第5話 隠れ家的な店

 下校してすぐに本屋に向かって新刊を買い、読むのに適した場所を探して街を彷徨う。しばらくすると大通りから道を一本外れた所にある喫茶店を見つけた。隠れ家的な店(失礼)で静かに読書するには良さそうだ。


「いらっしゃいませ」


 中に入ると落ち着いた雰囲気の店内に、渋い声のマスターが迎えてくれた。俺も年を取ったらあのようなダンディーな男になりたいものだ。


「ブレンドと日替りケーキのセットで」


 長時間居座るつもりなのである程度はお金を落とさなければ。コーヒー一杯で粘るほど俺は図太くない。






 私、月読咲夜には兄がいます。運動も勉強もできる自慢の兄で、小さい頃から「お兄ちゃん、遊んで」と言えば構ってくれるそんな兄が大好きでした。中学生にもなるとお兄ちゃんと呼ぶのは恥ずかしくて、兄さんと呼ぶようになり、敬語で話すようになってしまいましたけど。


 だから兄さんが痴漢をしたと聞いた時は驚きましたし、ちょうど反抗期を迎えていたこともあって兄さんにつらく当たってしまいました。必死に否定する兄さんを見て、実はやってないんじゃないかと思っても、思春期を迎えて男女の関係に敏感になっていた私は穢らわしものを見るような目で兄さんを見てしまいました。


 それからは洗濯は兄さんとは別にするようになりました。しばらくすると仕事が忙しくなったのか両親とも家にいることが少なくなり、家事をしている余裕がなくなりました。そのため私達が家事をしなくてはならなかったのですが、反抗期真っ只中だった私は協力して家事を行おうとしていた兄さんを拒絶してしまいました。


 それから兄さんは自分のことは自分で行い、家にいる時はほとんど部屋から出ないようになってしまいました。謝りたくても反抗的になってしまい、結局謝れず、会話もほとんどなくなりました。同じ家に住んでいるだけの他人、そんな関係になってしまいました。


 そんな生活をしていると兄さんの痴漢は冤罪だと言うことが分かりました。まだ反抗期が続いていた私はすぐに謝ることが出来ず、意を決して謝りに行くまで一カ月近くかかってしまいました。


 そして私は言葉を失いました。久しぶりに話した兄さんは別人のようになっていたのです。淡々とした口調に無表情、無機質な目。よく構ってくれた兄さんの暖かさはまったく感じられませんでした。


 そこで私の反抗期は終わりました。元に戻って欲しくて積極的に話しかけましたが何も変わりませんでした。昔のような関係に戻れるかもしれないとお兄ちゃんと呼んでみましたが


「いきなり媚びてきてどうした?金が欲しいのか?しょうがにゃいな〜、いいよ?」


と言いながら一万円をくれました。違う!と叫びましたが兄さんは首を傾げるだけでした。


 その後も何度かお兄ちゃんと呼んでみましたがその度に一万円をくれるだけでした。あげくに


「またか。援交なんかしてないだろうな?親が悲しむぞ」


と言ってきました。後から知りましたが最初にお兄ちゃんと呼んだ日が丁度慰謝料を貰った日だったみたいでした。だからお金目的で媚びてきたと思われたみたいです。お金目的でお兄ちゃんと呼んだと思われたことや、もし援交をしてたとしてもお兄ちゃんは悲しんでくれない現状に私は傷付き、部屋に篭って泣きました。





 未だに兄さんとの関係は戻らない。


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