おかえり

笑止可不可

おかえり

夏の晴れた日差しを受けながら、空を眺めていた。

うだるような暑さの外には出たくない、ずっと冷房のきいた部屋で生きていたいというのが私の持論だ。しかし、私は空が好きだ。青い空に雲がのんびりと流れていく様を見るのは心が洗われる。今日も日差しが私の肌をジリッと焼くを感じながら、寝っ転がって空を見ていた。


青い空、白い雲、赤い金魚…


金魚?


目に映った非日常に衝撃を隠せない。

空を金魚が泳いでいる。

赤くてシュッとした姿の金魚は悠々と空を泳いでいる。起き上がり、目を擦りもう一度見たが、やはり泳いでいる。

いよいよ精神がやられたかと思い、スマホで空飛ぶ金魚について調べる。○witterで似たものを見た人がいないか調べると、1件だけヒットした。

『は?空に金魚泳いでるんだけど。なんかの祭り?』

時刻は20分前。

急いでDMをした。


急にすみません。自分もその金魚見たかもしれません。○○県でしょうか?>


<あ、同志が居たんですね。はい、○○です。

<あれって、何かの祭りの催し物ですかね?


分からなかったので検索エンジンを駆使して、祭りを調べ上げた。


催し物かは分かりませんが、○○市でお祭りがあるみたいです。>


<そうなんですね。ちょっと行ってみようかな。

<ありがとうございます。


僕は、なぜかその祭りに行かなければいけないという衝動に駆られた。


僕も行ってみます。>


<会えると良いですね


普段ならネットの民怖いとなるのだが、今日ばかりは誰かが居てくれて良かったと思ってしまう。

今はおやつの時間。祭りが始まるのは17時。

僕の住む町から5駅のところにあるその神社へと向うことにした。


初めて降り立ったと思ったが、ここは来たことがある。幼い頃、祖母に連れてこられた。その時もお祭りに行った。当時のお祭りは賑やかだった。駅から神社への道沿いに提灯が飾られ、赤くぼんやりと周囲を照らし、その明かりは鎮守の森の中、鳥居、参道へと続き、境内を取り囲んでいた。それは日常から非日常に緩やかに迷い混むには十分な演出だった。参道には屋台が並び、魅力的なもので溢れ返っていた。

しかし、今は当時と違って駅から神社へと続く提灯はボロボロ、参道にある屋台の数も少なくなった。変わらないのは境内から聞こえる祭り囃子と屋台からの美味しそうな香りだけ。僕はあの頃と同じく、境内へと真っ直ぐに向かう。そして、鈴を鳴らし挨拶をした。

「来てくれたんですね。」

鈴の音のようなコロコロとした綺麗な声が耳に響く。視線をあげると、狐のお面を被った『幼き日の僕』がいた。怖いはずなのに、僕は懐かしさを感じていた。

「あなたはさっきの…?」

○witterでやり取りをしたその人だった。

「ええ。お久しぶりです。」

仮面を外すことなく、僕に近寄るその人はやはり『幼き日の僕』の姿なのだが、声も性格も全て違うように感じられた。

「あなたを連れていかねばならないのです。」

そういうとその人は僕の手を握り、境内の外へと連れていく。ここで、妙なことに気づく。屋台には電気が通り、美味しそうな香りも食べ物もある。それらを調理している音もする。なのに、どの屋台にも人がいないのだ。

気づいてしまえば、さっきから聞こえる祭り囃子も、はしゃいだような人の声も、誰もいないのに聞こえているのだ。

「あの、どこへ??」

僕が恐る恐る聞くと、その人はきっぱりと言った。

「あなたがいるべき場所へ」

連れてこられたのは神社の最寄り駅だった。

ぐいぐいと引っ張るその人は、いるはずの駅員がいない改札を素通りし、駅のホームまで僕を連れてきた。

「これは一体…?」

誰も乗っていない電車がホームへと入ってきて、僕の前に止まり、ドアが開く。

「私の力はあまり残っていない。だから、まともなもてなしは出来なかった。それでも、あの時信じてくれた人の願いは叶えねばならない。

あなたのお祖母さんは私に願った。

『あなたが健康で長生き出来るようお守りください。』と。その願いしかと受け取った。あなたも起きたら、きちんとお礼を言いなさい。」

その人は僕の背中をドンっと押し、僕を電車に入れた。

よく分からなかった。

「あなたは誰なのですか!あと、金魚はなんだったんですか!どうして僕を知ってるのですか!」

閉まる直前、その人は寂しそうにこう言った。

「あなたが欲しがっていたからだ。もうここへは迷い混むな。」と。

ドアが閉まる。その瞬間に大きな音が響き、驚きのあまり僕は目を閉じた。




「お前もこの地にお世話になるのだから、近所の神様にご挨拶しないとね。さもないと神様に悪戯されて、隠されるやもしれないからね。」

お祭りは賑やかだった。駅から神社への道沿いに提灯が飾られ、赤くぼんやりと周囲を照らしている。その明かりは鎮守の森の中、鳥居、参道へと続き、境内を取り囲んでいた。それは日常から非日常に緩やかに迷い混むには十分な演出だった。参道には屋台が並び、魅力的なもので溢れ返っていた。

