十一話~オーケイまかせろ、ひまりちゃんは俺が守る。~
午前の授業が終わり、昼休み。普段なら光希と一緒に食堂に向かう所だが、
「すまん光希、今日はちょっと別の子と約束があって」
「そっか。もしかして今朝言ってた彼女と?」
「よく分かったな」
「いや、だってあれ」
光希が教室の戸口の方を指差す。
そこには、こちらに視線を向けてブンブンと手を振っているひまりちゃんの姿があった。
「晴斗せんぱーい、一緒にお昼しましょー!」
おおう、積極的。なんて積極的なんだひまりちゃん。うおめっちゃ俺に不穏な視線が集まってる。教室のモテない男子共の視線を独り占めにしている。
そうか……これが優越感という感情だな?
「かわいい子だね」
光希がひまりちゃんを見ながら言う。
「そうだろ? 間違いなく世界で三本の指に入るかわいさだ」
「そう? 僕は笑瑞の方がかわいいと思うけど」
爽やかでいてさりげなく、滔々と光希は言った。
こいつ正気か? すぐ隣で友達と一緒にお弁当を広げている小山さんがいるところでそういうこと言うか? 正気か? 頭少女漫画か?
ほらもう小山さん顔真っ赤だしでも嬉しそうに口元ニヤけて「もう、光希くんは……」とか呟いてるし、他の女の子たちはきゃーきゃー言ってるし、くそうッ!? これがイケメンか!? ふざっけんな俺でもそれくらいできるわ。
「ま、そういうのは人それぞれだよな。俺はひまりちゃんが最高にかわいいと思ってるけど」
「……」
「…………」
あれ、きゃーは? きゃーっていう黄色い声はないの? なんか小山さんが微妙に俺をにらんでるし。
「いやもちろん小山さんも最高にかわいいと思ってますよ……? ――いッ!?」
おしりの辺りに鋭い衝撃が走った。痛みに視界を潤ませながら恐る恐る振り返ると、満面の笑みを浮かべているひまりちゃんがいた。
「晴斗先輩、最高にかわいい後輩が呼んでるんだから、普通は犬みたいに尻尾振ってすぐ駆け寄って来るもんじゃないんですか?」
「はぃ……」
「……あれ?」
ひまりちゃんに向けられる笑顔に俺が怯えていると、すぐ近くから意外そうな声が上がった。小山さんだ。小山さんが少し驚いたようにひまりちゃんを見ていた。その視線に気付いたひまりちゃんが軽く頭を下げる。
「あ、笑瑞先輩、おひさしぶりです」
「あ、やっぱりひまりちゃんだ。色々変わってたからちょっと自信なかった。その髪すっごくかわいいね」
「えへへ、そうですか?」
ひまりちゃんが自分の髪の編み込んだ辺りを撫でるように触って、はにかんだ。
「お二人は知り合い……?」
俺が尋ねると、小山さんが答えてくれる。
「中学の時、同じ部活だったから」
「ひまりは半年くらいでやめちゃいましたけどね」
あぁそうか、二人とも同じ中学で吹奏楽部だった。
「え、じゃあ、河合くんの彼女って、ひまりちゃんのことなの?」
「あー、いや、何と言いますか」
「そうなんですー」
グイとひまりちゃんが俺の腕を引き寄せるように抱いてくる。
「晴斗先輩にひまりがいないと生きていけないって告白されて、付き合ってあげることにしたんです」
うーん、俺の記憶と違うな? いやまぁいいんだけども。
「ね? 晴斗せんぱい」
ひまりちゃんが笑顔で俺を見上げる。ちょ、色々当たってるしクラスメイトの視線が怖い。
「そ、そうだな。じゃ、ひまりちゃん、お昼するなら中庭にでも行こうか」
「ですねー。それでは皆さん、お邪魔しました」
ひまりちゃんは小山さん達に向かって礼儀正しくお辞儀すると、俺を引っ張るようにして教室を出た。
俺はひまりちゃんにくっつかれたまま廊下を歩き、その途中でひまりちゃんが何も持っていない事に気付く。
「あれひまりちゃん、今日はお弁当作ってきてるんじゃなかったの」
今朝、確かにそう言われ、俺の分も作ってきたから一緒にお昼ご飯を食べようと告げられた。
「はい、もちろんです。でも教室に忘れてきちゃったので一緒に取りに行きましょう」
「え、このまま?」
「なにか問題でも?」
「いや、問題というか……」
そうこう言ってるうちに、一階にある一年生の教室の一つに入る。ひまりちゃんに抱き着かれたまま。
教室に入るとまず、教室に残って昼食を取っている後輩たちの視線がこちらに向けられた。俺たちの姿を見た女の子たちは楽しげにきゃーきゃー言いながらひまりちゃんに話しかけ、男共は射殺さんばかりの視線で俺をにらんでいた。
居心地が悪すぎるんだけど……?
