第18話 やりたくない習い事って嫌になるよね

「料理上手なのね、お兄さん」


 そう言いながら俺が作ったペペロンチーノをクルクル巻きながら言ってくる妹(仮)。


「こんなの誰が作っても大差ないだろ」


 米を炊いてると時間がかかるので比較的短時間で作れるペペロンチーノとサラダ、スープ(インスタント)で晩御飯なう。結局妹(仮)の家まで来てしまった…。


「いや、そもそも私はペペロンチーノの作り方なんて知らないし。家で作れるものなのね」


 そう感心している妹(仮)。そう言えば今更だが妹(仮)の名前知らんな。


「そう言えばそうね。楠木楓よ。お兄さんは?」


「月読蓮夜だ」


 今更自己紹介する俺達。


「ご馳走様。ご飯ありがとねお兄さん」


 そう言って頭を下げる楠木。結局お兄さん呼びかよ。どうでもいいけど。


「おう。んじゃ俺はこれで」


 そう言って食器を流しに持って行く。洗い物くらいはやってもらおう。


「ちょっとちょっと!どこ行くのよ⁉︎」


「帰るんだよ」


「ここまで来て⁉︎ここは私の事情を聞くとこでしょ⁉︎」


「興味ないね」


 櫻井さんボイスを意識する。通じないと思うけど。


「そこは興味持ちなさいよ⁉︎同類でしょ⁉︎」


「じゃあお前は俺の事情に興味あるのかよ?」


「…誰かに聞いて貰えばスッキリすることってあると思うの」


「おい」


 聞いて欲しいだけじゃねぇか。


「まあいいや。話すならさっさと話せ」


 溜め息を吐きつつ話を促す。


「まあ簡単に言うと両親が事故で死んじゃったんだけど誰も私を引き取りたくなかったの。だから周囲にはある親戚が私を引き取ったけど、私が元々住んでたこの家から離れたくないって言ったから一人暮らしさせてるってことにしてる。学費や最低限の生活費なんかは出してくれてるけど、家をお前の物にする代わりだと言って遺産は持ってかれちゃった。周囲にはその親戚が遺産を管理するってことにしてね」


「クズだな。この家に愛着があったのか?」


 遺産を渡してでもこの家に居たかったのか?


「そんな訳ないじゃない。私、両親のこと嫌いだったし」


「おい」


 思い出のある家から離れたくないって話じゃないの?


「だって両親は私が小さい頃から習い事ばかりさせて自由なんてほとんどなかったし。漫画やゲームが欲しいって言っても「そんな暇があれば勉強しろ」って言われたわ。それに習い事を頑張っても褒めてくれないどころかそれくらいできて当然だって態度だったのよ」


 そりゃ嫌になるわな。よく続けれてたものだ。


「その上私がちゃんと習い事に行っているかとか学校でお利口に過ごしているか人を使って監視してるのよ!おかげで私はずっと優等生を演じる羽目になったわ!あいつらにとって私はただの人形よ!」


 そう言ってテーブルを叩く楠木。手は痛くないの?あっ、手をさすってる。やっぱ痛かったのか。


「事故で死んだって聞いた時はせいぜいしたわ!これで私は自由になるって!優等生を演じる必要もなくなった訳だからまずは習い事を全部やめた。そして素の自分を友人達に見せてみたの。そしたらどうなったと思う?」


「イメージと違うとでも言われたか?」


「頭の心配をされたわ」


「草」


 なんでそうなんの?


「まあ親が死んですぐに性格が変わったように見えればそう思われてもしょうがないわよね」


「なるほど?」


「親が死んで心を病んだと思われたのか最初のうちはみんな気を遣ってくれてたのよ?だけどその性格が素で、親が死んで心が病むどころか喜んでるのが分かると非難され始めたわ。なんて薄情な人間なんだって」


「普通はそうだろ。親が死んで喜ぶ人間はそうはいないからな」


 そう、普通のことだ。非難してた連中は好き勝手に責めたんだろう。楠木がどんな気持ちで過ごしてたか考えもせず。


「日々を幸せに過ごしてる人間はそうじゃない人間の気持ちなんて分かりっこないからなぁ」


「仲良かった子達も見事な手の平返しだったわよ。そんなこと考える子じゃなかったのに!って言って離れていったわ。友人達にとって素の私より優等生な私のほうが大事なんでしょうね」


