使い魔思いの主人(前編) 作者:ますあか


とある空気が澄み渡った秋の日のこと。


忍びの里は穏やかな秋風に包まれていた。


今日は本当にお天道様の機嫌が良い。


きっと自分の相棒も気持ちよく空を飛べるはずだ。


と伊賀の忍であるハヤテがそんなことを考えていたとき、若いおなごの悲鳴があたりに響き渡った。


於兎「きゃあああ!」


ハヤテ「なんだっ?! 敵襲か!」


ハヤテは悲鳴が聞こえた方向へ走った。


走りながら向かう先の気配を探る。敵の忍に襲われているのか。


しかし、予想とは裏腹に気配は人間がひとりだけ。


どういうことだ?


そして見知った気配がもうひとつ。


これは……?


悲鳴が聞こえた場に到着すると、自分の相棒のハヤブサがあたふたと困って飛んでいた。そして兎耳をびくびくと震わせている娘がいた。


ナルカミ『あ、主! ちょうどいいところに来てくれた!』


於兎「ああ、伊賀のハヤブサがこわいよ~」


またか、とハヤテは頭を抱えたくなった。


甲賀者の於兎は、ハヤテの使い魔であり相棒のハヤブサ【ナルカミ】のことを大層怖がっていた。


その怯えようは、まるで兎のようだ。


ハヤテ「ナルカミ、余所の忍をいじめるな!」


ナルカミ『主。我はなにもしておらんのだが……』


ナルカミの大層不満げな声が聞こえてくる。その声を聞いた於兎は、ますます体をびくつかせた。


そして、こう叫んでいる。


於兎「兎にとってハヤブサはこわいんだよ~。だって兎の天敵だもの!」


ハヤテ「ああ、わかった、わかったから。ナルカミ、ご意見番に伝言を頼む。会合に遅れると」


ナルカミ「……了」


ぐっと不満を吐き出すのをこらえるように首を振り、ナルカミは晴れ渡った空に飛び立っていった。


ナルカミが飛び立って姿が見えないことを確認すると、於兎に声をかけた。


ハヤテ「於兎。わるかったな、怖がらせてしまって」


於兎「うう、こわかった。こわかったよ……」


ハヤテは怪訝そうな顔で目の前の泣いている忍を見た。


こんなに臆病な娘が忍としてやっていけるのだろうか?


伊賀は甲賀と同盟を結んでいるが、ハヤテは先行きに不安を感じずにいられなかった。


※  ※  ※


会議を終え、隠れ家に戻ってくると、相棒がすでに戻っていた。ナルカミにしては珍しく、俺が戻ってきたことに気づいていないようだ。


ハヤテ「ナルカミ、今帰った」


再びナルカミに帰宅したことを伝える。しかし、ナルカミはこちらを身向きもせずにこう言った。


ナルカミ『主。我はそんなにおそろしいのだろうか』


ハヤテ「ナルカミが悪くないことはわかっている。いいから、今日はもう休め」


ナルカミは少し悩んだそぶりをしたが、数秒後バサッと自らの翼を広げて、自分の止まり木に飛んでいった。


心なしかナルカミは落ち込んでいるように見えた。


ハヤテ「(ナルカミもけっこう気にしているみたいだな。困った。甲賀とは同盟を結んでいるのに、これでは何かあったときに支障をきたしてしまう)」


ナルカミの主人として、この不和をどうにかしなくては。


苦労性の忍は、はあっとため息をつきながら対策を考えた。


※   ※   ※


於兎とナルカミの騒動から、次の日。


ハヤテは伊賀の中でも、いっとう若い忍に会いに来ていた。


ハヤテ「結。いるかい」


家の中から気配が感じられない。居間にそっと入ると、畳の上に鞠が転がっていた。


鞠があるということは、この近くにいるはずだが……


あたりを窺うと、急に自分の背後から気配を感じ、いきなり声をかけられた。


結「ここよ」


ぎょっとして振り返ると、おかっぱ頭の背丈の低い少女が立っていた。


ハヤテ「いきなり背後を取らないでくれ。おどろいてしまうから」


この背後の取られ方は、心臓に悪い。するりと相手の背後を取ってしまう様は、伊賀のご意見番を思い出してしまう。


結「ハヤテ。なにか私に用があったのではないの」


ハヤテ「ああ、結は甲賀者の於兎を知っているか?」


結「兎耳のおしゃべりな忍ね」


ハヤテ「おしゃべり、……無口でびくびくしているの間違いではないのか?」


結「そうかしら。何度かあの子と話したけど、私が話す隙をくれないくらい明るいおしゃべりの子よ」


ハヤテは自分が於兎に抱いている印象と大きくかけ離れた人物像に混乱した。


結「あの子、忍に向いていないわ。ずっとしゃべり続けているもの」


常に微笑みを浮かべている結にしては、珍しく困った顔をしている。


ハヤテ「そ、そうか」


結「用はそれだけ?」


ハヤテ「ああ、変なことを聞いてわるかった」


そう言って、ハヤテは結が住んでいる隠れ家から忍び足で出て行った。


結はハヤテの姿が消えると、いつもより嬉しそうにふふっと笑った。


結「いい主人を持って、ナルカミは幸せな使い魔ね」


そう静かにつぶやいた結の笑みは、伊賀のご意見番と大層似ていた。

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