の深い失望、セックスはしないけどたまに会って飲むぐらいなら別に構わないとかそういう地点。

 でも、いつも同じ夜景を見てるようでいて、実際は色々な光が少しずつ違うものに変わっていってて、ちょっとの時間で今まで見たことのないものが広がるって漠然とは信じられへんやろうか。いや基本ネガティブな人間やけど、どうしても君とか光とか変わっていくことを期待してる。期待してもうてるのはどうしようもないことやから。

 もちろん見えなくなっていく領域はあると思う。僕はどっちかっていうと忘れられない方やけど、それでもいつまでも覚えていられるほどの容量はない。僕が忘れたことを君が覚えて、君が覚えていないことを僕が忘れないようにすればバランス取れるやん。

 センテンスっていう閃光、空中でひらりと翻る一瞬のことだった。僕は見たしずっと考えてるけど君はどうなんかな。気になる。


 僕は自分の片思いについて秘めたままいくことを考えてたんやけどなんやかんやで親しい友達とか新しい友達に色々あることないこと喋ってもうた。僕はどっちかっていうと人の秘密にしてることを聞き出せるような人間になりたいと常々志し立ち振る舞ってて、その話の流れで僕の一番大事にしてる祭壇について仄めかさならんことがよくあるんやわ。人様の秘密になんぞ立ち入って何をする人かと思うかもしれんけどこれはしゃあないんやと思うわ。

 考えてみると僕一人の洞窟ってあとどのくらい残されてるんやろうか。君との関係、人間関係クラッシュ、バイトを雑にやめたこと、いつも金がないのに見栄ばっか張ってること、本当は自分が何者にもなれないと悩んでいること、よくわからないオブジェが家の前に立っていると嬉しい。むっつりなのは見りゃわかるしな。ほんまに悪いと思ってるのは僕みたいなのに何年も執着されて挙句しょうもない小説を連作で書かれてしまってるん。しかし君とか関係なく少しでもおもろい人間になろうと努力するには書かなしゃあないし喋らなしゃあない。あはは。言い訳もうええな。

 あるいは君に対して長い闘争を繰り広げてるとも感じる。すげー迷惑な話。はっきり言って相互の信頼ばっかやないわけやんか。いやほんま一人だろうが二人だろうが死は避け難いやんか。考えるのをやめたっていずれ疲弊するしどっかで人生を戦わなあかんと思ってんねん。僕。

 なんか要望あれば聞くし連絡してや。ていうか単に連絡ほしいわ。喋るのをやめて書くのをやめろいうんやったら、もちろんやめるし、まともに生きろいうんやったらせいぜい努力する。実績もクソもないから信じてくれって、またみじめに飲み屋を出てから言うしかないな。まあせいぜい努力する。

 それで次いつ会える? って聞いても濁しまくりで、会えるかどうかはっきり聞いたら「わからんわ」って。撃ってもくれへんわけや。会えへんかったら会えへんかったでLINEするしDMするし、たとえ会えへんでも同じ時代に生きて通信しあえるだけで少しは幸せやし、別にええねん。夢でなら会えるしな。それについて君がどう思うかはわからんけどな。


 花って言ったっけ。咲いたやつ。僕ら一緒に出かけて色々見たのは事実で、それはでも忘れられる事実かも、まあ、会話の内容は覚えてないにしてもニュアンスは覚えてる。そんなかでどこまでが演技でどこまでが本音か、どれが儀礼だったのか考えてる。

「そんなん考えんでええやろ」

 にしてもあれやな。ほんまに考えすぎやな。


 君の手の内ほんまにわからんわ。「なんも考えてへんで」みたいな感じやけどなんも考えてへんことはないやろさすがに。考え方なあ、僕ら別々の道を通って別の場所を進んでる気がする。当たり前か。同じ世界に生きていてよかったと思うことすら、全然見当違いなんかもしれんわ。今どこにいる?


 喫茶店で向かい合う二人。

「元気?」

「ぼちぼちやなー」

「……」

「元気?」

「元気ッスよ。ただ僕の場合元気すぎるのも問題というか」

「そうなんや」

 メニューを見る。

「最近どう?」

「最近なー、普通やで」

「そっかー」

「別にそんな変わらんし」

 それぞれ珈琲を頼む。

「なんか面白いことないんですか。職場の上司が爆発したとか」

「あー爆発はないけど、上司がなんか告発されたわ」

「なにそれ」

「普通に刑事」

「ほう?」

「まあでもそんなおもろないわ」

「ほう」

「Aちゃんの見た? 幸せそうでよかったー」

「インスタ見たよ。考えてみたら学生時代はけっこう仲良くやってたのに今や時々DM送るぐらいしか交流ないから寂しいね」

「わたしこの間会ったで」

「へー。楽しそう」

 珈琲が来る。

「いや思うのがさ、僕らの身の回りにいる人たち、みんなつらいことも抱えながら、それでも幸せそうな姿はちゃんと見せてくれるわけじゃないですか今や。幸せよ。そういうの見てて焦りとかない?」

「一人が一番楽やし。まあわたしはいいかなって」

「幸せってなんなんだろうね」

「人それぞれでええんちゃう。知らんけど」

 周囲の席がざわめいているので、少し声を張らないと会話できない。

「普通ってなんですかね……」

「いやめんどくさいな」

「あー今日この後どうする」

「え、帰るんちゃうん」

「いや今日は宿とってない……」

「…………」

「はい」

「帰ると思ってた」

「まあ帰った方がよさそうですね……その前に二軒目行きましょうよ」

「別にええけど」

 会話が続く。


 会話が終わる。ばいばーい。


 はあ、君の裏垢突き止めて貫通して監視したいわ。名付けてインターネット・ペニス。現代の箱男。支配欲求はたしかにあるし、支配欲求の存在に自覚的になったからといって、マシになるでもない。