「素の楠木は受け入れられなかったのか」


「まあ客観的に見ると私が悪いとは思うわよ?別に親に虐待されていた訳ではないし、習い事を多くさせられたのもあの親なりの愛情かもしれない」


「なんだ。自覚してんのか」


「客観的に見たらの話。でも多くの習い事の中で私が自分で望んで始めたものは一つもない。やりたくないことを延々とやらされ続けて、本当にやりたいことはできず、遊ぶこともできない。あの親が自分達にとって都合の良い人形を作ろうとしてただけよ」


「上流階級ならありそうな話だな」


 楠木家がどの程度なのか知らんが。この家もそこそこでかいけど豪邸というほどではない。


「しかも友人達と仲違いした上に学校中から親不孝者扱いされてる間に親戚連中が私をこの家に縛り付けたのよ」


「さっき言ってたやつか?」


「そう。いつの間にか私が望んでこの家で一人暮らしを始めたことになっていたのよ。一人暮らしはしたいけど別にこの家にこだわってるわけじゃないのに」


「児童相談所にでも相談すればいいじゃねぇか」


「そんなことしたら下手すれば親戚と一緒に住むか、施設に行くことになるじゃない。それは嫌」


「確かにそれなら一人で住んでたほうがマシ…か?」


 俺が同じ立場でもそんな親戚とは一緒に住みたくない。


「親戚連中も私が児童相談所に相談しに行けないって分かってるからこんな状況になってるんでしょうね」


「私達はあんたと一緒に住みたくないけどそっちも同じでしょ?ってことか」


 下手に児童相談所に相談すれば今の暮らしは出来なくなる。金はあまりないが自由はある。ベストではないが、ベターではあるから悩むところか。


「それで私は援交に手を出そうとしたのでした」


「話し飛んでね?」


 どこからその話が出てきたんだ?


「抑圧されてた人間が非行に走るなんてよくあることじゃない?真面目に生きてたら経験できない非日常が体験できてお金も手に入るし一石二鳥!」


「…そうか」


 さては頭おかしいなこいつ。


「あと援交でお金を稼いでるのが世間にバレても親戚が遺産を持っていったからだと警察にでも言えば親戚連中は終わりよ!世間からの目に怯えればいいわ!」


「えげつないこと考えてんな」


 生活費(実は遊ぶ金)を援交で稼いでいたと知れば世間は親戚を責めるだろう。そうなればまともに生活できるかは怪しい。これなら保護者となってる親戚と一緒に生活しなくてもよくなるかもしれない。


「私の事情はこんなとこよ。どう?お金を貢ぎたくなった?」


 そう濁った目を向けてくる楠木。だが分からんことがある。


「結局なんで俺をこの家に連れて来た?メシなんてどっかで外食すればいいし、援交するにしても自宅には招かんだろ」


 そう言うと気まずそうに目を逸らす。


「えーっと、お兄さんが私と同じような目をしてたから酷い目にあったんだろうなと親近感が湧いたのと、私って手料理をほとんど食べたことなかったから食べさせてもらいたかったから…かな?」


「……そうか」


 それならもっと手の込んでいて家庭的な物を作ってやればよかったな。


「私の話は終わり!それでお兄さんの事情は?」


 顔を赤くしつつこっちに話を振ってくる楠木。興味ないんじゃなかったのか?


「いいから!」


「はいはい」


 しょうがないから自分のことを話す。痴漢に間違われたこと、そして誰も信じてくれなかったことを。





「…とまあ俺の話はこんなとこだ」


「ふーん。お兄さんも大変だったんだね」


「軽いな」


「そっちの方がいいでしょ?」


「まあな」


 別に同情して欲しいとは思わない。俺の中ではもう終わったことだ。


「………」


 楠木が無言で何か考えてるがどうしたんだ?そろそろ帰りたいんだが。


「お兄さんさぁ、家じゃ腫れ物扱いって言ってたよね?」


「言ったな」


「漫画やゲームって持ってる?」


「それなりに持ってるが」


 それがどうしたんだ?




「じゃあお兄さん、それらを貸してくれない?代わりにいつでもここで過ごしていいから」

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