なんでそんなこと言うんですか

 先輩に電話がかかってきた。中座して店の外で話し始める。

 インタビューで喋ってないことはもちろんたくさんある。ほとんどが内容を思い出せない、表面の肌触りだけしか覚えていないようなエピソード。私は先輩みたいになんでも後でネタにしてやろうと思って一瞬一瞬を生きてはいない。インタビューで普段使ってない部分の脳を使うから少し疲れる。インタビュー前の今朝起きた出来事がとても遠い過去のように思える。いくらか疑問も湧き上がる。パンセクシュアルと言ったりノンバイナリーと思ったりしているけど、本当に自分は「そう」なのか? 他人の言葉と自分の精神と肉体がバラバラになってまとまっていない気がする。インタビューだから言葉にしないといけないと思ったけど、自分で発した文字列が自分に刺さっていない。また、先輩が私の友達のことを「同性愛」と呼んだことにも違和感があった。私の思う、つまり私の偏見からすると彼女は同性愛者に見えない。その私の偏見の始まりが、彼女とのキスだった。私はセクシャルマイノリティというラベルを受け入れられなかった。そしてセクマイのラベルを心では否定していることをインタビューでは表明できなかった。それは私の差別だから。個人的な闘い、頭と頭と心と心がバラバラになっている。

 先輩の小説でよかったのは「犬になりたい」という箇所だった。犬になれば、昔のキスや今のセックスを思い出さなくて済む。ただ発情期があるだけだ。

 あるいは完全な球体や正多面体になりたいとも思う。存在するだけで空間を切り取り、人々は私のことを美しいと思う。誰も私に手を出してこない。私は人類の認知機能が存続する限り、存在し続ける。

 先輩が通話から席に戻ってくる。

「恋愛の話、疲れるんでふわっとしたものになりたいですね」

「ふわっとしたものにも罪はあるよ」

 なんでそんなこと言うんですか。

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