これ女の子たちがきゃーきゃー言ってるのは俺がイケメンだからじゃなくて、ひまりちゃんみたいに人気のある子が彼氏的な人物を連れて来たからだよな。あと少年たちから向けられてる殺意がやばいんだけど。
「その人がひまりの彼氏?」
ひまりちゃんが自分の席に置いてある弁当を手に取ると、彼女のお友達らしき女の子が近付いてきてそう言った。
「うん、そうなの。そこそこカッコいいでしょ?」
「うん、そこそこカッコいい」
そこそこカッコいいらしい。どうせ彼女として振舞うならもう少しお世辞を言ってくれてもいい気がしたが、高望みはしない。どうもそこそこカッコいい俺です(キリッ)。
決め顔を作ってひまりちゃんの友達を見てみたが、物凄い微妙そうな微苦笑をこぼされた。無理して笑わなくてもいいんだょ?
その後、どんどん集まって来た他の女の子たちとひまりちゃんが楽しいガールズトークに花を咲かせ始める。その横で、ひまりちゃんに腕を取られたまま地蔵のように固まる俺。
ねぇ、ナニコレ? 待ってなんか心臓が痛い。お腹痛い。周囲からの視線が痛い。そりゃこんなバカップルがいきなり襲来して来たら殺したくなりますよね。俺が他人の立場だったら間違いなく発狂して暴れてる。
ひたすら頭の中で平家物語を諳んじていると、「先輩はひまりのどこが好きなんですかっ?」と不意に聞かれた。赤みがかかった茶髪をポニーテールにしている快活そうな子だ。
「全部」と、そう応えると、周りに居た女の子たちが「きゃー」と沸いた。おい見たか? たった今この俺が後輩女子たちを沸かせたぜ? すっげぇ俺。
逆に、周りの男子たちから向けられる視線の鋭さは増した。ごめんなさい一回言ってみたかったんです。実際に言ったら言ったで悶え死ぬかと思ったけど。
「ひまりちゃん、お昼食べるならそろそろ行かないと時間が」
今すぐこの場から脱出するために、俺はひまりちゃんに言う。
「あ、そうですね。じゃあ中庭に行ってお弁当食べましょうか。じゃ、みんなまたね」
そんな感じで、俺とひまりちゃんがその場から離れようとしたのだが、
「えー、ここで私たちと一緒に食べたらいいのに。ほら、先輩もひまりとの馴れ初めとか聞かせてくださいよーっ」
ポニーテールの子が俺を見て言う。
正気か? 正気で言っているのか? 俺は「やめてくれ」という気持ちを込めてポニーテールの子に視線を向けたが、不思議そうに首を傾げられた。伝わっていない。どうやらマジで言っているらしい。
「ごめんね、俺はひまりちゃんと二人きりで食べたいから」
そう言うとまた女の子たちから「きゃー」と興奮した声が上がった。そんな後輩の女の子たちに曖昧な笑みを返しながら、俺はひまりちゃんを引っ張って逃げるように教室を出た。
ようやく中庭に辿り着いて、運よく空いていたベンチにひまりちゃんと並んで腰かける。周りにある他のベンチに座って昼食を取っているのは、そのほとんどが男女のペア。基本的に昼休みに中庭に集まってくるのはカップルたちである。
カップルじゃないと中庭に入っちゃいけない雰囲気まである。ウチの高校にそんな校則がある訳ないが、もはや暗黙の了解だ。
実は中庭で女の子と一緒にお昼するの夢だったんだよね。せっかくひまりちゃんの彼氏のフリをするなら、これくらいのことはやりたい。
それにここなら、さっきのように初対面の女の子に囲まれて愛想笑いを浮かべたまま地蔵のように固まったり、男共の不穏な視線に晒されることはない。
今さっきの居心地の悪さを思い出して俺が胃を押さえていると、ひまりちゃんが俺を覗き込んでくる。
「どうしたんですかー? 晴斗先輩」
その口元はこの状況を楽しむように微笑んでいた。
「ねぇひまりちゃん」
「なんですか?」
「これいつまで続けるの?」
早く終わらせてくれないと俺の胃が持つ気がしない。最初は役得だと思ってたけど、存外キツイものがあるぞこれは。俺とひまりちゃんが本当に恋人同士ならまた違ったんだろうけど……。
「うーん、村上先輩がひまりのこと諦めてくれるまでかな」
普段の口調に戻ってひまりちゃんが言う。
「その村上先輩はいつどんな風にひまりちゃんに言い寄って来るの?」
「そうだね、大体いつもラインで遊びに誘ってきたり、昼休みに直接会いに来ることもあるかな」
「昼休み?」
今じゃん……。
と、フラグめいたものを感じた時、視界の端に映った一人の人物がこちらを見ていることに気付いた。遠目にも分かる長身の男。たぶん先輩。流石の俺でも、この次に起こる展開は読めるぞ。
その人物は軽薄な笑みを浮かべてこちらを見ながら近づいて来る。
「ハルくん、お願いね」
ひまりちゃんが俺に耳打ちする。
オーケイまかせろ、ひまりちゃんは俺が守る。
俺は少しずつ距離を縮めてくる例の村上先輩をにらみ返す。……けっこうがっしりしてるな、あの人。俺より身長高そう。口元は笑ってるけど目が笑ってない。うわめっちゃこっち見てるじゃん。
あ、ちょっと自信なくなってきたかも。
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