 鍵垢同士で仲良くつるんでる世界が僕の知らんところで宇宙のように広がっていると考えると、嫉妬のような違うような何かで発狂しそうになる。いやそれは嘘やわ。発狂はせん。

 たとえば世界のどこかに小さなラボがあって、そこでは人類にとって未知の快楽物質が合成されている。そのラボの関係者だけがその全く新しい物質を接種して、誰も体験したことのない快楽を味わっていると考えると、悔しいと思う。これ悔しいって言ったら全然共感されんかったけど……

 いやしかし逆に隠された部分があるっていうのも悪い気分やないかもしれんな。ミステリアスなん素敵やん。むしろ見えてない部分が多ければ多いほど嬉しい!


 なんか君の裏垢どうでもよくなったわ。


 君に言ったら「むり〜」とか言われそうやし。もうええかな。

 君の裏垢が知りたいというより世界の裏垢を垣間見て自分の知らない穴(比喩でなく)を覗き込みたい。そのまま倒れ、中に落ちる。スゥーッ、え、這いあがっ?


 穴の中にいる。十年続いたこの片思いももう初めの方は思い出せんわ。色々なことが思い出せんくなってる。楽しかったことばっか残って、自分がなにをつらがってたんかもうわからん。やっぱ記録とか写真とかって大事やと思うわ。言うほど残してへんけど。

 普通はこんなん(ラブレター代わりに小説書くとか)せえへんよなあと思ってるで。さすがに。

「普通じゃなくてもええやん」

 いや僕はたいがい普通に憧れてきた人間なんですよ。普通になりたーい。普通じゃないエピソードいくらでもあるけど、次の飲みのために取っておくとして。

 つらいとか愛とかもうそんな次元とちゃうねんな。たった一つの情念に自分が突き動かされてることはわかるけど、それにはまだ名前がついてへん。名前を知るためにこれ書いてる。

 あ、感想ありがとう。嬉しかったわ。まあやっぱりもっと読みやすいものを書いた方がよさそうやね。最初の一行目で読むのしんどくなるの。わかる。

 でも書いてる僕としてはすごい楽しいねんけどな。折り合いつけるわ。

 コントロールされた星が天にのぼる。僕はそれを見ている。明日には僕が一番うまく星を置ける、聖人だ。きっとそうだから、心配はいらない。


 既読スルー! 追加でなんか送るのも申し訳ないから、そう基本的にはなんでも情報送るのは後ろめたさがあって一々受信させるのにも申し訳ないと思ってるんやけど、それやからまだずっとLINEと睨めっこ。しとる。たぶんあと数週間ぐらい経ってなんとなくほとぼり冷めた感じになったら連絡しよかなあ。無難なんは事務的な連絡やけど別にそんなん送る予定ないしな。

 ブロックされなくてよかった〜っていうのがあるな。まず。主導権とか要らんし電波一本で君に通じるならそれで十分やねん。だからブロックせんといてな(汗の絵文字)。

 また中々キモいこと言ってええかな。

 犬になれたらなんも考えんとかわいがってもらえるんかなとか思う。積極的に畜生になりたいとは思えんけど、長い人生、気づいたら犬になってたいうこともあるかもしれん。先のことはわからんやんか。

 吠えようか?

 要らんか。


 いや答えはあんねんけどな。ようは下心ありきで焦ってるように見えるんがおもんないってことやから、下心とか配慮とかそんなん抜きにした完全にランダムな人間になればええってことやろ多分。一個のサイコロを振ります。振る舞いの全てがカオスに組み立てられて、一切の行動に予想はつかない、それでいて害のない人間でありさえすれば、ちょっとは相手したろうと思うやろ?

 何言ってるかわからんか。自分でもわからへんわ。

 意味不明と予定調和の間のオモシロ演出を狙っとるから。

 毎日新しいサイコロを振って君に届く試行回数増やすために駄文量産しとるで今。まあ、待っててくれや。何度も書き直す。別に待ってくれんでもええけど。


 死は避け難い。犬は増える。


 僕、穴みたいな場所から出てきた。


 目が見えてきた。やっぱり光、変わってるやん。



「もしもし」

「ど、どうもこんばんは」

「どしたん?」

「いやー……」

「……」

「まあ、最近どうしてるかなー? って思って」

「普通やで」

「ああ」

「ふっつーに仕事して、可もなく不可もなく」

「なるほど〜」

「え、就職した?」

「まあ、まあ、いや」

「まだ実家なん?」

「そッスね」

「へー」

「いやそれでね? 今日電話かけたのは」

「うん」

「今度東京行くから、就活で。その時遊びません? っていう」

「あー」

「どう、11月10日なんですけど。その前後とか」

「まあ、ちょっと無理かな笑」

「はいっ」

「……」

「…………」

「……」

「あとはまあ、近況とか聞きたいんやけど」

「別になんもないで」

「彼氏できた!?」

「いや」

「そうか……」

「一人が楽やし」


 会話における一つの可能性。

「穴に入ってたんですよ」

「へ」

「そう深くもない、這い上がれそうな深さの穴に長く留まっていました。でも出ようとは思いませんでした。土が音を吸収するのでそこはとても静かでした。静けさと土の匂いをよく覚えています。穴から出たところでどうせ静かな場所で横たわるだけなので、大して変わらないんです。円く切り取られた天空には様々なものが通り過ぎました。そのようなイメージがあった、もしくは実際にそういったことが起きた。どちらとでも言えます。銀色の鹿、燃える性器、人型等身大ロボット、マ、ネ、キ、ン、フランシス・ベーコンの絵画、市指定のゴミ袋に詰まった腐敗したゴミ。飛ぶんです。私は地獄にいると思いました」

