十五話~「母親は娘たちのためなら鬼でも悪魔にでもなるの」~~
もう全部話してやった。すまんしおり、すまんひまりちゃん。だってちょっとでも話をぼかそうとすると全部見抜いてくるんだもんこの人……。あー、お腹痛い。逃げ出したい。
事の全容を聞いたしおりさんは、何と言うべきか迷うように額に手を置いて、呆れたように言った。
「なんでそんなめんどくさいことになってんの?」
「いや、あなたのせいでもあるんですよ?」
「あー……、なんというか、あたしから言う事でもないし、うーん」
かおりさんが煩わしそうに頭をガシガシ掻く。そしてまた言うべき言葉を選ぶように逡巡した後、ため息まじりに俺を見て口を開いた。
「ハルちゃんはバカなの?」
「そのバカに無理な要求を押し付けてきたのがあなたというのも忘れないでくださいね?」
「まぁ、そうなんだけどねぇ」
かおりさんは自嘲するようにまた吐息を漏らした。
その複雑そうに翳った表情に、かおりさんの言い知れない苦労のようなものを感じた。もしかすると、かおりさんの軽薄めいた振る舞いも、空元気のようなものだったのかもしれない。
かおりさんの立場からすると、二人の娘の内の片方が引きこもりになって、しかもその二人が数年にも及んで口を聞いていないとくれば、その精神的疲労は大変なもんだろう。
「しおりとひまりちゃんがああなった原因、かおりさんは知ってるんですか?」
「うーん、何となくだけどね」
「それ、聞かせてもらってもいいですか?」
「聞きたいの?」
「そりゃ俺からすれば知っておきたいですけど」
「うん、じゃあ話す。この前も言ったけど、本当はあたし、こんなことハルちゃんに頼りたくなかったの」
「言ってましたね」
「ちょっと話は逸れるんだけど、しおりが中学に上がった頃くらいから、しおりとハルちゃんってあんまり関わらなくなってたでしょ? それまでずっと気持ち悪いくらいベッタリだったのに」
「そうですね、まぁお互い思春期でしたし」
俺はそこまで気にしてなかったけど、しおりが俺と一緒にいるのを周りにからかわれて、それを恥ずかしがって少しずつ距離が離れていった感ある。
「思春期は今もでしょ?」
「うむ」
絶賛思春期です。
「それでまぁ、実はあたし、その時ちょっと安心したのよね」
「なんで? そんなに俺としおりがイチャついてるのがイヤでしたか」
「うん」
おおぅ……即答……。
「っていうのはまぁ半分冗談なんだけど」
半分?
「あのままだと、しおりが本当にハルちゃん無しで生きていけなくなりそうで、不安だったの」
「いやいや、流石にそれは考え過ぎでしょう」
かおりさんも冗談が好きだなと笑い飛ばそうとすると、真面目な顔で見つめられる。照れる。いや照れるじゃなくて。
……マジの話なのこれ?
「ハルちゃんと離れてからのしおりがどんな感じだったか、ハルちゃん知ってる?」
「いや知りませんけど……」
「もう本当に何もできなくなっちゃって、まぁあたしもあの子がどれだけハルちゃんに依存してたのか、その時分かったんだけどね。……あの子も良い感じにハルちゃんと離れたらよかったのに、バカで不器用だから、一度離れた後、どうやってハルちゃんと接したらいいか分からなかったみたい」
じゃあ、もしかして廊下ですれ違って無視された時も、俺を避けてた訳ではないってこと?
