第19話 セーブしたら行くって言う時はしばらく来ない
「お兄さん、漫画の続き取ってー」
「ほらよ」
ソファで横になりながらこちらに手を伸ばす楠木に読んでいた漫画の続きを渡す。
「ありがとー」
別にいいけど横着し過ぎじゃね?
楠木と出会った日から俺は毎日楠木の家に来ている。結局俺は楠木の提案に乗った。
「じゃあお兄さん、それらを貸してくれない?代わりにいつでもここで過ごしていいから」
「……また変な提案だな」
何考えてんだ?
「さっきも言ったけど私って習い事ばかりで漫画読んだりゲームしたりとかろくにしたことないのよね。せっかく自由になったんだし手を出したいんだけど、あまりお金がないの」
「だから俺に借りたいのか」
「そう。私は娯楽に手が出せる。お兄さんは過ごす場所ができる。win-winでしょ?」
「別に自分の部屋で十分なんだが…。というか男が家に入り浸ることに疑問を持とうぜ」
危機感がないのか?
「別にヤリたいならヤッてもいいわよ。それにも興味があるから援交しようとしてたんだし」
「そういやそうだったな…」
流石に手を出す気はないが。捕まりそうだし。一人暮らしの女子の家に入り浸るのも危ない気がするけど。
「それにしたって甘いだろ。人を信じないんじゃなかったのか?」
「別に信じてる訳じゃないわよ。今日会ったばかりだし。でも漫画やゲームに手を出すなら語る相手、遊び相手は欲しいじゃない?」
「まあ確かに」
一人でも楽しめるが相手がいれば違った楽しみがある。特にゲームはそうだろう。最近のゲームはオンライン対戦があるから相手には事欠かないが、同じ空間で遊ぶのも違った楽しみがある。俺はここしばらくずっと一人だけど。
「でもいくら遊び相手か欲しいと言っても流石に元友人達と仲直りするって選択肢はない。そ、れ、に…」
わざとらしく一旦言葉を区切った楠木は
「裏切られた者同士、傷を舐め合って過ごすのもいいと思わない?」
薄っぺらい笑顔でそう言った。
今日も家にあった漫画を適当に持ってきたが楠木は早速読み耽っている。それなりに巻数が出ている漫画を持ってきたが失敗したかもしれん。このままだと一気に全部読み切りそうだ。
(気持ちは分からんでもないが…)
俺も新しく買った漫画や小説を読む時は一気に読み切るので強く言えない。寝不足で学校に行くことも何度かあった。
そう思いながら時計を見るとそろそろ夕食の準備をした方がいい時間帯だ。読んでいた小説に栞を挟み机に置く。さて、何を作ろうか。
「夕食できたぞ」
「これ読んだら食べる」
「俺も似たようなことよく言ったわ」
子供の頃はゲームしてれば「セーブしたら行く」、漫画を読んでいたら「読み終わったら行く」と言って親を困らせたものだ。
(これはまだ時間かかりそうだな)
あの状態の人間がすぐ来ることはないのは経験で知っている。なら先に食べてしまうか。夕食が冷めるだろうが自業自得だ。俺は楠木を待つことなく食べ始めた。
「ご飯冷めてる…」
「温めるのはセルフサービスだ」
俺が食べ終えてしばらくした後にやってきた楠木は一口食べてからそう呟いた。俺は小説を読むので忙しい。
「はーい」
そう言って冷めた夕食をレンジにぶち込む楠木。自分が悪いことは分かっているのか素直だ。待っててくれてもよかったのに等の文句もない。
「私が悪いんだし言うわけないじゃん。むしろせっかく作ってくれたのに冷ましちゃってごめんね?」
「別に構わない。好きな時に食べればいい」
作った料理を冷まされた所で思うことはない。俺が洗い物までするならさっさと食えと思っただろうが、片付けをやってくれるなら文句はない。
一緒に食べる事を重要視する人もいるが、俺はそれぞれが好きな時に食べればいいと思う派だ。なんで世の中には何でもかんでも一緒にしないと気が済まない人がいるのだろうか?別によくない?
しばらくソファに座って小説を読んでいると洗い物を終えた楠木がやって来てソファに横になり、俺の膝を枕にしながら漫画を読み始めた。
「おい」
「ん〜?」
「……はぁ」
邪魔だとか食べてすぐ横になるなとか言いたいことがあったが、溜め息を吐くにとどめる。
(自分の家なんだし好きにさせてやるか…)
俺は手元の小説に目を落とした。
「もうこんな時間か」
時計を見ると22時を回っていた。
「どうするお兄さん、泊まってく?」
「いや、帰るわ」
「そっ、じゃあまた明日ね、おやすみ」
「ああ、また明日。おやすみ」
当たり前のように明日も会う事を前提にあっさり別れる。
まだ会って数日だがかなり気が楽だ。余計な気を使うこともなく、無理に合わせず互いに好きに振る舞い、ただ一緒にいる。
裏切られた俺達にはこのくらいがちょうどいい。
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