十六話~「ちょ! 姉ちゃんごめん! 俺が悪かった! ごめんって!」~~


 さぁ面倒なことになったぞ。

 しおりの引きこもり問題を解決するだけでなく、幼なじみ姉妹の不仲問題の解決まで押し付けられてしまった。しかも脅し付きで。何とかできなきゃ俺は死ぬ。


 まずしおりとひまりちゃんの不仲問題について。

 できればこっちの解決を優先したい。純粋にこのまま間に挟まれ続けたら俺の精神が死ぬし、ひまりちゃんがしおりを外へ出すことに協力してくれるようになれば、色々やり易くなると思うから。


 だが、しおりとひまりちゃんの不仲問題はそこそこ根が深そうである。なるべく慎重にいくべきだ。しおりやひまりちゃんに直接何があったのかを聞いてもいいが、それは最後の手段にしたい。


 と、いう訳で、人に頼ることにした。こういう時は遠慮なく人に頼るのが経験上ベター。

 お隣の相川家を出て十秒、我が家に帰還して、小山さんに電話をかける。しかし繋がらない。 


 あぁそうか、この時間ならまだ部活中か。またあとでかけなおそう。


 スマホをポケットに戻し、自室に向かう途中で、ちょうどトイレから出てきた美人なお姉さんとバッタリ出くわす。お姉さんと言ってもウチの姉ちゃんじゃない。姉ちゃんの友達だ。知り合いだ。たまにウチに来る。名前を早香はやかさんという。


「あれ? 晴斗じゃん、おひさ~」


 早香さんは俺を見つけると、軽快に手を振った。そんな早香さんの顔は赤く、どことなく体幹が安定していない。さては酔ってるな?


 アッシュグレーに染め、軽くウェーブをかけた髪、身長は俺と同じくらいと女性にしては高く、胸元が大きく空いたTシャツを着ている。下はデニムパンツ。

 酔いが回っているせいか、胸元当たりの肌がほんのり上気しているように見えて、エロい。早香さんは結構ノリがチャラいというか軽いというか、そういう感じの美人だ。

 特に酔ってる時は行動に躊躇がない。


 気付けば俺は早香さんに肩を組まれていて、グリグリと頭を撫でられていた。


「お? 学校帰りか? こんな時間まで授業とか高校生は大変だなおい」


 ちなみに早香さんは大学生である。姉ちゃんと同じ大学。


「こんな時間からお酒なんて、大学生は気楽そうでいいですね」


 冷静に受け答えしているが、早香さんに思いっきり密着されて内心では思春期が荒れ狂っていた。

 

 いやマジでこういうの困るんすよ。

 役得と言えば役得なんだけど色々反応しちゃうし……。つーか酒のにおいキツ! まだ日が出てるうちからどんだけ飲んでんのこの人。ちょ、もたれかかってこないで! 当たってるから! 嬉しいけど困るから!


「あー? 大学生舐めてんのかお前、晴斗のクセに。大学生も色々大変なんだぞおら」


 手の平をこすりつけるようにして高速で撫でられる。ちょ、摩擦力が。禿げるから! 若くしてはげるからやめて!


 そのまま俺は早香さんに廊下をずるずると引きずられて行く。向かう先は姉の部屋だろう。ほぼ間違いなく酔った姉ちゃんがそこにいる。


「あの早香さん待って、行きたくない」


 行きたくない。


「なんだ晴斗、アタシに口答えすんのか?」


「いや口答えとかじゃなくてですね……、ほら俺高校生なんで勉強とか……」


「なんだよ」


 にらまれる。早香さんは結構目付きが鋭いのでこういう顔されるとヤンキーにしか見えない。さすが姉ちゃんの友達なだけはある。


「なんでもないです」


「よしよし、それでこそ晴斗だ」


 マジでこの人俺をなんでも言う事聞くオモチャだと思ってる節あるよな。なんだ姉ちゃんと同じか。


夏海なつみ~、晴斗拾って来たぞ」


 早香さんに姉ちゃんの部屋へポイと放り込まれる。俺は捨て猫か何かですか。


「あ、晴斗、おかえり~」


 ハイボールの缶を傾けながら、姉ちゃんが赤い顔で俺を見た。室内の中央にあるローテーブルの上には、チューハイやらビールやら諸々の缶類と、おつまみの菓子袋が大量に散乱していた。


 何本飲んでるんだ……? 多分夕食もまだだよね?