「それで救いはあったん?」

「もちろん」

 特にそんな会話をすることはなく。


 愛みたいなの送りかけたけどやめとく。きもいし。じゃあこの際だしおすすめの映画とか漫画の情報でも送ったろかと思って送ったけど、数日後に既読スルーやし。うーん脈なしw

 かつては「取り消したかった思い出いっぱいあるなー」とぶつぶつ内語が反響してたけど、今や自分の経歴に恥じるところないなと思って受け入れてる。ポジティブにやっとる。

 ポジティブになった理由はその方が君は喜ぶかなと思ったから。十年かかった。

 絶望は客ウケが悪い。

 前向きに語ってみようか、愛以外について。結果がすべてやなー思う。金とか社会的地位とか、百年後にはカスになって何も残らんような虚無が今欲しい。服も。埃がたまって苔むすような家の庭にどんどん草生えて木になって森ができた。

 想像もつかないような豊かさが欲しいとは思わない。想像がつかないから。

 十年かけてホーッて吐いた言葉はゴミのような言葉が多かった気もするけど軽さゆえに飛翔してその後衛星軌道ぐらいには辿り着いたと思う。重力、知らんし。

 この後の十年ぐらいは時間を潰せるノートブックとスクラップブックをまた送る。

 笑って。

 百年は愛が渡ればええ。ああ結局また愛の話や。


「金ないしサイゼでいい?」

「サイゼいいですよ!」

 翌日。サイゼリヤ。

「久しぶりー。元気?」

「お久しぶりです。元気ですよ。なんかサイゼやと学生時代思い出しますね」

「ねー」

 適当に注文する。

「話というのはですね」

「はい」

「恋愛観についてインタビューさせてほしいということなんですが」

「はあ」

「どこから話したもんかな……まあまず僕は今恋愛小説をインターネットで発表してるんですよ」

「なんかやってますね」

「読んだ?」

「いや読んでないです」

「まあ別に読まなくていいですよ。で、まあ毎日毎日やってたらいい加減ネタも切れてだいぶつらくなってきたから、ちょっとインタビューでもしてみようかなと」

「なるほど」

「流れとしては、まず僕の親しい人にインタビューしていって、次に僕の親しい人からその人の友達を紹介してもらって、という風にどんどん繋がっていって、最終的には全然知らん人にもインタビューしたい、ということなんですよ」

「なんか楽しそうですね」

「友達の友達を紹介してもらう段階になると、僕の書いてる小説がある程度面白くなってないと困るから、今のうちに頑張って実績を積み上げて面白い小説に仕上げておきたいんよねえ」

「まあ私読んでないですけど」

「まあ別に読まなくていいですよ。それでインタビューの流れなんですが、現在から過去に遡っていく形でとりあえず今の恋愛状況について教えてもらって、どうしてそういう状況になったのかということを話せる範囲で話してもらうということで。あ、一応ルールとして、話したくないことは話さない、録音はしないけどメモは取る、ここで聞いた内容は口外しないけど小説に反映することがある、がある」

「思ったんですけど、知らない人の恋愛についてインタビューするってめっちゃ難しくないですか?」

「そうかなー。僕の経験上やと利害関係ない方が話しやすいというのはあるし」

「まあそうなんですけど、普通にその人のこと知らないとちゃんとした質問ってできなくないですか」

「まあそこは今回、初回を通してこれは効いたな〜っていう質問を抽出して、テンプレートみたいなのを作ろうと思ってるんよ。あとまあ言えるのは、僕って初対面の人相手でもある程度興味を持てるし、興味を持った相手には色々と聞きたくなることってどうしても出てくるから、質問に困るということは基本ないんちゃうかな」

「すごい自信ですね」

「何にせようまくいくかどうかは初回次第ですよ」

「あと場所は大事かもしれませんね。サイゼやとちょっと話しづらいこともあるみたいな」

「確かに。前にやってたみたいに自分で店借りて雰囲気作りするのが一番ええんやろうか。恋愛インタビューバーみたいな企画を立てて。ちょっと考えてみるわ」

 料理が届く。

「私紅茶淹れてきますね」

 彼女が席を立ち、ドリンクバーのコーナーに行き、ティーカップにティーバッグを入れお湯を注ぐ。ソーサーの上にティーカップを載せて彼女が席に戻る。

「まず今日のテンションなんですが、自分のテンション最高マックスの日を百とするなら今日はどのぐらいですか?」

「えー、まあ、六十ぐらいですかね?」

「なるほど。ありがとうございます。じゃあ僕も六十ぐらいで調整していきます。では、最初におうかがいしたいのは、今の交際状況なんですが、今お付き合いしてる方っていらっしゃいますか」

