六話~俺も世界の全てを我が物にしたいと常々思ってるし。~


 突然現れたしおりに、ひまりちゃんはあまり驚いた様子を見せず、冷えた視線を向けていた。


「あ、お姉ちゃん家に居たんだ。あんまりにも存在感なさ過ぎて、気付かなかった」


 うん、絶対気付いてたよね。ていうかしおりが引きこもりって知ってるなら、普通家に居るって思うよね? 

 ね……?


 しおりはこちらに顔を向けたまま、何かを言いたげに肩を震わせている……ように、見える。マジで前髪に隠れて表情が見えないから、ハッキリしたことは言えないけど。


「それで? ここひまりの部屋なんだけど、何の用?」


 刺すような声で言うひまりちゃん。


 こえぇぇ。ひまりちゃんこえぇ……。こんな声ひまりちゃんに向けられたら俺五時間くらいむせび泣くよ? 


 肩を震わせたまま何も言わないしおりに、ひまりちゃんが台詞を重ねる。


「ひまりは今、ハルくんに勉強教えてもらってるんだから邪魔しないでよね」


「いや教えるっつーか俺がひまりちゃんの宿題やってただけのような」


「ハルくん♡」


 ひまりちゃんが笑顔で俺を見る。


 あらかわいい♡


 そのままひまりちゃんはイスに座ってる俺の膝の上にちょこんとおしりを乗せると、首に抱き着くように腕をかけてきた。


 ちょ!? やわらか!? ひまりちゃんやわらか!? 


 ひまりちゃんのやわらかい部分が色々密着して、もうやわらかいです(やわらかい)。あとめっちゃいい匂いする。


 女の子の体って場所によってやわらかさが違うんだなぁと思ってドキドキしていると、ひまりちゃんがクスッと微笑んで言った。


「ほら、ハルくんもひまりと二人きりがいいって言ってる」


 言ってねぇよ!?


「さっきもお姉ちゃんよりひまりの方が大好きで、お姉ちゃんなんかどうでもいいって言ったし」


 言ってねぇよ!?!?


「ちょっと? ひまりさん? 俺の台詞捏造するのやめてもらっていいですか?」


「でもさっきひまりのことかわいいって言ってたでしょ?」


「それ今関係なくない!?」


「ハルくんはひまりのことかわいいって思ってないの?」


「思ってます(泣)」


 んもう! この馬鹿正直な俺のお口ちゃんめ! 


「お姉ちゃんのことはかわいいって言ってなかったけど、ひまりのことはかわいいって言ってたもんね~っ」


 ひまりちゃんがニパッと笑って、さらに俺に体をすり寄せてくる。


 もうダメだこの小悪魔! かわいい! いやかわいいじゃなくて! 俺の手には負えねぇ! かおりさん助けて!? あの人娘にどんな教育してんの!? ヘルプ! かおりさんヘルプ!


「~~~~っ!!」


 しおりの肩が震える。相変わらず小さく覗いた耳は真っ赤なままで、揺れた前髪の隙間から一瞬覗いた瞳は、潤んでいるように見えた。


 その瞳を見て、ふと昔のことを思い出した。


 そう言えば、昔、俺としおりとひまりちゃんが毎日のように一緒に遊んでた時期にも、似たようなことがあった。 

 俺が小学四年生くらいの時だったかな。近所のショボいお祭りに、しおりと二人で行ったことがある。

 そこで確か、俺が出店のくじ引きか何かでオモチャの指輪を当てたのだ。流石に俺にはいらないものだと思って、しおりにその場であげたんだけど、それを後から知ったひまりちゃんが「ひまりもそれほしい」ってワガママを言ったんだ。

 それでひまりちゃんはしおりからそれを奪い取ろうとしたんだけど、普段は色々ひまりちゃんに譲ってあげるしおりも珍しく抵抗して、とんでもない姉妹喧嘩に発展した。


 ……あれ? 結局あの時って、最終的にどうなったんだっけ。


 それが思い出せずに考え込んでいると、また別の足音が近づいて来るのが聞こえた。

 ハッとして顔を上げると、そこにいたのは呆れた表情を浮かべているかおりさんだった。

 しおりの背後に立って、かおりさんが俺とひまりちゃん、しおりを順番に見る。

 そしてまた俺に視線を戻して、ちょっと楽しそうにニヤけた笑みを浮かべ直して言った。


「修羅場?」


 あんたなんでそんな楽しそうなの? どっちもあなたの娘さんですよ? 


