第12話
ロングホームルームで行われた球技大会の競技決めは意見がぶつかることもなく、問題が起きるどころかむしろスムーズに終わった。
先程までの騒ぎが嘘のように穏やかにパズルが気持ちよくはまるようにそれぞれの種目は決まっていったのだ。
村上君は宣言通り卓球に出ることにしたらしい。開始早々黒板に名前を書きに行っていた。
卓球、男三、女三と書かれている下に自分の名前を書く彼の姿を見ても、今度は加藤君も騒ぐことなく、肯定も否定もせず、黙っていた。
村上君と加藤君は言い合いをして以降、一言も会話を交わしていない。
顔を合わせれば先程のように口論になると思ったのだろうか、お互いの姿を視界に入れないようにすらしているみたいだった。……そういえば中学生って、喧嘩の後にはどうやって仲直りをするのだろう。
幼稚園や小学生の頃ならまだしも喧嘩の質が違うのだから、ごめんねの一言で片付きはしないだろうと思う。だからといって、じゃあどうすればいいのかまったく分からない。
私はもう誰とも喧嘩をすることもないから中学生の仲直りの仕方を知らないのだ。
村上君は仲直りの仕方を知っているだろうか?
どれだけ一緒に笑っていてもどこか周りと線を引いていた彼は、知っているのだろうか。
今日は水曜日だから村上君が夕飯を食べに我が家にやって来る。……来る、はずだ。
食事中にでも彼に話を振ってみようかとも思ったけれど、思い浮かんだそばから自分の考えをすぐに否定する。だって、聞いてどうするというのだろう。深入りする気もないくせに。
どうやら彼と出会ってから私のペースはずっと乱されたままのようだ。
加藤君は村上君と話さないまま放課後になると部活に向かったようだった。
日が沈むのがとても遅い今の時期は、夕方でもまだ他の季節よりもずっと日差しが強い。
じりじりと肌を焼く太陽には時折焦燥感を煽られる。
夏休みのもつイメージからもたらされているのか、どうしてか何かをしなくてはならないのではないかという感情に駆られるのだ。
例え焦燥感に駆られても、気持ちだけで何かすることなんてないけれど。
暑さに体力を取られた今日は、なるべく楽に済ませたくて夕飯は冷やし中華にすることにした。
「……冷やし中華始めたんだ。夏だね」
茹であがった麺を水切りしようというタイミングで村上君はやって来た。
一旦火を止めて鍵を開け村上君を出迎えてから、早々にキッチンに戻り麺を水切りしている私の姿を見ると彼はしみじみと呟いた。
「始めましたねえ。楽だし美味しいし良いでしょう」
流しで鍋からザルに麺を移すと、もうもうと湯気があがり視界をふさいだ。
熱された空気で一気に汗が吹き出すが湯気の熱さは水ですぐに冷やされた。
「マヨネーズはかける人?」
当たり前のように彼は口にしたが私の頭の中にはてなが浮かぶ。
主語がないからそもそも何にマヨネーズをかけるのかが分からない? ゆで卵にだろうか? 作ってもいないのに何故今急に?
「あ、冷やし中華にね」
「冷やし中華にマヨネーズをかけるんですか」
カルチャーショックで語調が強くなった。
目玉焼きはケチャップと言われた以来の衝撃だ。ちなみに私は醤油派です。
「父親が使うんだよ。僕はかけない」
「へー。……あ、もしかしてカレーにソースかけたりします? 村上君のお父さん」
「カレーにソースって何そ……れ……。いや、なんか、そうかも、なんかかけてたかもしれない」
「こだわり派、なんですかね?」
ちゃかすように言いながらも、多分、初めて村上君が親の話をしたことが気になっていた。
村上君は自分の話をあまりしない。
どうして転入してきたのかとかも詳しい事情を知っている人はクラスにいないだろう。
自分の話をしない村上君は、話をふられると当たり障りないことだけ言って話題をそらすのだ。加藤君はきっとその積み重ねによって爆発したのだろう。
「味覚馬鹿なんだよ」
何かを思い出しながら苦笑している彼には多分それが伝わってない。
怒ってもいるのかもしれないけれど、それ以上にはぐらかされる側は寂しいのだということがきっと伝わってない。
「好みは人それぞれってことにしましょうよ」
私にできることなんてないだろうけど、伝わらないことは悲しいなと思った。
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