「いますよ」

「それはいつ頃から?」

「今年の春です」

「あなたのセクシャリティとお付き合いされてる方のセクシャリティやなんかについて後ほどおうかがいしたいんですが、まあそれは後で、あとまあ話せる範囲でいいので。はい。お付き合いされてるのは職場の方?」

「そうです。同期で何回か食事行ったりして」

「いいですね。馴れ初めで進めていきますか。イメージを掴みたいので、大体どんな感じの人ですか。一言で」

「まあ、変わった人ですよ。なんか服のセンスとか話し方とかおかしいし」

「おー」

「……」

「変わった人だけど、なにか響くものが、いいところがあって付き合ってみようかなって?」

「いやもう最近別れようかな思ってて」

「あー……まあまあ、そういうこともあるだろうと思って、大丈夫、想定の範囲内ですよ! しかしそうかー……じゃあやっぱりあなたにとっては虚無いインタビューだったというか」

「別にそんなことないですよ。なんか他人の恋愛について噂で聞いた話しゃべるのと大して変わらないっていうか。もはや」

「なるほど。ちなみに別れようと思った理由についておうかがいしても?」

「元々向こうがこっちを一方的に好きみたいな感じやったんですけど、付き合いたいって言われてまあいいか、みたいな感じで、でもなんかこっちからなんか一緒にしたいなと思えなくて。別にいい人なんですけど」

「はいはい」

「自分の時間もなくなるし」

「うーん。どうですか実際別れようってなったらどういう手続き、手続き? っていうか、まあ具体的にどうするのか」

「話があるって言ってストレートに言った後は、引き留めみたいなのあると思うから、それを適当にいなしてって感じですかね。なんなら引き留められてもいいかなと思うし。なんでもトラウマになるのが嫌なんですよ。きれいに」

「なるほど。ここまでお話をおうかがいしていて、なんかこれまでの経歴を丹念に追って深く恋愛観を掘り下げていくという、自分でも気づいていなかった自分の一側面を発見していくというプロセスを辿れていないというか、結構浅めの最近あった出来事について話を聞くレベルになってしまってますね。うーんもうちょい深くやりたいんですが」

「そうですか」

「あんま興奮してしまうと、あ僕がね、六十を超えて百二十ぐらいいってしまうから、塩梅が」

「……」

「六十ぐらいで。僕の思い描いていた流れというのがね、現代から遡っていって生い立ち、幼少の頃、特に幼い頃の親子関係にまで話が行ってから、人間関係ってなんやろう、っていうのを、一つのナラティブとしてまとめあげたいってことで」

「ナラティブってなんですか?」

「物語ですかね」

「へー」

「いやー! でもどうしようかな、めっちゃ聞きたいなそれ、他人の噂って楽しいもんなあ!」

「別に全然、話せることなら話しますけど。小説になるんですか」

「どこをどのぐらい小説化するのかというのは基本的に僕の裁量に任せてもらおうと思ってて。それで発表する前に一回原稿チェックしてもらうんで、それで問題なければそれで」

「あーはい」

 音は一枚の絵になって聞こえる。絵の中で遠い近いは感じられるが、結局は同一の支持体の上に乗せられた表現であり、すべてを明晰に位置付けることは難しい。

 高い話し声、低い声、咳払い、鼻を啜る音、咀嚼音、食器同士がぶつかる音、いらっしゃいませー何名様でいらっしゃいますか、店外から響くパトカーのサイレン音、ご注文お決まりでしょうか。この店の音は一つの絵として掲げられている。天使の絵が目に入る。二つの絵に同時に吸い込まれていく。天国もこのぐらい騒がしいのだろうか。

 彼女の頼んだ料理にも自分の頼んだ料理にも興味が持てない。食に悦びを感じづらいタチなのだ。

 机の上に置かれた彼女のiPhoneを見る。古い機種だが画面は割れておらず綺麗に使用されている。

 彼女の顔を見る。綺麗に化粧されているということはわかるが、どのように美しいのか説明できない。料理とは違い、関心は持っているが、まさか天使の絵やiPhoneと比較するわけにもいかない。描かれた絵は一日ごとに見た目が変わるということは少ないが、化粧された顔は実際に変化し続ける。写真ではない顔について語るのは川の流れを一言で説明するようなものだ。気の利いた熟語の一つでも知っていれば言い表せるのだが。

 この十年間で美しい顔をたくさん見た。醜いと思う顔はほとんどなかったと思うが、数少ない体験も思い出すことはできない。美しい顔を見た、ということが私の誇るべき点かもしれない。

 十年間何をやっていたのだろう。地面に繋がる根がないとしか思えず、いまだ空中を浮遊する気分だ。最近は空中を浮遊する都市、ということにしている。次の十年は空中から地上を襲うインテリが僕だ。開き直ればいいというものではない。

 音、絵、iPhone、顔、十年。他にサイゼリヤについて何を描写する必要がある?

 メニューの価格の適正性についてとか?

