第21話(side:透)
不器用なやつ。
彼女に対する僕の認識はそれに尽きる。
基本的に僕はだいたいのことにおいて人より恵まれていた。
過不足のない愛情を与えてくれる両親。
誰からも褒められる整った見た目。
そこそこ出来の良い頭。
悪くない運動神経。
出来が良い人間には周囲からの僻みがつきものではあるが、幼い頃から僻みの対象だったから年々それに対応することにも慣れていった。
あんなものは気にしなければいいのだ。
相手が自分を嫌うからといって、自分も相手と同じような対応をすれば事態は更に悪化する。だから相手がどんな態度でも他のやつと変わらない態度で話しかけてみる。しばらくしても相手の態度が変わらないなら何をしたってそいつは僕を嫌う。そんなのはもう僕にはどうしようもない。
気にするだけ時間と気力の無駄遣いだ。
僕はそう思う。けれどそう思えない人もいるのだということも理解はしている。
彼女はそうみたいだった。
引っ越して二日目。初めての一人暮らしは不慣れなことの連続で僕は慌てていた。部屋は段ボールまみれだし、学校までの地図は意味不明だった。
早めに家を出ないと、とぐちゃぐちゃの部屋を飛び出すと、隣の家の扉の前で同い年くらいの女の子が立ちすくんでいたのが視界に入った。
写真で見せてもらった、僕がこれから通う中学の制服を着た女の子。
「doll」と呟いた彼女は、僕に幽霊でも見るような目を向けていた。
モデルの仕事の時はカラコンを外して青い瞳を印象付けていたり、雑誌に掲載されてもアート的要素の強い写真の仕事の方が多いため、似てるとは言われてもバレたことはなかったというのに。まさか隣に住む相手に言い当てられるだなんて。
厄介だと思った。
近所で面倒事はごめんだと、捲し立てるように君の勘違いだと彼女に主張した。
僕の勢いにのまれる姿を見て、押しに弱いタイプだと分かり安心した。
道案内を頼み別れ際に声をかけた時は確信していたわけではなかった。むしろ、同じクラスにまでなるとは偶然が重なりすぎだろうと思ったが、接点なんて忘れたように彼女は教室で僕に話しかけてくることはなかった。
最初のあの視線は何だったんだと思うくらいに、彼女は僕に近づいては来なかった。
新しい学校生活は前の中学と然程の違いはなかった。
人間関係なんてどこでも仕組みはだいたい同じだ。出過ぎず引っ込みすぎず楽なポジションに収まってしまえば良い。
そんな小器用な自分からすると、彼女は異次元だった。
馬鹿だなあ。とすら思った。
教室で彼女はいつも問題集に向かっていた。友達も作らず、ひとりで。
グループで何かをしなくてはいけないときは居心地が悪そうにしながらも、数合わせか、同じようなタイプで集まりちぐはぐな団体行動をしていた。
好きなものは人それぞれだとは思うが、極端なやつだ。そう思っていたのだが、彼女は勉強が好きというわけでもなさそうだった。
期末テストが終わり、答案用紙を受け取り戻ってくる彼女は、まるで怒られた後の子どものようだった。
泣きたいような、言葉を自分の身体の中に抑え込んでいるような、どうしようもない顔をしていた。
クラスメイトから話を聞けば、彼女は学年で三位以内にはいつも入っているらしい。それなのにあの表情はなんなのだろうと気になった。
次の日も返されたテストの点数を見て同じような顔をしていた。
一体どういう理由なんだと観察していたら視線が合う。何事もなかったように目線を外したが、違和感は持たれただろう。
まさかそれからすぐに彼女に醜態をさらすことになるとは思わなかった。
ここまで醜態を見られたのなら取り繕っても仕方ないと、渡りに船だとばかりに僕は夕飯の確保をさせてもらった。
結構、それは僕にとって切実な問題だったんだ。
久しぶりに人と食べるご飯は思いの外心地好かった。彼女は自分からはあまり話しかけてこない。話さないが表情が言葉よりも雄弁に語っていた。
どうしてこんなことになったのだろうと。その分かりやすさはちょっと面白かった。そして面白く思ってしまった自分の感情の不思議さを意外に思う。
どうやら彼女のことが僕はわりかし嫌いではないらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます