第11話
期末テストが終わると学校中がすぐに球技大会ムード一色に変化した。
去年もそうだった。テストを頑張ったご褒美のように皆が球技大会を楽しんでいた。そして球技大会が終わればすぐに夏休み。
テスト最終日を迎えてからは、勉強から解放された大多数の生徒がこれからやってくるイベントごとへの期待で浮き足立っていた。
皆、楽しそうにしていた。
私は、どうだろう。
去年は苦痛で仕方なかった。私には球技大会の楽しさが理解できなかったし、団結を必要とされる学校行事はクラスに馴染めていない自分を浮き彫りにされるようで苦しい気持ちにもなった。
自ら望んで一人でいるはずなのに、胃がぎゅっと縮むような感覚があった。いつも以上に異質さが強調されてしまうと、それは、どうしてか。
「どうして卓球なんだよ」
急に耳に飛び込んできたとげのある声に身がすくんだ。
語調の強いその声は男の子のもので、恐る恐る後ろを振り返ってみると村上君の机に手をついて立ち上がっている加藤君がいた。
苛立った様子の彼の声で教室中の注目が彼らに集まっている。
「卓球の何が駄目なんだ」
加藤君とは対照的に、いつも通りの変わらない調子で村上君は答えた。
「バスケとか! サッカーとか! 野球だってあるのに何でわざわざ卓球を選ぶんだよ!」
次の時間のロングホームルームでは球技大会でそれぞれ出る競技決めをする予定だった。会話から伺う限り彼らはそれについて話をしていたのだろう。
「僕は卓球がいいの」
「つまんねえじゃん!」
「卓球だって面白いよ」
「つまんねえの!」
彼がこんな風に声を荒げる姿を私は初めて見た。話を重ねるほどに苛立ちが増す様子の加藤君と比例して、村上君はひどく冷静だった。
「僕は卓球を面白いと思うし、卓球にするよ」
「なんでだよ!」
「なんでって、卓球がやりたいからだよ。僕が何をするかは僕が決めることだし、そもそも球技大会で何に出るかなんてこんなに騒ぐようなことじゃないだろ」
「――ああそうかよ、好きにしろよ」
吐き捨てるように加藤君が言った。怒りよりも、虚しさのような寂しさを感じた。
「さっきからどうしたんだよ、そんなにムキになることじゃないだろ」
「わかんねえよお前には」
加藤君の気持ちが私は少し分かるような気がした。多分、村上君には分からないだろう。私たちのような――加藤君と自分を同列に思っているわけではないが――感覚は。
「何なんだよ駄々こねる子どもかよ」
「お前いっつもそうだよな」
「……何の話?」
これまで冷静でいた村上君だったが、一方的に怒りをぶつけられている内に彼も苛ついたようで珍しく険のある問いかけをした。
「いっつもそうやって涼しい顔して話をはぐらかすんだよな。本当のことなんて何も話そうとしないんだ。何なんだよムカつくんだよ馬鹿にしてるのかよ俺のこと!」
騒がしかったはずの教室は静まりかえっていて、二人の言い争いだけが飛び交っている。
皆が二人の言葉を聞いていた。口を挟める人は一人としていなかった。
「……馬鹿になんてしてない」
「俺にはそうとしか思えないんだよ」
「じゃあどうしろって言うんだ」
ため息まじりに村上君が言う。どうして加藤君がこんなにも苛立っているのか、彼はまったく理解できていない。
「ちゃんと話せよ」
「だから何の話なんだ」
「卓球だって面白いとかお前が言ってるのはただの言い訳だって分かってんだよ。ごまかすのをやめろよ、ちゃんと話せよ、変な理由を並べ立てないで」
「……ごまかしてなんかいない」
「ここまで言ってもまだそれかよ、もういい分かんねえんだよお前には」
もう話したくないとでも言うように加藤君は自分の席へ向かった。
口論がおさまると、言い難い沈黙が教室を支配した。咳払いすら聞こえない。
どうすればいいのか分からず皆戸惑っていたが、状況も感情も関係ないチャイムが鳴り無機質に沈黙を終わらせてくれた。そのおかげでやっと、ぎこちなくだが教室の空気が動き出す。
加藤君は、裏表のない善良な人だ。
だから多分もどかしいんだと思う。中途半端に村上君が本心を隠すことが。
ストレートな人だから、避けてかわしてしまう彼に疑問を覚えてしまうのだろう。
そこまで考えて、ああ、そうか。と、ふと思った。
加藤君も村上君もまだ中学生だ。自分とは違う、コミュニケーションの上手な人で、私とは違う世界で生きている人だと思っていたけど。
皆、同じ世界で生きる同い年の中学生だ。
私たち、まだまだ手探りで、迷いながら人と向き合っているのだ。そしてきっと、それでいいのだ。
例えそれが不正解だろうとも。間違えることだって無駄ではないのだろう。と、そんなことを、思った。
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