第7話
床に荷物を下ろすとスーパーのビニール袋がガサリと音をたてた。
水曜日と金曜日は、毎朝出勤する前に母が用意してくれている夕飯の作り置きがないため、自分で夕飯を用意しなければならない。
中学にあがってからはずっと週に二日は放課後にスーパーに通う生活をしている。もうすっかり習慣になっているので、なれたものだ。
私の母は昔から本気でいつか倒れるのではないかと思うほどに働いている。休日も出勤している日が多い。家にいる時もあるが、その場合疲れて寝ていることが大半だ。
朝の六時半には出かけて、帰宅は日付が変わる少し前くらい。そんな生活をずっと続けている。
休みの日に遊びに出かけたどころか、最後に母と私が雑談をしたのはいつだったのか思い出せないくらいだ。
小学校の中学年くらいまでは休日に時折遊んでもらった記憶があるが、今はもうそんな日はない。
一体、母の毎日の睡眠時間は何時間なのだろう。
人は何時間寝れば健康に生きていけるのだろう。
不安になるほどに忙しいのに、母は毎朝ちゃんと私の朝ご飯とその日の夕飯も用意していく。
中学生になってからは、週に二日は自分で何とかすると私から言い出し、水曜日と金曜日は母が作っていくのは朝ご飯だけになった。
それでも、それだって、簡単なことではないと自分で夕飯の準備をするようになってから私は実感した。毎日繰り返す行動ほど負担は大きいものなのだ。しかし、そういった母の行動が愛情なのか親の義務としてやっているだけなのかが私には分からない。
ここ数年お互いが何を考えているのか分かるほど話をしたことなんてないから。
母がどう思っているのかを私は知らないし、私が何を思っているのかを母も知らない。
購入してきた食材を冷蔵庫に仕舞い終えリビングのソファに腰をおろすと、今日渡された期末テストの結果の書かれた紙を鞄から取り出した。
国語九十五点。数学八十七点。英語九十一点。理科八十四点。世界史九十点。――そこまで字を目で追ってから主要科目以外を飛ばし順位に視線を移動する。
総合順位、四位。
情けなさすぎて、ため息も出ない。
どれだけ勉強をしても一番になれない。私は出来損ないだ。
……こんなんじゃいつまでたっても願いは叶わない。
焦燥を表すように紙を握りしめた手元からくしゃりと軽い音が鳴った――のだが、苛立ちも落胆もかき消すように隣から壁越しに爆発したような音が聞こえた。
次いで慌ただしく駆け回っているだろう足音が鳴り響く。
突然の事態に面食らっていると、ピンポンと我が家のチャイムが鳴らされた。
聞いていなかったが母が頼んだ宅配便でも届いたのだろうか? 混乱した頭でインターホンを取ろうとすると、またチャイムが鳴らされる。
ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポ。ピン。ピ。ピン。ピ。ピ。ピ。
ドン、と扉が叩かれた。
心臓がヒヤリとする。一体何が起きているのだろう。
恐怖が心を充満させた。しかし続いて聞こえたのは、見知った相手の声だった。
「宮田さん! 宮田さんいないの?」
切迫した声の持ち主は――村上君だった。
先程の爆発したような音を思い出す。よっぽど差し迫った緊急事態なのかもしれないと、急いで玄関に向かい扉を開けた。
「宮田さん! 助けて!」
焦った彼の顔を見ると、違和感を覚えた。しかし、それよりも彼に肩を掴まれたことに驚きすぎて疑問は思考の底に沈む。
「どうか、したんですか?」
「ちょっと……あの……説明しづらいからこっちの家まで来てもらってもいい?」
同級生の男の子の家にあがったことなんてない。異常事態なのだとしても躊躇いが生まれる。
「警戒しないで! 誓って下心とかそういうのではないから! 君にそんな感情持つわけないから! 助けてほしいだけだから!」
「……そうですか」
決して、決して、彼に対して色恋等の気持ちを抱いたことはないけれど、その言い様には少し苛ついた。無意識にだが声も低くなっている。
「いやもう本当にとにかく来て!」
手首を掴まれ引っ張られる。村上君の早さで世界が動いた。
玄関の鍵を閉める暇もなく、私は引っ張られるままに村上君の家に連れていかれた。
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