 インタビューは続く。

 私はインターネットに書き込む。

「ここで読者の皆さまにお願いがあります。この度、この恋愛小説にテコ入れを図るべく、恋愛観についてのインタビューを受けてくださる方を募集いたします。インタビューを受ける方(以下、インタビュイーと呼びます)はこのツイートにいいねをしていただくか、DMをyoheitaboまでお送り下さい。yoheitaboとお話ししたことがない方でも大丈夫です。インタビューのルールを説明します。インタビュイーが話したくないことは話さない、録音はしないけどメモは取る、ここで聞いた内容は口外しないけれど小説に反映することがある、の三点です。特に注意が必要な点は、性にまつわる事項で、ご用意いたします質問にはインタビュイーのセクシュアリティに関するものが含まれています。インタビューの初めに質問のテンプレートをお渡ししますので、NG質問をご確認の上、その旨をお伝えいただければ幸いです。また、一対一での聞き取りが不安だという方に対してはアシスタント(シスヘテ男性・女性のどちらか)をつけて一対二でのインタビューをすることが可能です。ルールは以上になります。次に募集対象者についてですが、恋愛経験豊富な方だけではなく、経験がない、または浅いと自認される方からも、これまでの生い立ちや交友関係、さらに自分の『推し』の話などを深く掘り下げさせていただければと思います。最後になりますが、このインタビューの目的について再びご説明いたしますと、まず小説を書く上での刺激が欲しいという小さな目標があり、次に恋愛小説を書くためには色々な人から恋愛談や恋愛未経験談を聞いた方がよかろうという中ぐらいな目標があり、最後に小説執筆という体裁を取ってもうめちゃくちゃなことをしでかしてやろうという大きな野望があります。おわかりですか? 私は恋愛ではなく小説に狂っています(恋愛に狂っている人はわざわざ恋愛小説を書いて発表したりしない普通は)。いっしょにもうめちゃくちゃになりましょう」

 書き込みを終える。

「え、確認したいんですけど」

「はい」

「私って存在するんですか?」

「ふふっ」

「いやだってたぼさん、あ、名前出していいですか?」

「いいですよもう」

「たぼさんが今サイゼリヤの椅子と机で小説書いてるじゃないですか。『どないやねん』っていうやつ。私はそれを見てるんですけど『どないやねん』に私が登場するのってよく考えたらおかしくないですか」

「? いや別にサイゼでリアルタイムで書いて君に読ませてるから別に合ってるやん」

「でも明らかに私がまだ喋ってないことも書いてますよね」

「まあそれはフィクションなんである程度は脚色していきますよ。それはインタビュー始める時に言ったこととして、裁量は僕にあるって」

「違いますよ。嘘書いてるじゃないですか。人の話聞きながら嘘書くのって頭おかしくなりません?」

「いやどうかな」

「だってたぼさんこれから私の高校時代の話を書こうとしてますよね? 私が高校時代に恋愛小説を書こうとしたことがあって、当時付き合ってた彼氏に見せたら酷評されたから書くのやめたって話。私それ言ってないですよ?」

「まあ、言ってないね。ここまで読み返してみてもまだ高校時代に行き着いてない」

「なんで言ってないのにたぼさんが知ってるんですか」

「まあどうかな」

「この後の話の流れで私にサイゼでカウンセリングみたいなことして、また恋愛小説を書かせようとしてますよね。『どないやねん』ってタイトルにさせて。中にたぼさんも登場させたら面白いと思ってますよね」

「ようわかったな」

「要は『どないやねんイチ』の中にたぼさんイチと私イチが存在していて、その私イチに『どないやねんニ』を書かせて中にたぼさんニと私ニを出演させようとしてるってことじゃないですか」

「おー全部言ってくれんねんな」

「合ってますかね? わかんないですよもう。それで次はたぼさんニが『どないやねんサン』を書いてたぼさんサンと私サンを出すんでしょ。延々とサイゼのインタビューシーンを繰り返し、語り手が交代するだけで前に進まへん」

「まあ、ループものとか好きやから」

「遡ると私は『どないやねんゼロ』でもサイゼにいないとおかしいと思うんですけどでも私サイゼでインタビュー受けてないですよ。存在しないじゃないですか。どうなってるんですか」

「どないやねん」

 ここからたぼさんも一人称私にして、私とおんなじ関西弁使ってごちゃごちゃな小説、私の初恋と高校時代と大学時代が交差するどないやねんシリーズゼロからサンを書いてるらしい。たぼさんのことは一応尊敬してたのに私を勝手に使ってゼロから高校時代とか作り上げられたらさすがにちょっと。

 でも今回たぼの名前を出して、次は君が書き手に交代して前には進んでるやんちょっと。

 次回から普通に戻しません?

 戻しましょう。はい。

 そもそもなんでそんなに恋愛小説に執着してるんですか。

 秘密。

「服のセンスと話し方がおかしい彼氏と別れようと思ったと。どんな感じですか」

「別に服がおかしいから別れようと思ってるわけじゃないですけど。例えば私がすごいオタクなことを熱を込めて語ってる時に一切相槌打ってくれないんですよ。全部喋り終わった後に私の一割のぐらいの熱量で『すごかった』しか言ってくれんっていうことがよくあって」

「あーそれはちょっとさみしいかも。その熱量の差はよく感じる?」

「向こうがめちゃくちゃ私のこと好きで構ってくれるんですけどなんか、私と同じものを見てくれないのでこのズレはなんなんやろうとモヤモヤしますね」

「まあ顔がいいからね。そういうこともあるでしょう」

 顔が美しい。

「ありがとうございます」と愛想笑い。

 水を飲む。

「セックスはします?」

「気分がそういう気分だったらしますよ。向こうはずっとやりたいみたいです」

「そういう視線で常に見られることは嫌じゃない?」

「別に真剣だったらいいかなと思います」

「真剣さか」

「うん」

「聞いてるとあなた、割と受動的でありつつ求めるものは求めるみたいなパーソナリティですね。まあ普通なのかな」

「普通ですよ」

「これまで積極的に自分からこの人と結ばれないと死ぬ! ぐらいの切実さで相手を求めた経験ってありますか? 片思いでも」

「えーどうやろ。もう忘れました」

「結構僕にとっては大事なポイントなんやけど」

「死ぬとはまでは考えてないかもしれないけど毎回付き合う前はかなり本気ですよ。で今気付いたんですけど私、付き合うまでがゴールというか、付き合ってからのゴールがないんですよね」

