第5話
強いインパクトを周りに振り撒きながらやってきた村上君だったが、たった数日で彼は自然にクラスに順応した。
転入初日の昼休みの後。朝に約束を取り付けた学校案内をし終えて教室に戻ってくる頃には、村上君はすでに加藤君と打ち解けていた。半日でもう友達になったようだ。
私は今のクラスになってから二ヶ月たっても一人も友達がいないというのに器用なことだ。
女子との距離感の保ち方も彼はとても上手かった。邪険にあしらうわけではないけれど、踏み込まれないようにきっちり線を引く。それは、初日に言っていたように先輩から目をつけられたくないから。――ではなく、男子の中で孤立しないためにしているのだろう。
転入初日とその後二、三日くらいは女子も粘っていたけれど、二週間が過ぎた今はもう最初の頃ほど彼にまとわりつく女子はいなくなっていた。
「期末テストって来週なの?」
休み時間に後ろの席から村上君の驚いたような声が聞こえてきた。
六月下旬にある期末テストは範囲が狭いこともあって、皆はそこまで気にしていない。その証拠のように村上君が今更知って驚いている。これまで話題にも出ていなかったのだろう。
「池ちゃんから聞いてなかったのか?」
私は先生としか呼んだことがないけれど、加藤君たちは担任の先生のことを池ちゃんと呼んでいる。
「聞いてないよ……。やばいなあ」
「意外」
「何が」
「なんか透って勉強できそうじゃん。イケメンだし」
「学力と容姿にどんな関係性があるんだよ。別によっぽど苦手ってほどじゃないけど前の学校と進みが違うから、ちゃんとやっておかないとまずいんだよ」
彼が通っていたのは公立だろうか、私立だろうか。授業の進みはどこも似たようなものだと思っていたが、そんなにズレているのだろうか。
「なるほどな。俺、勉強中の下だから助けられないわ。池ちゃんにでも相談してみる?」
「んー。まあなんとかなるだろうと思うから。そこまではいいや」
どうやら深刻になるほどではないらしい。それに所詮中学は義務教育だ。赤点を取ったところで、出席さえしていれば進級できる。
もし推薦で高校受験をするのであれば問題だろうが……彼は、これからもこの町で暮らすのだろうか。
不似合いなこの町で。
「そういやさ、透は部活どうすんの?」
「部活ね……運動部は無理だし、文化部のどこかで幽霊部員にでもなるかな」
桜台中学校は、全員一度はどこかしらの部活に入部する決まりになっている。私も一応美術部に所属している。年間で片手で数えられるほどしか活動しない幽霊部員だけれど。
「どうして運動部は無理なんだよ? 前の学校だとどうしてたんだ? 透、運動神経だって悪くないじゃん」
「運動部は今から混ざるのがしんどい。先輩とか後輩とか関係もできあがってるだろうし。前の学校は……、部活動は強制じゃなかったんだよね。あー、否、違う違う帰宅部だったよ帰宅部。あれも立派な部活だろう?」
「なんだそれ。適当すぎねえ? ……キョーミないのか? 部活動的青春」
加藤君の聞き方は少し揶揄するような調子だった。
「体育会系の上下関係とか得意じゃないんだよな……それに僕は、部活であんな風には頑張れないから駄目だ。嫌だろ? 熱量の違うやつがチームにいるの」
「……ゆるい運動部もあるけどな」
私は運動部は遠目に見るくらいしか知らないけれど、ゆるいと言っても少なくない時間を部活に費やしているなと思う。
例え真面目にやっていなくとも、お喋りをしながらだとしても、筋トレやストレッチや走り込みのような基礎練習も試合も、放課後毎日やっているのだ。部によっては休日も使って時間を消費している。
「透がそれでいいならいいけど。今週中に決めなきゃならないんだっけか?」
「こだわりはないから、幽霊部員が多いところにでもするよ」
村上君が話を切り上げると、後ろから聞こえてくる声は、よく皆が話している芸能人などの話題に移った。それと同時に聞き耳をたてていたせいで止まっていた自分の手を、やっと動かし始める。
……調子が狂う。
村上君が来てからというもの、集中が途切れやすくなっている。話し声をつい耳が拾ってしまう。彼たちの話を聞いている暇など私にはない。ない、はずだ。
期末テストが来週ある。私はそのために勉強をしなければならない。
人間関係を放棄して、皆が想像する青春というものを放棄して、何のためにこんなにも時間を割いて、参考書を開いて数式を解いているのか。
たったひとつの願いのために私は勉強をする。願いのために必要なことだから私は勉強をする。
それ以外は、いらない。
たったひとつを叶えるために他の物は何も要らないと、誓うように祈ったから。――だから彼に気を取られている暇なんて、ない。
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