第111話 司書室の中②

『だから見せてやるって言ってんだろ? オレに興味持ってるってところをな』

 ルーナが聞かれないようにと声を落として話している相手だが、司書室は出入り口の側。

 聞き取りづらさはあれど、なんとか聞き取ることはできる。


『おーい、ルーナちゃーん! またきたぜー!』

『二階でしょうかね?』

『まあ探してみようよ。僕も挨拶したいし』

『……せっかくこのオレがきたんだから、顔くらい出してほしいもんだけどなあ』

 足音、それに三人に話し声がどんどんと遠くなっていく。

 司書室のドアが閉まっているだけに、三人組の男の姿はわからないが、話の流れからしても階段に向かっていったようだ。


「……えっと、あれはルーナの知り合いなの?」

「恐らくですが、本日初めてご挨拶をした方だと思います」

 頭を撫でていた手を止めてひそひそ声を出せば、ルーナも小さな声で返してくる。


「あの感じだと多分……正解だったね? 方針を変えたの」

「勘違いをされては困りますのに……。わたしにはあなたという大切な人がいるのですから……」

「ッ」

 体を預けるように寄りかかってくるルーナ。

 ボソボソとした声を胸元に届かせ、本心だというように頬擦りをしてくる。

 これには思わず息が止まってしまうベレトである。


「それだけではありません。『お静かに』という図書室のルールを守ってほしいです。あのように呼びかけるのは正しくありません」

「ま、まあ大きな呼びかけだなぁとは思ったかな……」

 本が大好きで大切にしていて、誰よりも図書室でお世話になっているルーナなのだ。

 ルールに厳しくなるのは彼女らしいこと。


「……えっと、それでどうする? ここから顔を出す?」

「あなたはこのままでいてください。わたしもこのままでいますから」

「わ、わかった」

 詰まるところ、居留守作戦を選んだルーナである。


「あの方々が去るまではこの体勢のままで……。物音を出してしまうと気づかれてしまう可能性がありますから」

「そ、それちょっと口実が入ってない? こんなことしてるし……」

「……黙秘します」

「あはは、もしそうだったら嬉しいな」

 図星だったことを理解しつつ、照れ臭さもありながらこう伝えた。

 

「……あの、一応言っておきますが、わたしの頭に触れることや、このように寄りかかられていることが嫌になった場合は離してもらって構いません」

「嫌になる時が想像できないよ」

「……ん。わたしも、です」

 意見の一致。

 胸元にくっついているルーナとチラッと目が合えば、頭を伏せて逸らされる。


「……」

「……」

 それでも、されるがままの彼女を頭を撫でていれば——再び聞こえてきた。


『ここまで呼びかけに反応がないですから、いないようですね』

『んー。本当残念』

『チッ、せっかくこのオレが寄ってやったってのに」

 少し前に入ってきた3人組の男の声と、その足音が。


『もしかしたらですが、ベレト・セントフォード様とどこかでお会いしているのかもしれないですね』

『あ、そう言えば親密にされてるって噂だよね」

『はあ? なに言ってんだか。身分使って脅してるとかそんな理由だろ。馬鹿馬鹿しい』


『これは聞いたお話ですが、怯えた様子もなく。楽しそうに会話されていたそうですよ?』

『ルーナさんが一番避けそうな相手な気もするけど……不思議なもんだよね』

『だから脅されてるって言ってんだよ。まあ見とけって、お前ら。後々そんな話が出回るからよ』

 その言葉を最後に、図書室扉の開閉音が鳴った。

 耳を澄ませば、図書室には物音一つない。

 こちらに気づかれることなく退室したのがわかる一方、バツを悪そうにするベレトがいる。


「あ、あのさ? 本当ごめんねルーナ。今さらだけど……俺は悪口を言われるばっかりだから」

「平気ですよ。このようなことを言うのは失礼ですが、この関係になりたいと思った瞬間から覚悟をしていましたから」

「それでも気分悪いでしょ? ルーナもその点気にしてたし」

「わたしの場合は嬉しいですよ」

「……え? う、嬉しいってなんで?」

「無論、変な意味ではありませんよ」

 首を左右に振り、一歩後ろに下がって密着状態を自ら解いた。


『あの方々が去るまではこの体勢のまま』の言い分を忠実に守る彼女は、目を細めながら伝えるのだ。


「皆があなたのよいところを知らない中、わたしはあなたのよいところを知っています。それは優越感のあることで嬉しく思えます。なので……周りからどう言われようとも、どのようなことを耳にしても、この気持ちが変わることはありません」

 目を見ながら、堂々と、ハッキリ伝えるルーナ。

 強さ溢れるその姿ではあるが、両指先はもじもじと動いていた。

 なによりその顔は見てわかるくらいに真っ赤になっていた彼女だった。


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