「あーゴールの位置。付き合えたら燃え尽きてしまう的な?」

「そうなんですよ」

「遭難ですか」


「あ、全然デザートとか食べたかったら」

「ドリンクでいいです。ダイエット中なんで」

「ああそうですか」

「……」


「セックスの話は興味深くて色々深入りして聞いてみたいんですがいいですか」

「サイゼでするのはどうかと思いますけど」

「まあ別に周りも聞いてないって」

 音は一枚の絵になっている。

「これは普通に失礼な質問なんですけど浮気ってしたことあります?」

「あります」

「ほう!」

「二回だけ」

「おお! おお!」

「一回は大学の時にバイト先の先輩が卒業する時に送別会の後、二人で帰ることがあって先輩が最後に飲もうよって言ってきて教育係とかやってくれた人やったしまあ奢ってもらえるならいいかと思ってそれで行って二軒目の後に誘われてホテルに行ってました。それから連絡取ってないです」

「へえー。その時の心境とは」

「まあちょっとかっこいいかなと思ってた人やったし奢ってもらえたから別にいいかーと思って」

「なるほど」

「酔ってたからあんま覚えてないんですよね。すいません面白い話じゃなくて」

「いや! いや! 十分ですよもう。いやもっと聞きたいかもな。いやー楽しいな」

「楽しいならよかったです」


「後は高校の時に付き合ってた彼氏がいたんですけど、当時私が恋愛小説を書いてて」

「えっ」

「それで書いたものを見せたらボロクソに言われたんですよ。当時はそれで自分の才能のなさに絶望してめちゃくちゃ落ち込みました。たぶん今読んでもひどいんだと思うんですけどとにかく彼氏にもう会いたくなくて」

「おお……」

「その時期にすごい私のことを恋愛とか小説とかを応援してくれてる同級生の女の子がいて、めっちゃかわいかったんですけど、そのボロクソ言われたタイミングで家に行ったらなんか私の横に座ってきて足とか耳とか触り出して」

「ほ」

「『キスしていい?』って聞かれたから『いいよ』って答えて。その後服脱いで身体を舐め合って夕方まで一緒に寝ました」

「ふむー。それまでそういう気配はなかったわけ?」

「いや私のこと好きなんやろうなとは思ってましたけどキスしたいっていうのだとは思ってませんでした」

「はー。嫌じゃなかった?」

「嫌ではなかったですよ」

「はー。まあでもここでもある意味受動的だったというか」

「言われてみたらそうですね」

「恋愛小説はその後?」

「書いてないですよ。なんか書くほどのものは自分にないなと思って」

「いやあ話聞いてみたら一通り色々経験してて面白そうやから書いてくれたら読むけどなあ」

「ほんとですか」

「タイトルは『どないやねん』でどう?

 なんですかそれ。


「サイゼリヤの描写が薄いのではないか」とかつて出版社で編集を経験したこともある友人が言う。「音が一枚の絵になって聞こえる」というのも、どのような絵なのか具体的に説明しないと比喩として成立していないのではないかと。

「確かに」

「そもそも構想からして不明瞭だから、いっそ前半の独白パートはそのまま後ろに持ってきてサイゼリヤパートから始めた方が読みやすいのでは」

「いやそれは一応そうなる必然的な理由があって。というのも、えー、最初にひとりよがりの片思いについて分量を割いておけば、それを読んだ読者に『この程度自己開示できる人ならインタビュー受けてもいいかも』と思わせたいという戦略がある、あったんですよ」

「まあ連載時の戦略は理解するが編集し直した時には関係ないよね」

「まあ」

「実際私小説なの? これ」

「それは企業秘密なんですねえ」

「まあほぼ言ってるようなものか」

「いや徹頭徹尾フィクションとして作り込んでますよ。主人公も含めて存在しない人物だなーと」

「それならもっとこう濃いキャラクターというか設定ぐらいはあった方が」

「設定とか描写とかそもそも苦手なんですよね……なんで書いてるのかわかんないけど。とにかく文体とグルーヴがあればそれでいい」

「文体はなんかやってるなとは思う」

「描写とかキャラクターに関してはもう勝てないなっていう領域の人たちが見えてるんよね既に。卑屈になっても仕方がないから今自分の手元にあるものだけで勝負したい」

「そもそもどこを目指してるの?」

「そりゃもう……ビッグになりたい」

「ふーんって感じ」

「前半の独白パートはもう少しポップにした方がいいかもね一般ウケとか考え出すと」

「ポップというか、まあいいか。メタレベルで作り込むのもやられてるんじゃないの。筒井康隆とか」

「まあまんま朝のガスパールだなと思いながらやったり」

「影響を受けてるであろう現代詩とかはよくわかんない」

「現代詩はどうかな。最近読んだものに影響を受けやすくて高橋源一郎のさようなら、ギャングたちと笙野頼子。あとやっぱり村上春樹とエヴァ」

「そこらへんの領域もやっぱりわかりやすく仕上げてるじゃん」

「さようなら、ギャングたちはどうかな……風の歌を聴けも当時は読みづらかっただろうし。まあとにかく先達に勝ちたいし、同時代人にも勝ちたいんですよ。そのための武器がインタビューです」