 二人が飲んだ酒の量にちょっと引いていると、姉ちゃんに服を引っ張られて床に座らされる。


「図が高い」


 あんたどこの将軍だよ。さてはゴリラ将軍だな。

 姉ちゃんと早香さんに挟まれる形で正座した俺は、どうやってこの場から逃げ出そうかと思案を巡らせる。


「ねー早香、これ話したっけ? 晴斗が生意気にも彼女つくったって話」


 ちょ、姉ちゃんここでその話出すんですか。どうしよう、誤解がどんどん広まっていくんだけど。いや誤解ではないか?


「は?」


 早香さんが世にも恐ろしい顔つきで俺をにらんだ。え、なんで。

 そんな早香さんの反応を見た姉ちゃんが急にケラケラ笑い始める。酔ってんなぁ。


「早香ね、今日カレシにフラれたんだって」


 姉ちゃんが俺に耳打ちした。ただし声が大きいので普通に早香さんにも聞こえてる。


「は? だからフラれてないから。アタシがフッてやったんだよあんなヤツ」


 早香さんの語調が荒い。 

 なるほど理解した。それでこんな時間から飲んでるのね。


「おい晴斗、ホントに彼女つくったん?」


 早香さんがまた俺の肩を組んで、鼻先を近づけてくる。近い近い酒臭い。


「まぁ、なんというか、そうですね……、はい」


 本当は違うんだけど、そう答えるしかない。


「なにアタシの許可なく彼女つくってんの?」


 あんたは俺の何なんですか。


「アタシは今日フラれたってのに……」


 半眼でにらまれる。やっぱフラれたんじゃん……。


「マジでアイツ殺したい……ふざけてんのか?」


 早香さんが視線を床に落としてボソリと呟いた。底冷えするような声。怖すぎるが?


「い、いやほら、早香さんは素敵な女性ですし、すぐにもっといい人が見つかると思いますよ?」


「マジか?」


 ガバッと顔を上げて早香さんが俺を見る。だから近いって……。


「具体的にアタシのどこらへんが素敵だと思う?」


「まず美人ですよね」


「おう」


「あとスタイルが良くて」


「おう」


「…………」


「……それで?」


「えー……、あと、そうですね、俺みたいな奴にも構ってくれて、フレンドリーというか、気さくな所がとても良いと思います」


「おう」


「…………」 


「………それで?」


 うわこの人めんどくさ! 早香さんにウザ絡みされてる俺を見て姉ちゃんはケラケラ笑い転げてるしうるさいしもう逃げ出したい。


「あとは、そう、早香さんは女性的魅力が素晴らしいと思います。もう溢れ出てるというか」


 端的に言うと『エロい』ってことなんだけど、オブラートに包む。


「よし、晴斗お前良い奴だな」


「よく言われます」


「じゃあアタシと付き合うか」


 どこか焦点の合わない視線を向けられる。酔い過ぎだってあんた……。


「いや、それはちょっと……俺は、ほら、アレですし?」


「あ? お前アタシのこと好きって言っただろ?」


 好きとは言ってません。いや別に嫌いではないんですけども。


「でも早香さんよく考えてください」


「なんだよ」


「早香さんはとても魅力的な女性だと思います。だからこそ俺みたいな奴とは釣り合わないと思うんです」


「確かにそうだな」


 大真面目な顔で頷かれる。

 ねぇ泣いていい?