「……ほう」
どういう反応したらいいのか分からなかったのでとりあえず渋い雰囲気で頷いておくと、かおりさんににらまれた。
「ハルちゃんが悪いんだからね?」
「いやそう言われましても」
せめて当時の俺に言って貰えたらどうにかなったかもしれない。……いや、どうにかなったかな? 中学の時の俺すさまじくアホだったからな。今もあんま変わらない気がするけど。
「それでもまぁ、あの子もあの子なりに中学生やってたのよ。吹奏楽部にも入って、それなりに楽しそうではあったし。ちゃんとした友達はいなかったみたいだけど」
…………重い。なんか俺が全部悪いみたいだな。え、俺が悪いのかな……。あ、またお腹痛くなってきた。
「それでひまりも中学生になって、あの頃は二人とも普通の姉妹って感じだったから、あたしがひまりにそれとなくお願いしたの。お姉ちゃんが困ってたら助けてあげてね、って。ひまりはほら、結構良い性格してるでしょ? だから任せられると思って」
「確かに良い性格してますよねひまりちゃん」
かおりさんに似て、とまでは口に出さない。
「思えばそれがいけなかったのかなぁ」
かおりさんが後悔するように言う。
「ひまりも吹奏楽部に入って、最初のうちはしおりと一緒に仲良くやってたっぽいんだけど、そこで何かがあったみたい」
「何か、とは?」
「知らない」
かおりさんが力無く首を振った。
そこが知りたいんだけどなぁ……。
しおりとひまりちゃんの間に、その吹奏楽部に関することで何かがあったであろうことは、俺も何となく察している。同じ吹奏楽部だった小山さんも、しおりが辞めたことに関して「多分何かトラブルがあったんだと思うけど……」って言ってたし。
しかしながら、しおりとひまりちゃんの仲を取り持つにしても、そこの原因が分からない事には俺もお手上げだ。
「そんな感じでしおりとひまりの仲が悪くなっちゃって、というかまぁひまりがしおりを一方的に嫌ってるって感じなんだけど」
「まぁ、そんな感じですね」
「あたしも、もうどうしたらいいか分からなくて……、どうにもできなくてさ」
「……」
「母親として情けないよね……本当に」
…………いやだから重い。俺にそういうのは無理なんだってマジで。かおりさんなら知ってるでしょ? 俺はちょっぴりお茶目でそこそこカッコよくてノリだけで生きてる男子高校生なんです。
ちなみに座右の銘は『明日は明日の風が吹く』。もう俺が引きこもっちゃおうかな。
「そんな時にハルちゃんが庭であたしのパンツ被ってるのを見かけたの」
「う、頭が……」
あの時の俺はどうかしていた。思えばあれが全ての始まりだった。大体俺が悪い。
その時、かおりさんがふっと気の晴れたような微笑みを浮かべて、俺を見た。
「なんか全部バカバカしくなっちゃってさ、面白かったからとりあえず写真を撮ったのね。で、思ったの。別にあたしがこんなに独りで気を揉む必要ないじゃんって。しおりがハルちゃんに依存しちゃうとか、そういうのは一旦置いといて、ハルちゃんに何とかしてもらおうって思ったの」
「いやいやいや……」
だからなんでこの人俺をそんなに信用してんの?
「ハルちゃん、お願い。もう全部任せた」
「投げやりだなおい」
「もしハルちゃんがしおりの引きこもりを何とかできなかったとしても、その時はその時でハルちゃんが責任取ってくれればいい訳だし」
「え、いや、そういうこと言われると、あの、色々困るんですけど……」
反応に困るというか、なんというか。
「いいじゃん、しおりおっぱい大きいし」
「あんた一応しおりの母親ですよね?」
「でも好きでしょ? おっぱい。ハルちゃん小さい時あたしのおっぱいに夢中だったの覚えてないの? 何回隙を見て揉まれたことか、クソガキめ」
かおりさんは、その間違いなくしおりに遺伝しているであろう重量感のある胸を軽く手で持ち上げるようにしながら、ニヤリと笑って俺を見た。
「ぁぁぁぁぁあああああああああああああああぁぁぁあ……ッッ!?」
微妙に覚えてる分タチが悪い。今すぐ死にたい。死にたい。殺してくれ。誰か……。
頭を抱えてうずくまりビクンビクンと悶えていた俺に、かおりさんが例の変態下着泥棒が映ったスマホの画面を見せつけながら、言う。
「だからハルちゃん、お願いね。しおりのことも、ひまりのことも、全部何とかして♡ できなかったらこれネットでばらまいて諸々の責任取らせるから」
「あんたは鬼か?」
だから諸々って何だよ。こわいよ。
「母親は娘たちのためなら鬼でも悪魔にでもなるの」
納得した。
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