第4話
転入生の彼――村上君の席は、窓際の一番後ろの席になった。
私の席は同じ列の後ろから三番目にあるので、今日から間に一人挟んで村上君がいるようになった。そういえば先週まではあそこに机は置かれていなかった。いつの間にか机が一つ増えていることに皆は気づいていたのだろうか。
ホームルームと一時間目の間には十分しか時間がないというのに、担任の先生が教室から出ていった瞬間に彼の周りには人が集まった。
一つ席を挟んではいるものの、彼の席の周りで話される内容は十分私の耳にも入ってくる。
「どこから来たの?」
集まった中でも積極的に村上君に話しかけているのは、クラスの中心にいつもいる子たちが主なようだ。
「東京だよ」
「え~、すごおい」
大袈裟なくらいに女の子は高い声を出した。もし近くで聞いたら耳が痛くなりそうな黄色い声だ。
「東京ってだけですごいの? ここからだって電車に乗れば二時間でたどり着くのに?」
中学生にとって電車で二時間の距離は、外国に行くのとそう変わらない。
私たちにとって東京は自分たちで気軽に遊びに行けるような距離ではない。彼はそんな所も少し感覚が違うのだろう。案の定すぐに周りの子から否定の声があがった。
「全然違うよ。東京に住んでる子みたいに放課後に渋谷行ったり出来ないもん、ここじゃ」
「渋谷行きたいんだ」
「行きたいよ! やっぱ憧れるし格好良いじゃん、何か!」
中学生という狭い狭い世界で生きる私たちは色んなものに憧れる。それは場所であったり人であったり様々だ。
私たちの持つ憧れはきっと空想的で現実味がない。自分にとって最大限の理想で、純度の高いものだ。
「そう?」
村上君には私たちが抱いているそんな感覚が分からないんだろう。自分自身が人から憧れられる対象だから。
「村上君って格好良いし、やっぱり渋谷とか原宿歩いてたらスカウトとかされた?」
「……どうだろう?」
彼が含むようにそう言うと、やだあ、なんて嬉しげな声をあげて周りの女の子たちはまた盛り上がった。一体何がやだなのかは分からないが彼女たちは時折そうやって楽しそうにしている。
「あ、そうだ。それより、昼休みか、放課後とかの時間ある時で良いんだけど校舎の案内とかそういうのって誰に頼めばいいのか教えてくれない?」
「私たちで案内するよ~!」
彼女が言う私たちは、クラスで一番発言力のあるグループ四人のことだ。彼女たちはいつだってスカートを短くして、睫毛の長さを気にしている。
「……出来れば男に頼みたいかなあ」
弱ったように村上君が言うと、彼女たちは不満そうな反応をした。
「女の子に囲まれて学校歩くのはさすがに恥ずかしいよ」
「そんなことないよお。人気がある証拠じゃん」
苦笑する彼に一歩詰め寄って彼女は言った。どうやら引き下がる気はないらしい。
「けど……。ああ、それともクラス委員とかに頼めばいいのかな?」
「クラス委員って……」
「ねえ……」
背中に彼女たちからの視線を感じる。クラス委員長は私よりも先に登校して参考書を開いている、教室の入口に一番近い席に座っている男子生徒。そして副委員長は、私だった。
「何かまずいことでも言った?」
「そうじゃないよお。そうじゃないんだけどお……、うちのクラス委員って二人ともガリ勉だからさあ。案内とかする時間があれば勉強したいって言うんじゃないかなあ」
正解。そう心の中で返答する。
村上君は私を評価するその発言には肯定も否定も相槌をうつこともしなかった。
彼が黙っても彼女たちは繰り返し自分たちのアピールをしている。まともに相手をしていても話が進まないと思ったのか、唐突に村上君は、あのさ! と斜め前に座っている男子生徒に声をかけた。
「昼休み時間ある?」
「ある、けど……」
まさか自分に話が回ってくるとは思わなかったのだろう、いつも快活な彼にしては珍しく歯切れの悪い返事だった。
「話、聞こえてたかもしれないけど校舎案内してくれない? 頼むよ」
「俺に? そこにいる女子でいいじゃん」
「何か恥ずかしいじゃんか。それに転入そうそう目つけられたくないし」
「あー、まあ悪目立ちはするだろうな」
当然するだろう。何もしていなくとも容姿だけで充分目立つというのに、時期外れの転入生なのだ。
小学生の頃はそこまでではなかったが、中学生になると途端に男女の間に明確に差ができる。付き合うとか、そういった異性であるということが顕著になる。
女の子を引き連れて校内を歩いたら、まあ、そういう噂が広がるのは想像に難くない。
「入学したばっかりなのに問題起こしたくないんだ」
手を合わせて拝むようにして村上君は言った。
「そりゃそうだ。いいよ、たいしたことするわけでもないし案内くらいしてやるよ」
「ありがとう。えっと……」
「加藤健」
「よろしく健。これも縁だし仲良くしてくれると嬉しい」
とても上手いな、と思う。立ち居振舞いが。これで村上君は男子の中で孤立することはない。
加藤君はムードメーカーで友達も多い。彼と友人になれば今後何かあったとしてもどうとでもなるだろう。
村上君にここまで言われてしまっては、さすがに彼女たちも引き下がるしかないようだ。
残念そうにしながら「もし何か困ったことがあれば相談してね」等と言っている。抜け目ない。彼女たちの世界の中心はいつだって自分たちだ。
話がまとまりを見せた所で時計を確認すると、カチリと動いた針はちょうど朝の十分が過ぎ去ったことを教えてくれた。
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