 ちょっとくらいは否定してくれてもいいと思うんだが、まぁいい。話を続けよう。


「それにウチの姉ちゃんにも彼氏はいません。だから彼氏が居なくても、そこまで悲観する必要はないと思いますよ?」


 それを言った瞬間、ずっと横でケラケラ笑っていた姉ちゃんが真顔になって俺を見た。


「ねー、晴斗あんた、彼女できたからって調子乗ってない?」


 やべ地雷踏んだかも。


「しかも昔からずっと一緒にいる妹みたいな子を誑かしてさ」


 いや別に俺が誑かしたわけじゃない……。あと本当に付き合ってる訳でもないし。


「そういえば夏海、アンタ彼氏いたことあったっけ? そういう話聞いたことないよな」


 何気なく早香さんが尋ねて、姉ちゃんが無言になる。


「…………」


「え、マジでないの?」


 意外そうに早香さんが目を見張った。


「…………私さ、この世界に私と釣り合う男なんて、いないと思うんだよね」


 姉ちゃんが至極真面目な表情を浮かべ、淡々とそう言った。


「マジでなに言ってんの? バカなの?」


 思わず素の感想が俺の口からこぼれ落ちた。

 それを聞いた早香さんが俺の隣で声を上げて笑い転げる。ペン先のように鋭く尖った姉ちゃんの視線が俺に向けられた。


 今朝、姉ちゃんにシメられて死にかけた記憶が蘇る。


 俺に向かって姉ちゃんの手が伸びた。


「ちょ! 姉ちゃんごめん! 俺が悪かった! ごめんって!」


 全力で謝るが、完全に酔いが回っている姉ちゃんが止まる気配はなかった。生命の危機。

 その瞬間、俺のポケットの中でスマホが震えた。軽快なメロディと共にバイブレーションが響く。


「あ、電話!」


 俺は間一髪で姉ちゃんの手を躱すと、立ち上がって部屋から逃げ出した。


「ちょっと待て晴斗!」


 背後から姉ちゃんの怒鳴り声が聞こえてくるが無視する。俺は家の外に飛び出した所でスマホを取り出して、命の恩人との通話を繋げる。


『あ、河合くん、ごめんね? 私部活中だったから』


 声の主は小山さんだった。どうやら折り返し電話をかけてくれたらしい。


「ありがとう小山さん、助かった」


『……私まだ何もしてないよ?』


 不思議そうな声が返ってくる。


「いやこっちの事情」


『……? まぁいいや。それでどうしたの? 河合くんが私に電話って珍しいけど』


「あぁ、うん、ちょっと小山さんに聞きたい事があって、中学の時、吹奏楽部に居たしおりとひまりちゃんの話なんだけど。あ、それと村上っていう先輩についても」


『河合くん村上先輩のこと知ってるの?』


 小山さんが少し驚いた気配があった。


「色々あってね」


 そこから俺は小山さんに、気になっていたこと尋ねていく。

 小山さんから得られた情報と、俺が元から知っていたこと合わせて時系列順にまとめると、次のようになる。


〇しおりは中学生の頃、吹奏楽部に入っていた。


〇しおりは大人しく人見知りで、積極的に部活仲間と交流していたわけではないが、部活動には真面目だった。別に全く他の子たちと喋らなかったという訳でもないらしい。


〇しおりが二年生の時に、中学生になったひまりちゃんが吹奏楽部に入部した。


〇ひまりちゃんは人懐っこく快活な振る舞いですぐに周りとも仲良くなって、しおりともはじめの内は仲良さげだった。


〇例のひまりちゃんに言い寄っている村上先輩は、チャラチャラして荒っぽい所もあったけど、顔がよくて演奏も上手く、部活内ではそこそこ人気があった。


〇村上先輩とひまりちゃんは同じパート、要するに同じ楽器を練習していて、そのパートには村上先輩とひまりちゃんの二人しかいなかった。(しおりはまた別のパート)


〇夏休みに入る前くらいの時期に突然しおりが部活をやめ、夏休み中にひまりちゃんも部活をやめた。その間の村上先輩の様子も少し変だった気がする、と。小山さん曰く、多分何かトラブルがあったんだろうけど、詳しい事はよく分からない。


〇しおりとひまりちゃんが部活を辞めたあたりから、二人の仲が悪くなる。(より正確に言えば、ひまりちゃんのしおりへの当たりがキツくなり始める。)


〇部活を辞めた後しばらくして、しおりが学校に行かなくなり、引きこもりになった。しかし三年生に上がる頃にはまた学校に行くようになっている。


〇高校に入学して半年ほどが経過した時期に、しおりがまた引きこもりになる。


〇ひまりちゃんが俺やしおりと同じ高校に入学する(しおりは引きこもったまま)。


〇俺がパンツを被る。


 だいたいこんな感じだ。


 ふむ、何となく見えてきたような気もするし、見えてこないような気もする。要するによく分からん。小山さんにお礼を言って通話を切る。


 ふーむ、しばらく様子を見るか……。できたら村上先輩にも話を聞きたいところだけど、俺が訊いてもまともに答えてもらえなさそうだよな。


 考えを巡らしながら俺は家の中に戻り、自分の部屋に戻ろうとした所で姉ちゃんに捕まった。そうだった。姉ちゃんから逃げて家の外に出たんだった。


 その後、俺は酔っ払い女子大生二人の酒盛りに付き合わされ、ひたすら愚痴めいたものを聞かされた挙句、今日は帰りが遅い母親に代わって晩飯を作らされた。


 こういう日もある(諦め)。

 

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