四話~イケメンの言う事には間違いはない。~
「うーん」
学校に着いてHRが始まるまでの間、俺は窓際最後方の特等席にて、頬杖をつき考える人よろしく思索にふけっていた。
よくよく考えると、しおりを今すぐ外に連れ出した所で、それではい万事解決! にはならないのだ。しおりも引きこもってまで学校に行きたがらないってことは、何かしらそれなりの理由がある訳だ。それを解決せず無理に外に引きずり出しても、意味がない。
だから今朝はあえてしおりをそっとして置いた訳だ。そう、あえてね。
しおりが抱えている問題を解決するにせよ、しないにせよ、しおりが学校に行くとなった時を考えて、彼女にとってここを居心地の悪さを感じないようにすべきだと思う。
……それってかなり難しくね?
まだ運が良かったという点では、しおりと俺が同じクラスだという事だ。
いやそれもさっき気付いたんだけどね。マジびっくりしたわ。
いやね? 二年生に進級して新しいクラスになってから、窓際最前方の席がいつも空席であることが気になってはいた。そして出席番号順で並んでいる今の席順だと、その席に座るのは出席番号一番の人物であるわけで、教卓に置いてある生徒名簿を盗み見るとまさかの『相川しおり』の名前が名簿のナンバー1に載っていた。
ウチの担任は空席から勝手に出欠を確認して名簿に付けてるから全然気づかなかった。
ともかく、俺としおりは同じクラスなので、しおりが学校に来た時に俺が色々サポートしやすい。これは良い事だ。だけどなぁ……、そもそものしおりを自然に学校に連れ出す手段が思い付いてないんだよな。どうしよ。
そんな風に俺がうんうん唸りながらクールに悩んでいると、「河合くん、どうしたの? お腹でも痛いの?」と、隣の席から声をかけられる。
その澄んだ声音の持ち主は、
彼女とはオナ中だが(同じ中学出身と言う意味で決してエロい言葉ではないが思春期なのでそこはかとなくエロスを感じちゃう)、仲良くなったのは高校生になってからだ。去年も小山さんとは同じクラスで、彼女がクラス委員長を務めていたのに対して俺は副委員長だったから仲良くなった。
ちなみに俺が副委員長をやっていたのは、小山さんがクラス委員に立候補した時に、彼女がかわいかったのでノリで立候補したからである。でも別に今の俺は副委員長ではない。
小山さんはまたクラス委員長をやっているのに何故かって? 小山さんにまさかの彼氏がいることが判明したからである。
去年、その衝撃の事実を知った時は一週間くらい落ち込んだ。まぁ小山さんかわいいもんね。優しいし笑顔かわいいしメガネ似合う美少女だもんね。そりゃ彼氏くらいいるよね。
俺のことを心配して声をかけてくれた小山さんに、「大したことじゃないよ」とかぶりを振る。
「でもまぁ、なんというか、ちょっと悩んでることがあって」
「そうなの? 私でよかったら相談に乗ろうか?」
小山さんは俺の身を案じるように優しい声で言ってくれた。なんていい子。そりゃ彼氏もいますわ。
そんなことを考えてると、俺の側に近づいて来る人の気配があった。ポンと肩に手が置かれる。首だけで振り返ると、そこにはイケメンが居た。
「おはよ、晴斗」
爽やかなイケメンから発せられる爽やかボイス。
このイケメンの名前は、
ていうか小山さんの彼氏がこいつだ。
小山さんの彼氏ということで、初めは嫉妬の炎をメメラメラと燃やしながら警戒してどうせイケメンっていっても軽薄でフラフラチャラチャラして女を食い荒らしてるクソ野郎なんだろ! へッッ! みたいな感じに思ってたけど、滅茶苦茶気さくな良い奴だった。
どうにかして一つくらい欠点を見つけてやろうと思って、このクラスになってからの三週間弱、こいつの側に張り付いていたんだけど、そのせいで滅茶苦茶仲良くなってしまった。
ちなみに欠点らしい欠点は見つからなかった。
何この完璧イケメン。もう嫉妬すら湧かないわ。でも光希から身長を五センチ奪い取れるボタンがあったら迷いなく押す。まず二回押した後勢いで三回目も押しちゃう。
光希は俺と小山さんが何を話していたのか気になるらしく、俺と小山さんを交互に見やってから、最終的に俺に視線を向けた。
「笑瑞と何話してたの?」
それはあれですか。俺のオンナと勝手に二人きりで話してんじゃねえぞコラ的なあれですか。
でも違うんだよね。真のイケメンはそんな醜い嫉妬はしないんだ。
「いや、俺がちょっと悩み事してたら、小山さんが心配してくれたってだけ」
「うん、そうなの。なんか河合くんがトイレ行きたそうな変な顔でうんうん唸ってたから」
小山さんに悪意はないと信じたい。
「ふーん、なんか悩んでるの?」
気楽な感じでそう言って、軽く首を傾ける光希。サラサラの明るい髪がファサァと舞い、陽光を受けて光った。これ何の青春系CM?