「インタビューで人間関係が破壊されないことを祈ってるよ」

「ありがとうございます。祈ってください」


「恋愛小説の内容っていうのはどういうのやったん」

「えーもう忘れました」

「ざんねん。えーと遍歴を振り返ると高校と大学と社会人になってからでそれぞれ彼氏がいて合計三人?」

「三人ですね」

「三人の共通点とかはある?」

「顔はいいですね。イケメン好きなんで」

「ほー。それぞれ別れようと思ったのは環境の変化? それとも気持ちの問題?」

「どっちもです。関係が続くんかなーと思った時に気持ちが冷めてたら、まあ。話し相手は欲しいんですけど仲のいい友達いるしまあええか的な」

「えーと、浮気をした相手、バイト先の先輩とはもう連絡とってないとのことでしたが、同性愛の彼女のことは思い出したりする?」

「今でも普通に食事行ってますよ。別に普通で、向こうに彼氏もできたし」

「なるほど……こうやって淡々と交際情報を僕に提供してくれるのありがたいですわ」

「女の子とキスした話は今初めて人に言いました」

「それだけ信頼されているというのはありがたい」

 ここで僕と彼女の昔話が挿入されて、どのように信頼関係が構築されてきたのかという描写が入る。

「小学校とか中学校はどうです。それ以前でも性を意識した瞬間とか」

「中学校は先生で好きな人がいてめっちゃ執着してました。今で言う推しみたいな。でも日々エッチさを味わってただけで行動はしてないんで。小学校はどうかなあ片思いとかしてたかもわかんないですね」

「エッチさ。エッチ! エッチ!」

「九十ぐらいいってません?」

「いってますね。すいません。セクシュアリティを一言でいうとどうなんですかね」

「えーどうなんでしょ。前にちょっと調べたらノンバイナリーのパンセクシュアルかなあとは思いました」

「なるほどですね」

 先輩に電話がかかってきた。先輩が中座して店の外で話し始める。

 私がインタビューで喋ってないことはもちろんたくさんある。ほとんどが内容を思い出せない、表面の肌触りだけしか覚えていないようなエピソード。私は先輩みたいに「なんでも後でネタにしてやろう」と思って一瞬一瞬を生きていないから一々覚えていられない。インタビューで普段使ってない部分の脳を使うから少し疲れる。インタビュー前の今朝起きた出来事がとても遠い過去のように思える。

 いくらか疑問も湧き上がる。パンセクシュアルと言ったりノンバイナリーと言ったりしているけど、本当に自分は「そう」なのか? 他人の言葉と自分の精神と肉体がバラバラになってまとまっていない気がする。インタビューだから言葉にしないといけないと思ったけど、自分で発した文字列が自分に刺さっていない。

 また、先輩が私の友達のことを「同性愛」と呼んだことにも違和感があった。私の思う、つまり私の偏見からすると彼女は同性愛者に見えない。その私の偏見の始まりが、彼女とのキスだった。私はセクシャルマイノリティというラベルを受け入れられなかった。そしてセクマイのラベルを心では否定していることをインタビューでは表明できなかった。それは私の差別だから。個人的な闘い、頭と頭と心と心がバラバラになっている。

 先輩の小説でよかったのは「犬になりたい」という箇所だった。犬になれば、昔のキスや今のセックスを思い出さなくて済む。ただ発情期があるだけだ。

 あるいは完全な球体や正多面体になりたいとも思う。存在するだけで空間を切り取り、人々は私のことを美しいと思う。誰も私に手を出してこない。私は人類の認知機能が存続する限り、存在し続ける。

 先輩が通話から席に戻ってくる。

「恋愛の話、疲れるんでふわっとしたものになりたいですね」

「ふわっとしたものにも罪はあるよ」

 なんでそんなこと言うんですか。


 友人が登場する。男性、二十六歳、会社員。ポリさんと呼ばれている。名前の由来は彼がドイツに行った時に買ったTシャツに書かれたPOLIZEI(警察)という単語だ。

「俺はへぼさんの小説の読者をやってるよ」

「うへへ。ポリさん感想どうですか」

「いや……前半があまりにもへぼさん過ぎて」

「あー。それか。いやなんというかね、どこから説明しようかな。まず私小説とはなにかって話なんだけど、僕もあんま詳しくないしな。とりあえず言えることは、これはフィクションなんですよ。存在しない人物たちについて書かれた物語であって、実在するへぼたいようと、小説の『僕』は関係がないんです」

「そうか……へぼさんが喋ってるようにしか思えなかったから……」

「僕の取ってる戦略の一つが成功したということだよね。つまり、小説の主人公をへぼだと思わせたら僕の友達は興味持ってくれるやん? 読者を増やすことが僕の目標だからそれは正しい。小説の途中でインタビューの募集なんかを挿入したのも同じ理由で、リアリティとフィクションをごちゃごちゃにして読者の認知をバグらせたかった。あと語り口の問題というのは常にあって、僕は小説においても僕のようにしか語れないという、文体における選択肢の少なさがある」

