二話~拡散しないで(泣)~
しおりの言っていることが全く聞き取れなかった俺は色々誤魔化すように微笑んだあと「とりあえず一階に降りようか」と提案したのだが、ブンブンと音が鳴るほどの勢いで首を振って拒否された。
でも、やけくそになって手を握ると大人しくなったのでそのまま階段を降りた。すまんしおり、こうでもしないと俺が死ぬんだ。
一階に降りてリビングに行くと、ソファに座ってスマホをいじっていたかおりさんが顔を上げてこっちを見た。
「あ、しおり起きたの? お腹空いてない? ハルちゃんもお昼まだだったら一緒に食べる?」
「食べます」
「お、おかぁさ……っ!!」
隣で、涙目になったしおりがかおりさんをにらみつけて、何かを言おうとした。
「ん、どうした?」
至って自然体で、普通の母親然とした感じでかおりさんが言う。その時、もういいかなと思って俺はしおりの手を離した。
「――っ!」
ハッとしおりが俺の手と繋がっていた自分の手を見下ろして、次いで俺の顔を見る。顔を真っ赤にしたしおりは、次の瞬間、元来た道をすさまじい勢いで引き返す。ドタドタと階段を駆け上がる音と、バタンと扉を閉める音が聞こえる。
どうやらしおりは自分の部屋に戻ったようだった。
「あ」
そんなしおりを見送ることしかできなかった俺は、落ち着いてかおりさんを見る。
「一度は部屋から連れ出したのでセーフですよね。拡散しないで(泣)」
「はぁ……、まったくもう」
かおりさんは困ったような呆れたような顔で額に手をやり、
「まぁ、一回部屋の外に出してくれただけでも大きな進歩かな」
そう言って、かおりさんはソファから立ち上がると、キッチンの方へ向かった。リビングと併設されてるタイプで、カウンター越しにかおりさんの背中が見える。
「しおりは逃げちゃったけど、あたしと二人きりでご飯食べる?」
首だけで振り返ってかおりさんが俺を見た。
「食べます。かおりさんが作るご飯、ウチの母が作るやつより美味いですよね」
久しぶりに食べたい。
「今度みっちゃんに会ったら、ハルちゃんがそう言ってたって言っとくね」
ニヤッと悪戯めいた笑みを浮かべてかおりさんが言う。みっちゃんはウチの母のことだ。
「やめてください殺されます」
〇
「それにしても、あれは重症ですね」
かおりさんが作ってくれたナポリタンをフォークで巻き巻きしながら、俺は言う。
「そうなのよねぇ……」
かおりさんが、ため息まじりに言った。
「かおりさんにも、引きこもり不登校になってる訳を話してないんですよね」
「うん、そうなの。どうしたらいいと思う? ハルちゃん」
口調こそ軽いが、その実かおりさんが本気でしおりのことを心配しているのが分かる。
そりゃそうだ、自分の娘が急に部屋から出てこなくなって、しかもその理由が分からないとくれば、心配しない親なんていない。
しかし、親でも解決できない事を、俺が解決できるとは到底思えないんですが?
「俺には荷が重いですよ。ひまりちゃんに任せた方が絶対いい」
ひまりちゃんは誰とでも仲良くできる明るい子だし、ちょっと黒いとこあるけど愛嬌あるし、何よりかわいい。きっとお姉ちゃんのことも連れ出してくれる。うんうん。
「無理よ、ひまりに何とかできるならもうとっくに解決してる問題だって」
「そりゃそうだ」
「第一ひまりはしおりのこと嫌ってるし」
「えぇ! なんで!」
昔はあんなに仲良かったのに!
「だからハルちゃんに頼んでるの」
「いやだから俺に頼まれても困ると言いますかなんといいますか。ていうか何で俺にそんな任せたがるんすか。余計悪化しても知りませんよ」
「でも、しおりの様子がおかしくなり始めたのって、ハルちゃんと距離を置き始めてからなのよね」
「なんで?」
そもそも中学の時、しおりの方が俺から離れていった記憶があるんだけど。
「ホントはハルちゃんには頼りたくなかったんだけど、このままだと取り返しがつかなくなりそうだし」
「どういうこと……」
会話繋がってなくない? ちゃんと会話のキャッチボールしましょう?
「ま、ひとまずそれは置いといて」
「置いとかないで?」
「ハルちゃんなら、しおりのことを幸せにしてくれるって信じてるから」
「なんで!?」
まさかさっきの台詞聞かれてた!? いやぁ! 恥ずかしい!
「頼んだぞ。とりあえず明日の朝もよろしくね♡」
「いやちょっとぼく朝弱いんで吸血鬼レベルなんで」
しおりさんが無言でスマホを取り出そうとする。
「朝一番で迎えに行きます!」
「うん、よし」
謎に信頼しきった感じで、かおりさんが俺を見て頷く。その時ふと、一瞬気が緩んだのか、かおりさんの表情が憂いを帯びる。
「ごめんね、もうハルちゃんにしか頼れないから……」
「……」
…………重い。俺みたいな毎日をノリだけで生きてるお茶目男子高校生には、荷が重い。
思いが重い。思いだけにね!
……ねぇ、こんな俺でホントに大丈夫なの?
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