第9話 戦場では顔の良さなど無意味

「どけ!」


「お前がどけ!」


「私のよ!」


「カツサンドゲットだぜ!」




 購買は戦場でした。罵声が飛び交い、勝者が勝鬨を挙げ、敗北者が床に倒れている。


「まさしく戦場だな」


 これは新兵が勝利を掴むのは難しいだろう。


「うぅ…」


 実際に新兵の西条は既に床に倒れている。爽やかイケメンがなんとも無様な姿を晒している。戦場では顔の良さなど無意味らしい。


 俺は学食で購入したカレーを片手に高みの見物をしている。



 争え…もっと争え…



 そうやって戦場を眺めつつカレーをぱくり。


「………」


 分かってはいたが単なるレトルトだな。回りを見回しても学食で提供されている料理はあまり美味しそうに見えない。それに比べて購買のパンは個人経営のパン屋から仕入れているらしく、数は少ないが職人の拘りが感じられるパンだ。


「なぜ学食があるのに購買が戦場になるのかと思ったがパンのほうがうまそうだな。明日から俺も戦場に出よう」




 俺が覚悟を決めていると横から声をかけられた。


「蓮夜君、隣いい?」


 顔を向けると幼馴染の一人の宮本陽菜が立っていた。


「ああ、いいぞ」


「ありがとう」


 そう言いつつ宮本は肩くらいまでの髪を揺らしながら隣に座った。


「うわー、購買はすごいことになってるね。私があそこに混ざるのは無理そう」


「だろうな」


 女子には厳しいだろう。いや、男子を薙ぎ倒して栄光(サンドイッチ各種)を勝ち取った女傑もいるが。アマゾネスかな?


 まあ俺の隣にいる宮本には無理な芸当だ。


 宮本は割とのんびりした性格でなんというか子犬みたいな可愛らしさがある。あと胸がデカい(重要)


「だろうなってひどいよ蓮夜君」


「いや、どう考えても無理だろ」


「いいもん!私にはお弁当があるから!」


(ならなんでこんなとこに来たんだよ)


 そう思ったが口には出さずにカレーを口に運ぶ。わざわざ余計なことを言う必要もないだろう。友達と食べにきたのだろうか?いや、それなら俺の隣に座らないか。


 内心首を傾げながら食事をしていると弁当を食べながらチラチラとこちらを見ていた宮本に話しかけられる。


「…そのカレー美味しい?」


「普通。レトルトみたいだし。多分もう食わないんじゃないか?」


「そ、そう。…そうだ!明日から私がお弁当を作ってこようか?二つ作るのも大して手間にならないし」


「いや、いいよ。明日からは購買にする。あそこのパンは美味そうだ」


「そ、そっか…」


 幼馴染といえどわざわざ弁当を作ってもらうのは気が引ける。宮本はまだ何か言いたそうにしていたが、カレーを食べ終えたので教室に戻る。


 結局宮本は何しに来たのだろうか?





「あんまり話せなかった…」


 私、宮本陽菜には好きな人がいる。だけどその人を私達は傷付けてしまい、その人は変わってしまった。


 昔は一日中でも話していられたが、今では私が話しかけてもすぐに会話を切られてしまう。


 クラスが違うからせめて一緒にお昼を食べたいとお弁当を作ってくることを口実にしようとしても断られてしまった。







 保育園の頃に出会い、ずっと一緒にいた幼馴染。一緒にいるのが当たり前で当時は恋愛感情はなかった。


 元々幼馴染達はみんな好きだったけど、蓮夜君を恋愛の意味で好きになったのは小学校四年生の時。その頃から私の胸が大きくなり始め、周囲から揶揄われるようになった。



 今なら男子達は性に興味を持ち始めたか、いわゆる素直になれない年頃(自慢ではないが私達はモテた。)だったと分かっているが、当時は傷付いた。だからこそ幼馴染以外の男子に興味がなくなったが。


 だが女子達には悪意があった。嫉妬からなのか私をイジメるようになった。悪知恵が働くのか幼馴染達がいない時を見計らい、さらには幼馴染達に言わないよう口止めされた。


 口止めをされていたし、幼馴染達を心配させたくなかった私は普段通りに振る舞った。だけど部屋で一人でいる時は涙を流す日々だった。


 そうしてしばらく経ったある日からパタリとイジメが止まった。それどころか私をイジメていた人達は私に近づいて来なくなった。


 疑問に思っていたら、ある日連夜君と二人だけになった時に謝られた。


「気づくのが遅くなって悪かった」


 どうやったかは分からないが、蓮夜君がなんとかしてくれたらしい。


「…なんで気づいたの?」


「何年の付き合いだと思ってる。何か隠してるのはすぐに気づいた。原因を探すのに時間がかかったが」


 何か隠してるのに気づいたのは俺だけじゃないがな。そう苦笑する蓮夜君を見て、肩の力が抜ける。私はいつも通りに振る舞っていたつもりだったが、幼馴染達はお見通しだったらしい。


「今度からは何かあったら隠すなよ。俺は、俺達はお前の味方だ」


 そう言って私の手を握ってくれたあの手の温かさを私は一生忘れない。







 その日から私は何かにつけて蓮夜君の手を握るようになった。彼の温かさを感じる為に。


 だけどあの日からその温かさを感じることは出来なくなった。


 蓮夜君が変わってから彼は私達から距離を取るようになった。露骨ではないが触れることを拒むようにパーソナルスペースが広がった。他人に対しての距離と同じように。


 私が手を繋ごうとしても「男女だしもう気軽に触れ合うのは良くないだろう」と拒否されてしまった。


 そう言われた時は茫然とした。そんなこと関係ないと言えれば良かったのだが、また拒否されるかもしれないと考えると無理矢理手を取ることも出来なかった。




 近いようで遠い距離を縮めようとしても縮まらない。あの日から私の手は彼に届かない。

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