第24話
居心地の悪い沈黙が部屋を満たしていた。
私の部屋からリビングに場所を移して以来、村上君は口を閉ざしている。
お互いソファの端っこと端っこに座りながら、じっと何も置いていないテーブルの上を見つめている状況が数十分も続いていた。
「あの……村上君……そろそろどうしてここに来たのか説明をしてほしいのですが……」
「敬語」
地を這うような声だった。それにより実は私が敬語を使うたびに彼が気にしていたことが今さら伝わる。
来た当初にはすでに沸騰していた村上君の怒りに私が関係しているのは端々の様子から察しがついているのだが、その理由にまでは思い至れなかったためどうすればいいのか分からず彼から話を切り出してくれるのを待っていた。だが、どれだけ待っても彼は口を開かなかったのだ。
「……説明をしてくれないかな」
「君さあ」
お互いに向き合わないまま会話が進む。せめてテーブルの上に何か置かれていれば視線が固定出来てまだ精神的にマシだったのに。ふらふらとさまよう視線は心情をあらわしすぎていて見られたくない。
「はい、何でしょうか」
「何なの」
……何なの? とは? どうして私が聞かれているの?
「意味が、よく分からないんだけど」
「……一つずつ聞いていこうか。じゃあまずどうして今日学校休んだの?」
彼は姿勢を変え、私に向き直った。
だが私は先程までと変わらずテーブルの上を見つめる。……私は、村上君を直視出来ない。
「体調が、悪かったから」
「嘘つきめ」
「嘘じゃないです、本当です」
弱っていたのは体調ではなくて心ではあったが、弱った心は身体にも影響していたのだから嘘ではないはずだ。
「ふうん。じゃあ本当に体調が悪かったことにしておこう。二つ目、休んだ理由は金曜日に君の様子がおかしかった理由と同じ?」
「……答えなくてはいけませんか」
「強要ではないよ。でも答えてほしいとは思ってる」
尋問されているかのようだ。しかも、相手は事情のほとんどを理解した上で問いかけているのではないだろうか。
「同じ、です」
「そう。じゃあ三つ目。それは家族の問題?」
「…………はい」
「家族の問題をお隣さんに話す気はある?」
根に持たれているようだ。
友達じゃないから話せませんと、私が金曜日に彼に言ったことを。
「ない、です」
だってこんな情けない話は誰にも話せない。
話せるわけ、ない。
それに村上君に話しても彼にはきっと理解出来ないだろう。
村上君からすれば私の問題はきっと問題にもならないような内容だ。もしも村上君が私だったのなら悩みにもならずに簡単に解決してしまうのだろう。
「助けてほしいって目をしながら強がるの止めなよ」
強がっているのは、認める。けれど助けてほしいなんて思っていない。少なくとも村上君には。
「助けてって、辛いって、苦しいって、言いなよ。誰かに甘えなよ。甘えていいんだよ。僕たちはまだ中学生なんだから」
甘える。甘えるって、誰に? お母さんに? ――嫌われたくない。
お姉ちゃんに? ――ここにいないのに。
「誰かに頼っていいんだよ。相談されるくらい構わないよ。困らないよ。言えよ、辛いって、苦しいって、……助けてって。ただのお隣さんに言ったって構わないんだ」
村上君に、助けてって? ……らしくない。
お節介なんて村上君には似合わない。けれど彼は真剣だった。真剣に、私から助けてという言葉を引き出そうとしていた。
誰とも比べられない特別な男の子なのに、どうして私程度の人間のために必死になっているんだ。
ああ、でも。どうしてだろう。
どうしてこんなにも、私の胸が。心が。頭が。
泣き出す前のような苦しさを発しているのだろう。
「お願いがあるの」と、私は前置きをした。自分を守るために。
「……話を、聞いて、そんなことって思わないで」
私にとってはとても大事なことだ。けれど他人からしたらくだらないと思われてしまうかもしれない。
それが怖い。
だって、私にとってはとても大事なことだから。くだらないと思われたら、苦しい。
「くだらない悩みだなんて、そんなことは、思わないで」
絞り出すように私が言うと、彼は破裂したような大きな声を一文字だけ発した。
驚きで私の肩がびくりと跳ねる。
怒鳴られると思ったが、ブレーキをかけるように、自分を落ち着けるように、彼は顔を押さえながら言葉を選んだ。
「思うわけ、ない。だから話してほしい」
何から話せばいいのだろう。何を話せばいいのだろう。
まとまらない心のままで、私はとても久しぶりに自分の心を外に出した。
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