第110話 司書室の中①
「どのようなお声がけに応じるようにした理由は……そ、その、大切な人ができたからです」
「え!?」
その震えた声とセリフに驚きの表情を露わにするベレトに、ルーナの言葉が続けられる。
「今までの“読書を優先する”という行為は、時に相手からの印象を悪くするもので、悪口を言われることでもありました。また思い通りにならないことから憂さ晴らしをされてしまうこともあり、全てわたしだけに影響が及ぶものでした」
「……」
「ですが、あなたと交際を始めた今は違います。普段の行動により一番迷惑をかけたくないあなたにご迷惑をかけてしまう可能性があります。わたしの悪口を耳にする可能性もあります。調子のよいことを言っていますが、それだけは絶対にしたくないことでした」
今まで第一優先が読書だったルーナだった。
たくさん読書ができるなら、自分の評判は気にしない。そんなスタンスでいた。
——が、今は違う。
読書ではない、ベレトという一番に優先したいものができたのだ。
「加えてですが、相手に応じることはわたしの口下手や、非社交的な性格を直す練習にもなります。それはあなたに褒めてもらえることだと思いました」
「その結果……満足に読書ができなくなって、頑張りの限界もきて、安全な
「……はい」
「あー」
説明してもらった内容と今の返しから、点と点が線で繋がった。
司書室から覗いていた理由がさっぱりだったが、こう聞いてみると確かにルーナらしい行動だった。
「って! そんなに落ち込むことないよ、本当。今朝も言ったと思うけど、自分のペースでいいんだから」
「……ありがとうございます。その言葉、改めてお聞きしたかったです」
「それはよかった」
表情が少し柔らかくなった彼女に笑みを返すベレト。
「それにさ、褒める褒められることってたくさんあるから、不得意なことは焦らずゆっくりやろう? 口下手だからって今なにか問題があるわけじゃないんだし、自分としても関係が変わってもいつも通り読書を楽しんでるルーナを見たいし」
「……」
「……ズルい言い方をすると、俺と付き合ったせいでルーナに好きなことをさせられないのは嫌だよ、やっぱり」
「ふふ、言葉通りにズルい言い方をしますね」
「だ、だよね!? 口に出したらますますそう思ったよ」
もしもルーナが笑ってくれなかったら、静寂が生まれていただろう。空気も重くなっていただろう。
「……恋愛というのは難しいものですね。相手のことを考えるばかりに、上手にいかなくなってしまいます……」
「本当にね」
適当に付き合っていたら起こり得ない悩み。
それを理解しているのか、どこか嬉しそうにしているルーナである。
「では、あの……折衷案を出してもよいですか」
「お、なになに?」
「『焦らずゆっくり』というお言葉に甘えて、まずは限定的な形で応じる形を取りたいです。これではご迷惑をかける場合も、『つまらない女』等の言葉を耳に入る場合もあるかと思いますが……読書に集中することができます。口下手を直す練習もできます」
「もちろん大丈夫だよ。むしろ全員を一生懸命相手にした結果が今なわけだから、これ以上にない案じゃないかな」
「ありがとうございます……」
「いやいや」
そんなに丁寧に頭を下げなくても……と、一声入れたくなるほどのお辞儀をするルーナだが、それだけの感謝があるということなのだろう。
「今さらこんなこと言うのもなんだけど、迷惑とか気にしなくていいからね? この関係になったからこそ、遠慮なく接してほしいし」
「気を遣っていませんか」
「もちろん」
「では今のお言葉、訂正はしませんか」
「うん」
「そう……ですか」
二度に渡っての確認に、自身を納得させるような反応。
パチパチとまばたきを繰り返しながら首を傾げていれば、予想もしていなかった内容を口にするルーナがいた。
「では、わたしにこれをしていただけませんか」
「え?」
『これ』を伝えるように華奢な両手で自分の頭を押さえた彼女。
「今朝、あなたはわたしの頭に触れました。あれをもう一度してほしいです」
「……」
呆気に取られる中、頭に置いた手を退かした上目遣いのルーナと目が合う。
「……たくさん確認はしました。なので、もし断られたのなら、わたしはあなたに合わせる顔がなくなります」
「いや、その……うん。そのくらいなら全然」
「……では、お願いします。今ならもっと心地よく感じられる気がします」
そう言い終えると、背伸びをして頭を突き出してくるルーナ。
『人目がある時』と『人目がない時』で感じ方に違いがあるかどうか、そんな好奇心があったのだろうか。
『迷惑をかけていい』という話から、まさかこんな要求をされるとは思っていなかったベレトだが——状況を整理できれば恋人の甘え方を微笑ましく思う。
もう同様の文字もない。
「それじゃあ……」
今朝した時と同じように。
右手を伸ばし、彼女の艶やかで柔らかい髪に優しく触れる。
手を動かせば、力が抜けたようにルーナが胸元に寄りかかってくる。
「……」
「……」
彼女の息を、華奢な体を、甘い匂いを司書室の中で感じていたその時だった。
『ガチャ』
——図書室の扉が開かれる音が聞こえ、この時間には珍しい来訪者の話し声が聞こえてきたのだ。
『本当にあの方とお話をされたのですか?』
『ああそうさ。それもオレと話すために読書をやめてまでだぜ?』
『噂が噂だから、そんなことするとは思えないけど……』
『だから見せてやるって言ってんだろ? オレに興味持ってるってところをな』
男3人の話し声が。
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