第15話

 村上君と加藤君は、逃げ去った私が教室に着いてからしばらくして二人で教室にやって来た。

 昨日の喧嘩が嘘だったように会話を交わす二人が教室に入ってくると、クラスのざわめきが一瞬静まる。

 二人の姿を見つけ次第、教室にいた他のクラスメイトは昨日のことを思い出し少し様子を伺っていたが、喧嘩や口論ではなく普通に会話している二人を見て仲直りしたと気づく。

 いつも通りが教室に戻った。

「卓球の腕前はどれほどのものなのか楽しみだな。なあ透?」

 にやにやと含みを持たせながら加藤君が言う。当の本人は野球をやるらしい。グラウンドから卓球をやる武道館まではそこそこ距離があるのだが、空き時間を使って見に行くつもりなのだろう。

「楽しみにしててよ。中国人もビックリ消える魔球を打ってみせるから――人生で一回しか卓球やったことないけど」

 対抗するように満面の笑みで村上君が迎え撃つ。と、最後の発言を聞いた加藤君は驚愕の声をあげた。

「あれだけ卓球好き好き言ってたのになんだそれ!」

「一回だろうが、百回だろうが好き嫌いに関係ないよね」

 さすが口から生まれてきたを地でいく男――私が心の中で最近よく思っている村上君への評価だ――加藤君に勝率はないから、まともに反発するだけ労力の無駄遣いだ。早めに諦めるのをお薦めする。

「お前これまでどんだけ猫かぶってたんだよ!」

「かぶってません。あれはあれで僕の素です」

「初日の「不安なので、どうか仲良くしてください」とか嘘臭いと思ってたよ……! 中学生男子があんな発言するわけないもんなあ!」

「あって困らない処世術」

「サラリーマンが読んでる本のタイトルかよ……!」

 遠巻きにしていた女子がぽかんと口を開けている。村上君に抱いてた理想像が砕け散る様が見えそうだ。

「良く分かった。俺は口ではお前に絶対勝てない」

 早々にご理解頂けてたようで安心した。これで加藤君の心労も幾ばくか軽くなるであろう。

「頭の回転が早くてごめんな」

 しれっとした顔で村上君が言う。これがもし自分に向けて言われていたらさすがにひっぱたいていた。

「いやいや、うちの母親相手にしてると思えば全然楽だわ」

「……はーん、それ僕が女々しいと遠回しに言ってるわけ?」

「俺が、まさか、そんな、お前みたいなことを言うと思う?」

 加藤君がにやにやしながら腕を組んでいる。思っていたのと別の面でも、もしかしたらこの二人はとても似ているのかもしれない。

「あのさあ、村上君いつもと様子違わない? どうしちゃったの」

 怖々と遠巻きにしていた女子グループの子が話しかけた。

「本人が言うにはこれも透なんだってさ。そうなんだろ?」

「人間ってのは多面的なのが普通なんだよ」

 尻すぼみに「そうなんだ」と言った女の子は、後退りながらゆっくりと村上君から離れていった。

「女子人気は大暴落のようですがそこのところいかがですか透選手」

「もともと気にしてないから構わない」

「もてない男全てを敵にする発言ありがとうございます。夏休みお前は誰からも遊びに誘われないことでしょう」

「え……それは嫌だ……」

 本当に嫌そうに村上君が慌てている。男子との友人関係の方が彼にとっては大事らしい。

 それにしても大人のような振る舞いはとても上手なくせに、村上君は同い年の友達とのやり取りはすごく下手くそだ。でも私は、――多分加藤君も。嘘臭い顔でにこにこ笑っている彼よりも、自分勝手で口が立つ彼の方が好きなのだ。……時々ひっぱたいてやりたくはなるが。

 加藤君とは違って、私と彼は友達ではないけれど。

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