とーんときた 後編 作者:ますあか

●そよの事情、風来坊の口説き


 あの騒動後、おかみさんが店の奥で休んでいけと提案してくれたのでご厚意に甘えることにした。


 忍なので、あんなの怪我にも入らないのだが、おかみさんのご厚意を無駄にしちまうのは悪いだろう。


 それに、ここで休んでいれば……


そよ「風太さん。大丈夫ですかい?」


風太「そよ、店の手伝いはいいのかい」


そよ「おかみさんから少し休憩をもらったので。それに、風太さんに改めてお礼を言わないと、と思って」


そよは丁寧に手を畳について、頭を下げる。


そよ「この度は、本当にありがとうございました」


風太「いいよ、女を苛めるなんて男の風上にも置けねえからね。それにしても、あの野郎はいつもああなのかい」


そよ「千左衛門さんはこの町の商人あきんどなんです。私が店の手伝いをするようになってから、この店をご贔屓してくださって、あまり強く言えないのです」


そよ「あたしの家は貧しくて、小さな頃からずっと働いているんです」


そよ「千左衛門さんの家に嫁げば、家族も助かるし、嫁いだ方がいいのかもしれません」


風太「お前さん、自分の心を押し殺してないかい? 俺だったら、お前さんをそんな顔させたりしない。……そよ」


そよ「わ、私は……」


風太「俺はそよみたいな気立ての良い女と親しゅうなりたいねえ。どうだい?」


●そよの答え


そよ「私、良い仲の人がいるんです。」


 おっと、そよには良い仲の野郎がいたのか。


 こりゃあ、振られちまったなあ。


 しかし、ただ振られるだけなんて男が廃る。


 いい男というのは、女の悩みを聞いてやるもんだ。


風太「そいつはどんな男なんでえ」


そよ「昔からの幼なじみなんです。泣き虫だけど、優しくて、私と一緒にいたいって言ってくれたんです」


風太「その男は今どこに居るんだい」


 お前を泣かせておく男なんて放っておけと言ってやりたくなるが、ぐっとこらえた。


そよ「今、大坂おほさかに行って新しい商売を始めているんです。そこで軌道に乗ったら、私達家族を呼んでくれるって」


風太「ほお、随分気張った野郎じゃないか。見直したぜ」


 このご時世、そんな大層な夢に挑戦する奴はなかなかお目にかかれない。


風太「そよ、お前さん。もう心が決まっているじゃないか。はっきり千左衛門に言ってやれ。私はあなたと一緒になれませんってな」


そよ「そうですね……」


 そよは困った顔をしている。


 確かに怖いに違いない。自分の生活もかかっているしな。


 仕方がない。ここは俺が一肌脱いでやるか。


 風太は心の中で、ふうっとため息をつきながら、そう決意した。


●お断り


 数日後。


千左衛門「そよ、そろそろ俺の元に来ねえと、許さねえぞ。俺も我慢の限界なんだが?」


そよ「千左衛門さん、申し訳ございません。私はあなたと一緒になることはできません」


千左衛門「なに? そよ、自分が何を言っているのか分かっているのか!」


 千左衛門は顔を真っ赤にして怒り出した。まさか自分が振られるなんて、これっぽっちも思っていなかったのだろう。


 そよだったら自分の言うことを聞くと思っていたのだ。


千左衛門「よくも俺に恥をかかせやがって。このっ!」


千左衛門がそよの髪を引っ張った。そのとき、若い男がそよの前に庇い出た。


勘太朗「てめえ、そよに何しやがる」


千左衛門「お前は、勘太朗か?」


そよ「勘さん……?」


千左衛門「そよと勘太朗が、そういうことかい。俺を選ばずに、勘太朗を選ぶか」


 よほど千左衛門は怒りが収まらないらしい。周囲にある建物や物に当り散らしている。


千左衛門「お前達は、ここで暮らせると思うなよ。そよ、お前の家族だって、村八分にしてや……?!」


 そのとき、一陣の風が吹いた。千左衛門の足下から激しい風が舞い上がる。


千左衛門「なんだ、この風は?!」


 また千左衛門の着物が捲れそうになり、千左衛門は慌てて着物を手で押さえている。


 しかし不思議なことにそよや勘太朗には風がまったく襲ってこないのだ。


 まるで風が意志を持って、千左衛門を襲っているようだった。


 先日のときと同じことになりたくはない。


千左衛門「このっ、覚えてやがれ!」


 吐き捨てるように千左衛門はそう言って、走って逃げていった。


●ご両人


 千左衛門が脱兎のごとくその場から逃げ去ると、気が抜けた勘太朗は腰を抜かしてしまった。


そよ「勘さん」


 そよがあわてて勘太朗に駆け寄る。すると勘太朗が笑顔でそよに向かってこう言った。


勘太朗「そよ! ただいま帰った。」


そよ「勘さん。どうしてここに?! 」


勘太朗「おかみさんが、千左衛門の野郎がそよにちょっかいをかけているって、文を寄越してくれてな。急いで帰ってきたんだ」


 まさか、私のために戻ってきてくれたなんて……


そよ「……ぐすっ、う」


 そよは人目をはばからず泣き出した。勘太朗はそよの肩を抱くと、


勘太朗「そよ、つれえ思いさせてすまなかった。こんな情けない男だが、そよと一緒にいたいんだ。俺と一緒に大坂おほさかに来てくれ」


そよ「はい。よろしくお願いいたします」


町人(壱)「よっ、ご両人!」


町人(弐)「幸せになれよ!」


 そこへ、おかみさんがそよと勘太朗のもとにやってきた。


おかみさん「そよ、良かったねえ。幸せになりな」


そよ「おかみさん、今までお世話になりました。」


おかみさん「勘太朗、そよを泣かしたら私が許さないからね」


勘太朗「おかみさんには敵わねえなあ。でも、本当にありがとう。おかみさんの手紙がなかったら、今日ここに来れなかった」


 すると、おかみさんは不思議にそうにこう言った。


おかみさん「私が勘太朗に文を書いたって、書いてないけど?」


勘太朗「ええっ??? おかみさんじゃなかったら、あの手紙は一体誰が書いたんだい?」


そよ「勘さん、手紙っていつ届いたの」


勘太朗「数日前だが?」


 そよは数日前にふっと店に訪れた、三度笠さんどがさ被った客を思い出した。


そよ「まさか……、風太さんが?」


●風来坊の暗躍


 町の騒ぎを影からこっそり眺める男がいた。


風太「ご両人、えらい幸せそうな顔だねえ」


 いやあ、我ながら良い仕事をした。


 そよが暴力を振るわれたとき、思わず風遁をかけようとしたが術を止めて正解だった。


 風遁をかけようとしたとき、走ってくる男を見つけたからだ。


 おお、おお。いい男じゃねえか。


 数日前に急いで手紙を送ってから、すぐにこの街へ帰ってきたのだろう。


 そよのことを思っていなかったら、横取りしてやろうかと思ったが……、まあ及第点だ。


 だから、見せ場はちゃんと残しておいた。


 男は好いた女の前で、かっこいいところを魅せたいだろう?


 そよ自身も思いを伝え、千左衛門に断りを入れた。


 あのふたりは今後もつらいことがあっても乗りきっていくだろう。


 おかみさんの名を勝手に借りて手紙を書いたのは申し訳なかったが、結果が良かったのだしいいだろう。


風太「さて、また良い酒を探すとするかねえ」


 忍はぶらぶらと歩き出した。

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