第43話 人の悪意
「かつてスポーツ選手として活躍していた彼ですが、結婚しているにも関わらず別の女性と二人でいる所を記者が写真に収め、浮気をしているのではないかと疑われていました」
「本人達は否定しており実際の所本当かどうか定かではありませんが、後に当時結婚していた女性とは離婚しておりこの話の信憑性を高めていました」
「離婚後間もなくスポーツ界からも姿を消しており…」
たまたま耳にしたニュース。聞き覚えのある名前に釣られて目を向けた先では覚えのある人物が自殺したというニュースが流れていた。
「あの人自殺したんだ」
「最初から浮気なんてしなければいいのに」
「ほんとだよね」
クラスメイト達もそのニュースを見て思うことを口にしているが、すぐに興味を失う。知り合いでもなければ誰でも知っているような有名人でもないので反応としてはそんなものだろう。そして浮気が冤罪だったとは考えてもいない。
「彼はスポーツ界を去った後、民間の企業に就職しており…」
「さっきからどうした蓮夜?そんなにあのニュースが気になるのか?」
「……ああ」
ニュースに気を取られている俺に西条が話しかけてくるが、今は生返事しか返せない。
「遺書が見つかっており、それによりますと…」
「本当にどうしたんだ蓮夜?まさか面識のある人だったのか?」
「いや、テレビでしか見たことはない」
俺の様子に疑問を持った西条が知り合いかと聞いてくるがそんなことはない。俺が一方的に知ってるだけだ。それも大したことは知らない。
「ならいいが…」
「………」
その後解散するまで俺は上の空だった。
クラスメイト達と別れ、家に帰るとネットで先程のニュースについて調べてみた。
それによると浮気報道をされ、妻とうまくいかなくなり離婚、その後スポーツ界からも引退し、友人達とも疎遠になるなどどんどん転落していっている。だがその後民間の企業に就職して真面目に働き、回りからも信頼され、評価も良かったようだ。
過去を振り切り、新しい人生を順調に歩みだした彼を見直したのか、それとも誤解が解けたのか友人達や元妻とも寄りを戻して再び交流するようになったらしい。
元とは違う形だが、再び充実した毎日を送るようになった彼は尊敬に値する。一度挫折しても腐らなかった彼は強い人間だったのだろう。
だが人の悪意とは容赦がない。充実した日々を送っていた彼だがある時過去のことが周囲にバレた。名前を偽っていた訳ではないので元々知っている人は知っていた。そういう人達は彼と話して過去のことが誤解であることや彼の働きぶりを知っているので擁護をしたようだ。だが一般市民や別の部署の人間など彼の人柄を知らず、過去のことを本当のことだと思っている人達は彼を攻撃した。
最初は一般市民からの企業へのクレームという形で始まった悪意は徐々に拡大し、自宅を特定され、自宅で、さらには企業内でも嫌がらせを受けるようになった。
それでも彼は真面目に頑張っていたみたいだが、エスカレートする悪意に最初は擁護していた友人達や元妻も再び離れていき、企業からもやんわりと自主退職を勧められたようだ。
その時の彼はどんな気持ちだったのだろう?一度全てを失い、たが腐らず努力して再び結果や信頼を築き上げ、もう一度全てを失う。彼は絶望したのだろうか?それとも悪意を持った人間達や離れていった友人達を恨んだのだろうか?
彼ではない俺には分からない。
そしてこのことは今の俺について考えさせられる。中学の出来事があってから人を信頼するのをやめ、あまり人と関わらないようにしてきた。だが今の俺はどうだろう?高校生になってから人と関わることが増え、今日もクラスメイト達と遊びに行った。
このままでいいのだろうか?今のままズルズルと人と関わっていると昔のように誰かと友情や信頼を築くようになるかもしれない。それは側から見ればいいことだろう。だがまた何かあった時に誰も俺のことを信じてくれなかったら俺はどうなるだろう?
ああ、やっぱりか…と落胆するのか、今度こそ信じてくれ!と縋るのか、それとも……彼のように自殺するのか。
「ふぅ……」
パソコンから目を離して一息吐く。今調べたのは所詮ネットに載っている情報だ。正確な情報とは限らない。だが彼が自殺したのだけは間違いない。
「………」
俺が彼の気持ちを察そうとするのは烏滸がましいだろう。勝手に親近感を持っているが、俺なんかとは比べ物にならないくらい残した結果や晒された悪意が大きい。親近感を持たれても迷惑だろうし、一緒にするなと怒るかもしれない。
だが俺はあなたに感謝している。あなたのおかげで初心を思い出せたし、人の悪意を知った。スケールは小さいだろうが俺も似たような目に合うかもしれない。そう考えるともっと距離を置くべきだろう。
やはり俺は人と信頼を築こうとは思わない。
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