「あ、お母さんおかえり~。ハルくんに勉強教えてもらってたら、なんかお姉ちゃんが急に入って来てびっくりしたんだよね」


「凄い体勢で勉強してるのね」


 椅子に座る俺の膝に乗って密着してるひまりちゃんを見て、かおりさんが言う。


「ハルくんがこの体勢じゃないとイヤって言うから」


「うわぁ……」


 かおりさんがドン引きして俺を見る。


 おかしいな、俺の記憶と違うゾ。


「まぁいいや、ちょっとハルちゃん借りていくね。大切な話があるから」


 ずかずかと部屋に入って来て、俺の腕を掴み強引に引っ張るかおりさん。そのせいで膝から落っこちそうになったひまりちゃんが慌てて降りて床に立つ。


「ちょっとお母さん! 勉強してたのに!」


 ひまりちゃんが怒った表情をかおりさんに向ける。


「どうせハルちゃんに全部やってもらってたんでしょ、ちゃんと自分でやりなさい」


「むぅ……」


 図星を突かれて黙りこくるひまりちゃん。その間に俺はかおりさんに部屋の外へ引きずり出された。あと、いつの間にかしおりは居なくなっていた。部屋に戻ったのかな。


 リビングにやって来ると、かおりさんが俺の腕を離して言う。


「それで? なんであんなことになってたの?」


「あー、実はですね」


 俺がこの家にやって来てからあの状況に至るまでの経緯を簡単に説明すると、かおりさんは困ったようにため息を吐いた。


「ハルちゃんはバカなの?」


「え!? 俺が悪いんですか!? どう考えてもあんたの娘二人が問題の大部分を占めてるでしょ!? 俺は悪くない! ちゃんと教育しろ!」


 スマホの例の画面が向けられる。


「俺が悪いです」


「でも、考えようによっては、かなりの進歩なのよね。しおりがトイレとかお風呂以外の目的で自発的に部屋から出てくるなんて、相当久しぶりのことだから」


「そうなんですか?」


「うん。それでハルちゃんは、なんでしおりが出て来たと思う?」


「ひまりちゃんの悪口に耐えかねたからじゃないんですか?」


「ハルちゃんはバカなの?」


「おかしいな、なぜ俺は二度も同じ台詞で罵倒されているんだ?」


「おっとごめんね、つい普段から思ってることが」


「思った以上に酷い理由だった」


 俺だって泣くときは声を上げて泣くんだからな。


「まぁいいや、じゃあ明日も色々よろしくね」


 そう言って、かおりさんがニッコリと笑った。ひまりちゃんを彷彿とさせる笑顔だった。さすが母娘。


 〇


 翌日の放課後、俺はまた相川家にやって来ていた。どうやらまた家にはかおりさんもしおりちゃんも居ないようだったので、郵便受けから鍵を拝借して勝手に上がり込む。


 階段を上がってしおりの部屋の前に立ち、コンコンとドアをノック。


「しおりー、約束通り今日も来たけど、いる?」


 すると、三秒後くらいにコンと一回だけノックが返って来た。中にはいるらしい。


「…………」


「…………」


 反応なし。


 え、なに、今日は扉開けてくれないの? やっぱり昨日のことを気にしているんだろうか。


「昨日、ひまりちゃんが色々言ってたと思うけど、別に俺はしおりのことどうでもいいとは思ってないからな? じゃなきゃこんな風にここに来てない」


 まぁ、かおりさんに弱み握られてなかったら、こんなに積極的にしおりに関わっていなかったのは事実だが、今までだって全く気にしていなかった訳じゃない。

 ふとした時、そういえばしおり元気にしてるかなぁ、くらいのことは思ってた。まさかこんなことになってるとは思ってなかったけど……。


 だってひまりちゃんと喋っててもしおりの話題出なかったし、かおりさんとも、ここ数年は外でたまにあった時にちょっと喋るくらいだったし。


 でも今思い返すと、ひまりちゃんは頑なにしおりの事に触れないようにしていた節があった気がする。


 ひまりちゃん、結構気が強いからな……。


 相当な事がない限り自分からは折れないタイプ。何となくだけど、ひまりちゃんはしおりが引きこもりになった理由を知ってる気がするんだよな。でも今のひまりちゃんの前でしおりの話題は出せそうにないし……うーん。


 部屋の前であぐらをかいて、そんなことを考えてると、下からひまりちゃんの声が聞こえてきた。


「ハルくーん! 今日も来てるのっ?」


 やばい、ひまりちゃんだ。今日は割と急いで学校を出て、ひまりちゃんが帰宅する前に少しでもしおりと落ち着いて話をしようと思ったんだけど、これだとまた昨日みたいなことになる。


 ひまりちゃんが、姉であるしおりのことをあまり良くは思っていないのは事実。

 そして、俺がしおりと関わるのを良く思っていないのも、多分事実。

 独占欲、というやつなんだろうか。きっとひまりちゃんは、嫌いな姉の方を自分より優先する俺が気に入らないのだろう。


 ひまりちゃんそういうとこあるよね。

 何でも自分のものにしないと気が済まない的な、自分が一番じゃないと気が済まない的な。まぁ気持ちは分かる。

 俺も世界の全てを我が物にしたいと常々思ってるし。どこの魔王かな?


 階段を上がって来るひまりちゃんの軽い足音が聞こえ、さてどうしようかと腕を組み思案していると、突然目の前の扉が開いた。扉の隙間からにゅっと細い腕が伸びて、ガシッと俺の腕を掴む。


「え」


 中に引きずり込まれた。


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