第19話
クラスメイトのファンだったことが本人にバレた時の気持ちを五文字以内で述べよ。
答え「気まずい」
部屋で膠着状態になったところで村上君と私のお腹が同時に自己主張したため、一旦話は保留して夕飯の準備を始めた。
食卓に夕飯が並びお互い席に着き食べる段階にきて、正面に座る村上君からのプレッシャーをひしひしと感じながら、私は只今素麺をすすっているところだ。
「宮田紗智さん、君に聞きたいんだけど」
「……はい」
動揺のあまりすすっていた麺でむせそうになる。
「え……大丈夫?」
「大丈夫。大丈夫です話を続けてください」
咄嗟に飲んだ麦茶で流し込めて良かった。麺が鼻から出るなんて女子中学生としてあるまじき失態を見せずにすんだ。
「まず最初に聞きたいんだけど君はいつから気づいてたの」
「会った日に気づいてましたよ。でも村上君がdollと同一人物だと思われたくないみたいだったので。……それに」
「それに?」
「電子レンジ爆発した日、村上君カラコン外したままでしたよ」
我が家に駆け込んできた瞬間はバタバタしていてすぐ気づかなかったが、爆発した卵を掃除しながら冷静になると気づいたのだ。
あれ? 青いなと。
「まじで? 青かった?」
「青かったですねえ」
迂闊さを呪うように村上君は自分の頭を抱える。
「じゃあ君は、僕が最初に別人だと主張したことに対して配慮してくれたってわけだ」
こくりと頷く。村上君は眉間の皺を引き伸ばすように揉みほぐしている。
「……慮ってくれてありがとう」
「どう、いたしまして」
知らないふりを私はしていたわけだけれど、果たしてそれが正解だったのかは分からない。始めにバレバレですよと伝えて傷を浅くしておいた方が良かったのだろうか。
「ちなみに君から僕に聞いておきたいことはある?」
「ええと、聞いてもいいんですか? ……じゃあ、……村上君はハーフ、なんですか?」
「母親がそうだね。ヨーロッパの方。父は純日本人だよ」
「お母さんに似て良かったですね!」
おそらく百パーセント母親似なのだと思い、村上君のお母さんに心の中で感謝する。遺伝子よありがとう。
「……君、僕のファンって本当だったんだね」
きょとんと村上君は幼い表情をしている。どうやら信じていなかったようだ。心外だ。
「やっと信じて頂けたようで幸いです」
私は本当に彼のファンなのだ。彼が掲載された雑誌を片っ端からどうにかして購入していたくらいには。
「まあ、それはそれとして。僕からじゃあもうひとつ、君に聞きたいんだけど。……何かあった?」
心配をしてくれているのが表情から伝わった。誰かから混じりっけのない優しさを向けられるのは久しぶりだ。嬉しい。……嬉しい。誰かに頼りたいと、弱い自分が顔を覗かせる。
「……私と村上君は友達じゃないので答えられません」
顔をそむけながら私が言うと、村上君は唖然としたあとに顔を歪ませて息を吸い込み――。
「はああああああああああ?」
地から這い上がってきたような低い声で、私の発言に不満を現した。
「個人的な問題なのでお隣さんに言うことではありません」
「君さあ、本ッ当に可愛くないね」
「可愛くなくて結構です」
結構だけれど少しだけ傷つく。どうせ私は可愛くない。
「僕には言いたくないってか」
「誰にも言いたくないってことです」
深いため息を村上君が一度吐き出す。
「頑固すぎない?」
「頑固上等です。いいじゃないですか頑固な方が。曲げられない信念を持っているってことじゃないですか」
野菜だって萎れてしなしなになっているより、ぱっきりしている方が美味しいのだ。
「ふうん。そう。君は曲げられない信念のためにそんな無理をしてるわけだ」
「黙秘、します」
「……そう。まあでも言いたくなったら言いなよ、窒息する前に。遠慮する必要ないから」
滅茶苦茶なことを言ってきたりもするけれど、結局のところ村上君は優しい。
優しい人には、寄りかかれない。
それに、無理しないと叶わないものを叶えようとしているなら無理をするしかない。これは断じて遠慮じゃない。違うの。そうじゃない。
全てを削ってでも守りたいものがあることは間違っているのだろうか。
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