その仕草がイケメン過ぎて男なのに危うく惚れかけた。俺が女だったら間違いなく惚れた後、光希にもう彼女がいることを知ってショックのあまり絶望して引きこもってた。
もしかしたらしおりの引きこもりも、こういった恋愛絡みが原因なのかもしれない。
さて、ここで俺はどう答えるべきだろうか。
小山さんも光希も、俺にはもったいないくらいのできた人間である。俺がしおりのことを話せば、きっと真摯に相談に乗ってくれて、協力とかもしてくれるだろう。
問題は、勝手にしおりのことを話してもいいものか、ということだ。しおりからしても、自分の引きこもりを好き勝手に言いふらされるのも嫌だろう。
――と、一瞬思ったのだが、よくよく考えてみると、しおりの所属はまさにこのクラスな訳で、言ってみればもうしおりの不登校はバレている状況なのである(俺は気付いてなかったけど)。
じゃあ、まぁいいか。
勝手に話してしまうのはしおりに申し訳ないが、こっちも社会的な死がかかってるんだ。許してくれ……。文句ならかおりさんに言って欲しい。あの人いざとなったらマジで拡散するぜ? 目がマジだったもん。
「実はさ――」
そうして俺が口を開きかけた時、HRの開始を知らせるチャイムが鳴って、担任の先生が教室に入って来る。ガタガタとそこら中でクラスメイト達が着席する音がした。
「あ、もうこんな時間か」
そう言って、光希が俺の斜め前――小山さんの前の席に座る。
「んで、なに?」
少し抑えた声量で、光希が首を伸ばして俺を見た。そのまま話を続けようとする俺たちを、小山さんが咎めるようににらむ。そんな顔もかわいいが、真面目な小山さんはHRが始まっているのに喋り続けようとする俺たちを許してくれないようだ。
光希が「ごめんごめん」と小さく笑って片手を立てると、一瞬振り返った小山さんが「もう仕方ないなぁ」みたいな顔で光希を見た。かわいい。
うーん絵になる二人だ。
お幸せに。
〇
朝のHRが終わり、その直後の授業も終わり、小休憩の時間。
俺は小山さんと光希に、しおりのことについてかいつまんで事情を伝えた。
もちろん全部を話したわけではない。幼なじみであるしおりがずっと不登校で、部屋に引きこもって出てこなくて、心配だという紳士的な思いやりに溢れた男を装って話した。
当たり前だがパンツを被った結果脅された件については黙秘した。
別に俺だってしおりを心配してない訳じゃないから、ウソではない。ただ、いくら幼なじみとは言え、こんな俺がしおりのデリケートな部分に触れていいものとかという疑問が拭いきれないのだ。かおりさんは俺の何をそんなに信頼してるんだろう……。
俺の話を聞いた小山さんと光希は、難しそうな顔を浮かべている。
「そっか、しおりちゃん、やっぱり学校に来たがってないんだね」と、小山さん。
「小山さん、しおりのこと知ってんの?」
「うん、中学校の時、しおりちゃん吹奏楽部だったし」
「あぁそっか、小山さんも吹奏楽部か」
小山さんは現在吹奏楽部に入っていて、中学の時もそうだったと以前聞いた。同じ部活なら、しおりと接する機会もあっただろう。
「でも私、そこまでしおりちゃんと仲良かった訳じゃなくて……。それにしおりちゃん、二年生の途中に、吹奏楽やめちゃって、それ以降は全然話してないから」
それは多分、しおりが中学の時に引きこもり始めた時期だな。
「なんでしおりが吹奏楽やめたのかとか、分かる?」
「多分何かトラブルがあったんだと思うけど……、ごめん、私も詳しい事はよく分からないの」
申し訳なさそうな表情を浮かべる小山さん。
「いや大丈夫、でもまた何かあったら当時のこと聞かせてもらうかも」
「うん、私でよかったら何でも聞いてね」
そう言って、小山さんは気遣うようにやわらかな微笑みを見せた。天使かな?
その時、隣で話を聞いていた光希が口を開いた。
「ねぇ晴斗」
「なんだ光希」
「晴斗はどうしたいの?」
「ぬ?」
こいつ真面目な顔すると増々イケメンだなと思いながら、光希の言わんとするところが分からず首を捻っていると、光希は言葉を重ねる。
「いや、晴斗がそのしおりちゃんって子のことを心配してるのは分かったけど、具体的に晴斗はしおりちゃんにどうなってほしいのかな、って」
「あぁ、そゆこと」
うーん、そうだなぁ。具体的にどうなって欲しいかと言えば、
「しおりが学校に来れるようになって、楽しく高校生活を送ってほしい……?」
まぁこの辺りが妥当な終着点だと思う。別に学校に行かなくても、しおりが独りで閉じこもらず楽しく生活できるっていうなら、それでもいいんだろうけど。
「なるほどね……」
光希が顎に指を添えて、シリアスに思案し始める。なんかエロい。男の色気みたいなのが出てる。こんな俺のために真剣に悩んでくれるとか良い奴。
「それってさ、別に急ぐ必要はないよね」
少しの沈黙の後、光希が言った。
「たぶん、部屋に引きこもって学校にも来たがらないってことは、それなりのデリケートな事情があるってことでしょ?」
「まぁ、だと思う。細かい所は知らんけど」
「だったらさ、やっぱりこういうのは慎重に行くべきだと思う。しおりちゃんが引きこもってる理由を知らない限り、こっちが一方的に向こうの事情を決めつけて、無理やり外に引きずり出すなんてことしても、多分なんの解決にもならない」
正論だ。全く以ってその通りだと思う。昨日半ば無理やり部屋の外にしおりを引っ張っていった俺が言えた義理じゃないかもしれないが。
「でもしおりが引きこもってる理由を聞き出せる気がしないんだが」
そもそも、今のしおりとまともにコミュケーションを取れる自信がない。
「うん、だからもっとハードルを下げたら?」
「ぬ」
「いきなり学校に行かせるつもりでしおりちゃんと接しても、たぶん向こうもそんなの無理って思うでしょ。警戒もしちゃう。実際、学校に来たくないから引きこもってるんだろうし」
「うむ」
「だからまずは、難しい事は何も考えずに晴斗がしおりちゃんの話し相手になってあげて、落ち着いてきた辺りで少しずつ他の人とも話せるようにしたり、部屋の外で遊んだりできるようにしたらいいんじゃないかな」
「よしそれでいこう」
イケメンの言う事には間違いはない。それでいこう。
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