「なるほど」

「サイゼリヤパートめっちゃ面白かったと思うんやけど、どうやった!?」

「最高でしたよ。あの喋ってる相手というのは──(知り合いの名前を挙げる)──にインタビューしたという?」

「いや、いや、サイゼリヤパートの執筆にあたっては誰にもインタビューしてない。百パーセント僕の妄想で作った会話。しかし、そうか(知り合いの名前)か」

「これも語り口の問題だと思うんだけど」

「もうネタはバラしていくか。語り口を生み出す時に(知り合いの名前)を大いに参考したよ。まったく。でも中身は僕の妄想だから。(知り合いの名前)がこれを読んだ時の反応がこわい」

「それはこわいですね」

「こういうのってどういう問題になるんですかね。やっぱりシンプルにモデルにされて怒るとかかな。やばいなー聞きたくねえなー」

「その、俺の立場としてへぼさんと(知り合いの名前)の共通の友達だから、小説を平静な気持ちで読めないというか。まったく第三者の立場から読んでれば世界が違った」

「悪いことしたね」

「俺は誰よりこの小説楽しんでるよ」

「じゃあ明日はポリさんは小説に出そうかな」

「あっははははははは」

「うひゃひゃひゃひゃ」

「小説に出んの俺」

「もうネタが全然なくて毎日大変なんですよ。書く時に昨日何あったかなーと思い返すところから始まってるから、使えるものはなんでも使うから」

「俺、存在しないキャラクターになるの」

「存在しなくなるねえ」


「出口は見えてるのかい?」とポリさんが聞く。

「いやまったくだめですね」

「そんな……」

「詰まるとすぐぐちゃぐちゃにしたくなっちゃうんだけど、気合い入ってる時の細部はめっちゃ丁寧に作り込んでるからギャップがひどい」

「でもそれは過程の話であって出口とは」

「関係あるある。結局小説という媒体を選ぶ以上、『物語の形』というものはリアルで、全体の構成から細部が導き出されるし、その逆もそう。すべてのディティールは全体と照応している」

「そう言われればそうかもしれないが。しかし俺には、あの、前半パートは、その、物語の形とかいうものに見えなかった……」

「あれはあれでいいんですよ。前に進もうという意思があるし何より、アー。物語のオチって聞きたい?」

「やめろやめろ」

「じゃあ言うわ。これはねえ、文章を通して作者と読者が気持ちいいことをする話なんですよ」

「はあ」

「ただそんなものはまだ誰も見たことがないからまず雰囲気を出す為に軽くオナニーをしたという」

(いよいよへぼさんやばいのでは)

「まあそう言うなって。錯綜する自意識過剰を受け入れられる人なら、次のステージ、会話に進めるって訳で。オチとしては僕の小説の読者全員が小説に登場して全員で大乱交するの」

「まさか俺はいま通話を通じてへぼさんにファックされてるのか?」

「ファック!」

「なんでこんな目に……」

「いつまでも被害者ぶってんじゃないよ。ファックされたくなけりゃ早く次の獲物、新しいインタビュイーを連れて来い」

「はい」

 猥褻に進む。

「これは友達の話なんだけど」

「オーケーポリさんの話ね」

「人の話を聞けよ。俺の友達で恋愛コラムニストをやってる人がいるのよ」

「ホヘッ、ふひひ」

「高校の同級生なんだけど、俺はそこそこ当時仲良かったんだよ。大学入ってからは向こうが東京に進学したからほとんど会ってなくて、気がついたらSNSで恋愛相談をするコラムニストを始めていた」

「いやーめっちゃいいな。恋愛コラムニスト、めっちゃ取材したい」

「全然紹介するよ」

「まずは著作物に目を通さないとな。どんな感じでやってる人なん? 商売?」

「ガンガンビジネスやね。雑誌への寄稿とYouTube、商品紹介、エッセイの出版でちゃんとやっていってる」

「いやーいいないいな。そういう人と友達になりたい」


 後日、恋愛コラムニスト氏が読者から募った恋愛体験談をまとめた本を読む。これが非常に面白い!

 LINE、SNS、マッチングアプリなど現代的な道具を多数使いつつ、やってることは古典的なメロドラマな話が多い。超エモい。


「どうも初めまして。(ポリさんの本名)の大学の友達のへぼと申します」

「初めましてー猥村(わいむら)ポテトです。いやーあはは。面白いですね恋愛小説」

「あ、読んでくれたんですか! うれしー」

「おもしろいですよほんと。うふふ」

「ありがとうございます。さて、今日はですね猥村さんのこれまでのキャリアを振り返っていただくのと、こう、現代の恋愛について大きなこと、なんていうかな、大きな傾向のようなものを軽く語っていただこうかなと」

「そうなんですねー。ええ」

「まずそうですね、ペンネーム、ペンネームですよね猥村って? とポテトの由来についてお伺いしたく」

「あ、それは俺の本名が吉村なのでY村から来てるんですよね。ポテトは居酒屋行く時に必ずフライドポテト頼むから飲み会でポテトって呼ばれるようになって」

「なるほどなるほど。わかりやすい由来ですね。恋愛相談を受けたり、恋愛体験談を読者から募ったりというのはどういった経緯で始められたんですか?」

「恋愛相談は高校の頃にTwitterよくやってたんですけど、友達の恋愛の話とかを短くコメントつきで動画で紹介していったらバズったことが何度かあってそこからハマっていった感じですね。ほら、昔からあるじゃないですか。雑誌とかラジオとか。そういうのに憧れてたっていうか、そういうのの新しいやつをやれたらさぞ楽しいだろうなと」

「なるほど。結構楽しさドリブンの方なんですね」

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