第14話

 六時の携帯のアラームで私は毎朝起きているが、スヌーズ機能に助けられ起き出す頃には母はもう出社していて家にいない。

 会うことがない代わりに、毎朝ダイニングテーブルに用意されている朝ご飯を見て母の存在を確認している。

 中学にあがると同時に持たされた携帯だが、電話よりもメールよりも目覚ましとして活用されている気がする。

 連絡を取る相手なんて母ぐらいしかいないし、その母とも用事がない限り特に連絡することもないのだ。

 本来の用途と異なる使い方をしているというか、電話料金がもったいないなと思う。けれどだからといってわざわざ誰かと連絡を取り合おうとは思わない。

 朝ご飯を食べ、身支度を整え、早めに学校に着くように家を出る。

 まだ学生の姿が少ない道を歩いていると、神社の鳥居の手前辺りで毎日散歩をしているおじいさんとすれ違う。ふわふわした毛のパピヨンはいつ見ても手触りが良さそうだ。

 太陽はもう夏を主張し出している。早朝でもすでに光が強い。太陽が君臨している空は世界すら強固にしているような気がする。

 簡単には壊れないような確かさを私は夏に感じる。反面、日の短くなる冬にはふとした瞬間にあっけなく砕けてしまうような脆さを感じる。

 夏は強固で、たまに怖い。

 平均より早めに登校していても、すでに校舎には人気がある。大概が朝練をしている部活の人たちだ。

 朝練の人とも登校する人とも被らない中途半端な時間帯だと、いつも決まった人しか見かけない。

 だから、教室へ向かう階段の踊り場で彼がそわそわと行ったり来たりしている姿を見かけて、不審に思うよりも先に面食らってしまった。

 だっていつもチャイムと同時に教室に飛び込んでくるタイプだったのだ。

「うおわっ! 宮田さんか……おはよ」

 手摺に掴まってよろけながら彼は言った。お化けでも見たような反応だ。失礼な。

「加藤君この時間に来てるの珍しいね」

「ああ、まあ、そうな。ちょっと用があってさ」

「…………村上君?」

 昨日の村上君の様子を思い起こす。彼がこぼした本音からして、多分、昨日みたいな喧嘩にはならない気がする。

「宮田さんまで気にしてるかあ」

「まあ、ね。目立っていたし」

「クラスの誰にも興味なさそうだったのにな。宮田さんでもやっぱり透は気になる?」

「どうだろうね? 村上君じゃなくて別の誰かだったとしても昨日のあの様子じゃ皆気になると思うよ」

 村上君だったからわざわざ口に出したのだと自分で分かっていながらも、そう口にした。

「……宮田さんは、さ、あれだ、その、なんだ」

 加藤君は何かを言葉にするべきかどうか悩みながら頭をぐちゃぐちゃにしていたが、最後には「なんでもない」と終わらせてしまう。

「加藤君は、友達が多いよね」

「多いのか? 普通じゃねえ?」

 けろりとした顔で言っているが普通ではないだろう。絶対同じグループにはならなさそうなタイプの男子とも、仲良さげに話しているのを見たことがある。それも複数。

 分け隔てがないを地でいくのが加藤君だ。それは多分普通ではない。

「宮田さんは、うちのクラスにはいなさそうだけど、別のクラスとかには友達いるの?」

「いないよ」

 躊躇いなく答える。だって私にとってそれは恥ずかしいことではないから。

「女子ってさあ、友達いないと生きにくいんじゃないの?」

「そうかもね……。だけど、私、友達よりも大切なことがあるから仕方ないの」

「……仕方ないんだ」

 あっけにとられた様子だった。

 そう、仕方ない。私が何度も自分に向けた言葉。

「仕方ないの」

「宮田さんはそれでいいの?」

 仕方ないと繰り返してはいるものの、問いへの答えを私はまだ持っていなかった。だから不自然でも話を反らした。

「村上君さ、多分、加藤君のことどうでもいいとかは思ってないよ」

「どうして宮田さんにそんなこと分かるんだよ」

「なんとなく、それじゃ駄目?」

 昨日村上君と話したからだけれど、正直に話せる事情ではない。クラスの女子にでもバレたら面倒なことになってしまう。

「……じゃあ、もしも透がどうでもいいって思ってたら責任とってよ」

「責任、て」

 確信があることとはいえ、そう言われてしまうと躊躇が生まれる。しかしそんな時に限って、これまで昇ってくる生徒がいなかった階段に足音が生じた。

「何してるのこんなとこで」

 軽快に階段に足音を響かせていた主は、至極冷静に私達に声をかけてきた。

「……おはよ、透」

 加藤君が挨拶する声がいつもよりぎこちない。

「おはよう。で、何してるの?」

「ちょっと用事あっただけですよ。……話、終わったので。それじゃ」

 まるで逃げるように階段をかけ上がった。

 加藤君も村上君も私が脱兎の如く去っていたのを見て、目を丸くしている。そうして、多分お互いの様子を見てか――若しくは不本意ではあるが私の挙動についてか、二人ともどっと笑い出していた。

 彼等が、これから改めて話をするのかは私には分からない。

 わざわざ話すことはないのかもしれない、今も、これからも。けれど大丈夫なんだろうなあと、思う。

 男の子の友情は私には分からないけれど、大丈夫なんだろうなあと。

 同じものを見て笑えるなら、多分、大丈夫なんだ。

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