「さあ、この中からお選び。」

白熱灯の暖かな光に照らされて、並んでいたのは様々な顔。僕は仮面ライダーが欲しかったが、あいにく売り切れだったので少しふっくらとした狐のお面にした。

「あらあら、良いのを選んだね。」

祖母はワシャワシャと頭を撫でてくれた。今でもその手から感じた優しさは覚えている。

たくさんの食べ物があったけど、どれも幼い僕は知らないもので食べるのは怖かった。

たくさんの屋台の前を通ったが、祖母は真っ直ぐに本殿へと僕を連れていった。大きな鈴を鳴らし、神様に挨拶をした。僕も真似をしていたが、祖母が何をしているのか気になって薄目を開けると本殿の奥がキラリと光っているように見えた。

あれ?と思って目を擦っていると、祖母が僕の頭を撫でながら手をひいて境内のベンチの方へと連れていってくれた。

「お腹はすいたかい?」

僕がベンチに座りつつ、大きく頷くと少し待ってなさいと言いつつ、雑踏へと消えていった。

境内に響く祭り囃子、それに合わせて円を描き踊る人たち、参道をある人、屋台で買い物をする人、食べている人、話している人、浴衣の人、洋服の人、法被の人、大人、子供、面をつけた人、面をつけてない人いろいろな人がこの神社にいた。

ぼーっとしているうちに祖母が帰ってきた。

焼きそばを2つ、りんご飴をひとつ持っていた。プラスチックの透明なパックに入った焼きそばはソースと青のりの香りで鼻腔を見たし、僕の食欲をそそった。少し足りないなという顔をしていると祖母は優しい笑顔でりんご飴を渡してくれた。艶のある見た目どおり、甘いりんご飴はたちまち僕を満足させた。

祖母も焼きそばを食べ終わり、さあ帰ろうと手をひかれていたが、僕は一度だけ立ち止まった。

「おばあちゃん。あれ、やりたい。」

金魚すくい。

その言葉を知らなかった僕は興味津々であった。

「おうちでは飼えないよ?」

「じゃあ、見るだけでも良いから!」

おばあちゃんは渋々、金魚すくいの屋台へと寄ってくれた。

「おう!坊主、金魚すくいやっていくかい?」

「ごめんなさいねぇ。うちでは飼えないから見るだけでもいいかい?」

「そういうことか!良いぜぇ!今年は見るだけだが、来年はしっかり遊んでいってくれよな。」

日焼けした筋肉質なおじさんがニッカリと笑ってくれた。僕は夢中になって金魚を見ていた。

水の中を泳ぐ金魚たちは赤や黒のドレスを見に纏い、ヒラヒラと自由に踊っているようだった。そんな中に1匹だけシュッとした金魚がいた。まるで迷子になってしまったかの様なその金魚が一際目を引いた。

「可愛いだろう?」

おじさんの言葉に頷くと、ガシガシと頭を撫でてくれた。

「そろそろ電車の時間だよ。」

「ありがとうおじさん!!!」

「じゃあな、坊主!」

ブンブンと手を振り、祖母の手を握る。

「金魚はどうだった?」

「凄く綺麗だった」

「良かったね」

微笑む祖母の笑顔は優しかった。

その後、提灯に沿って駅へと向かい、電車に揺られ帰った。非日常から、日常に戻っていくのを感じた。

「おばあちゃん。また、お祭り一緒に行こう?」

「そうだねぇ。また来たいね。」

そんな懐かしい夏の思い出を思い出していた。



シュコーシュコーシュコーシュコーシュコー

目を開けると真っ白な世界だった。

僕の口には何かがあって、無理やり息をさせられていた。何が起こっているのか分からなくてしばらく呆然としていたが、近くを通る影がこちらへやってきた。

「△△さん!!!目覚めたんですね!!!良かった…」

僕はどうやら流行り病におかされ、意識を失っていたらしい。

今日の日付を聞くと8/14。お盆期間である。

たぶん、祖母が帰ってきたから、あの人を信じる人たちが帰ってきたから、僕は助かったんだろう。

退院したら、祖母とあの人にお礼を言いに行かなければなとぼんやりと考えていた。

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