第113話 二人きりの教室①

 司書室の中。幸せで楽しい時も過ぎ——。

 現在、午後の授業が終わった放課後。


「わざわざクラスメイトがいなくなるまで待ったりしちゃって。そんなにあたしと二人きりになりたかったのかしらね。あなたは」

「それはエレナにも言えるんじゃない?」

『待つ』行動を取ったことで、二人きりになった教室では、窓からの景色を見ながら早速の軽口を言い合うベレトとエレナがいた。


「まあ……それを言われたら返す言葉もないのだけど、ルーナに別れの挨拶が必要なんじゃないの?」

「それが放課後は読書で忙しくなるから、立ち寄らなくていいって言われて」

「ふーん。詰まるところルーナに仕返されちゃったのね。お昼休み、あなたを図書室に贈ったかわりに」

「あはは、正解。今度はそっちに時間を使ってほしいだって」

 さすがは察しのいいエレナである。

 たったこれだけの言葉で見事に言い当てていた。


「まったくもう……。あたしは見返りを求めていたわけじゃないのに」

「それくらいの感謝があったってことだよ。きっと」

「そこまで言うのなら、その時間はルーナを楽しませることができたのね?」

「えっと、そこはなんていうか……。俺だけが楽しんじゃった可能性も……なんて」

「ふふ、なによそれ」

『ちゃんと楽しませられるように』という目標を持って図書室に足を運んだベレトだったが、ルーナと会えた嬉しさから頭から抜け落ちていた。

 そしてそのまま、あっと言う間に時間に昼休みが溶けてしまった。

 言い方を悪くすれば、普段通りに接していたのが事実だった。


「あなたが楽しめたなら、きっとルーナも楽しめたわよ。そもそも好きな人と一緒にいて楽しくないってあり得ないもの。……って、からかわないでちょうだいよ。『じゃあエレナも今楽しんだ?』とかなんとか」

「別にそんなつもりなかったって!」

「にわかには信じられないわね」

 と、ジト目で言うエレナは、半歩ほど間があった距離をさりげなく縮めてきた。

 横並びになっている中で、わざと肩が当たるようにしてきた彼女である。


「……あ、そうだ。まだエレナに聞いてなかったんだけど、アリア様とはどうだった? 昼休みは一緒に過ごせたんでしょ?」

「ええ、こっちもこっちで楽しかったわよ。とある理由で会話の内容を教えられないのは申し訳ないけれど」

「大丈夫大丈夫! 楽しめたならよかったよ」

 秘密にされると気になってしまうが、今朝同じようなことをしたベレトなのだ。追及することはできない。

 言いたいくないことを言わせようとするのは良くない行為でもある。


「まああたしから教えられることと言えば、将来は誰よりも安泰になりそうってことかしら」

「将来が……安泰?」

「ふふ、じきにわかると思うわ。じきにね」

「ほ、ほう……」

 これ以上はなにも言わないと伝えるように、微笑を浮かべたのちに目を伏せたエレナである。


「ちなみに、今あたしとこうしてるあなただけど、シアは大丈夫なのかしら? しっかりお話はつけているの?」

「うん、用事が済んだら俺が迎えにいくことになってるよ。だから今は向こうの教室で待機してると思う」

「そう。ならあまり長居しない方がいいわね。30分程度に留めましょうか」

「(シアのことも考えてくれて)ありがとう……」

「当たり前のことよ。お礼を言われることじゃないわ」

 嫌な顔をすることもなく、サラッと。

 このように言えて、この判断が取れるのは本当にエレナらしかった。


「じゃああなたの時間も少しもらうとして……実は二人きりで話し合いたいことがあったの」

「うん?」

「気が早いけれど、4ヶ月後に控えた卒業後のお話よ」

「ッ! あー! それのことか」

「ん。いきなりで困る内容だとは思うのだけど、卒業後……あなたはどう考えているのかしら? それによってあたしが取る行動も変わってくるから」

 確かにまだ早い話かもしれない。

 しかし、ベレトもベレトで将来設計を考えていなかったわけではない。


「方針がまた変わるかもだけど……現状は卒業後の2年間、領地経営とか領主制の仕組みを深く学ぶつもりだよ」

「……2年間? あっ、シアの卒業までに自力をつけるということね。立場上、あなたが跡を継ぐのは間違いないでしょうし」

「うん、立派な領主になるためには必要なことだから」

 前世の記憶があれど、ほぼ手探りな状態。

 また中途半端で務まるようなものでもないだろう。民の不満を溜めれば溜めるだけ、反逆が起きる可能性もある。

 そうならないように、しっかりと土台を作っていかなければならない。


「まあその点、あたし達って結構噛み合っているところがあるわよね。あたしはお店を誘致できるし、ルーナは領地に関する数字を任せることができるし、シアは立派に下支えをしてくれるでしょうし」

「だ、だからより頑張らないとって思ってて……。俺だけが頼りない姿を見せるのは目に見えてるし」

「ふふ、大丈夫でしょ。あなたなら」

「その自信が持てるようになるまで絶対に努力するよ」

 自分自身が自信を持てるのが一番大事なことだが、そう言ってくれるのは嬉しいこと。

 笑みを浮かばせるベレトは、より努力する意志を固めるのだ。


「……つまり、引き続き上手なお付き合いができたら、あたし達が同棲を始めるのは2年から3年後になりそうね」

「最短を選んでくれてビックリした」

「頬引っ張るわよ。本気で」

「ははっ、冗談冗談。……嬉しくってつい」

「まったくもう」

「……その流れが通せるようにも、卒業前か卒業後にみんなで顔合わせして、方針とか確認できたらいいな」

「ちなみにだけど、あたしはもう教えているわよ。あなたとお付き合いを始めたこと」

「えっ、そうなの!? ちなみにどんなを反応してた……? 嫌な顔とかされなかった?」

 一番心配なのはやはりこれ。

 将来を見据えて付き合っているからこそ、相手家族からの了解を得られたかというのは一番気になるベレトだった。

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