第32話 誰にも分からない

 今日は西条君に誘われて佐々木君の家で勉強会をしている。蓮夜も一緒に。


 高校生になってから蓮夜は誰かと出かけることが増えてきた。最初は断るが、西条君達が何度も誘えば渋々ながらも応じてくれることが多い。相変わらず態度はそっけないが。


 それでも中学の頃よりはかなりマシになっている。あの頃は誰にでも他人行儀で誘いに乗ることもほとんどなかったが、今は面倒くさそうにしても応じてくれる。無表情で。無表情でもそうだと分かるのはある種の人間味を感じる。少なくとも他人行儀よりは。これはツンデレと言うのだろうか?


 実際に蓮夜がどう思っているかは分からない。実は微塵も距離は縮まっていないのかもしれない。高校入学当初の蓮夜の行動を考えればそう考えてしまう。それでも最近はその頃や中学時代に比べれば態度が軟化してきているように感じる。


 それだけに過去のこと噂されるようになり、蓮夜の机に落書きがされた時は焦った。せっかく回りと打ち解けてきたのにまた周囲の人に絶望してしまうのではないかと。


 幸いにもそんなことにはならなかった。今度こそずっと蓮夜の味方でいようとしたが、そんな覚悟は無意味というようにいつの間にか事態は沈静化した。


 モヤモヤするものはあったものの蓮夜の態度は変わらない。まるで何事もなかったかのように。


 今日も最初は抵抗したようだが勉強会に参加してくれた。念の為西条君に渡しておいた優待券のおかげかもしれないが。


 勉強会は順調だった。こうやっているとメンツは違うが昔に戻れたみたいだ。みんなで勉強して、巧真が飽きて遊ぼうと言い、苦笑してみんなで遊ぶ。西条君達が巧真みたいに遊ぼうと言い出した時は思わず笑ってしまった。


 テストが終われば夏休みだ。今の蓮夜なら誘いに乗ってくれるかもしれない。また幼馴染四人で集まれるかもしれない。毎日のように集まって遊んだり、夏休みの宿題をやったり、遊び疲れて並んで昼寝したりしたあの頃のように。


 私がそんな風に考えつつ勉強道具を片付けようとするとなにやら佐々木君の声が聞こえてきた。聞こえてきた内容に思わず手が止まる。ゲームをしようとしていた西条君達も同じだ。


 佐々木君の溜め込んでいた心の叫びを聞いてまた自分の罪を意識する。蓮夜にその才能を捨てさせたのは私達だ。私達だけでも信じていれば蓮夜はまだサッカーをしていたかもしれない。


 自分達のことしか考えていなかったが、あの事件で私達以外にも影響を受けた人達がいることを今更思い知る。それだけあの頃の蓮夜は回りに与える影響が大きかった。


 私は過去ばかりに目を向けてあの頃に戻りたいと考えていたが、蓮夜のあったかもしれない未来を奪ったのだ。


 罪悪感はある。償うつもりもある。だがどう償ったらいいのかが分からない。


 リビングにお茶とお菓子を持ってきた蓮夜はいつもと変わらない。私もいつも通りに振る舞おうとしたが罪悪感が邪魔をして上手くいかず、蓮夜に訝しむように見られてしまった。


 未来がどうなるかは誰にも分からない。だが私達が蓮夜の未来を変えてしまったことは確かだ。そしてこれからの未来がどうなるかもまた分からない。


 私の行動は良い未来に繋がっているのかそうではないのか、他の人の行動は?考え出したらキリがない。人生にはセーブもロードもないのだから確認のしようがない。


 だがこのまま蓮夜から離れてしまえば昔みたいに笑い合う未来がないことだけは確かだ。





(ああ…やはり私は過去に囚われている…)


 未来のことを考えているのに過去のことを考える矛盾。自分が前に進もうとしているのか後ろに戻ってしまっているのか分からなくなる。


 それでも行動しなければ変化はない。たとえその結果がどうなろうとも。


 願わくば蓮夜にとって、できれば私達にとってもより良い未来があればと思う。このまま進んで行った先に待っているのはどのような未来なのだろうか?








 今はまだ誰にも分からない。

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