第109話 司書室から覗く人物

 それから学園の鐘が何回鳴っただろうか、昼休みに入った時間帯。

 ベレトは一人、図書室に入室していた。


「……ベレト・セントフォード。わたしはここです」

「え?」

 入室して数歩を歩いた矢先、聞き慣れた声が耳に届く。

 半ば反射的に声が聞こえた方向に首を回せば——司書室のドアの隙間から綺麗な顔を半分覗かせているルーナがいた。なぜか。

 いつも読書スペースにいるか、本棚を漁っている彼女なだけに、今の状況を理解するのは大変難儀なもの。


「えっと……なにしてるの? ルーナ。怪しい人から隠れてるようなことしてるけど」

「これには事情がありまして」

「……事情?」

「はい。ひとまずあなたも司書室に入ってもらえませんか。前と変わらず中にある書類に触れないようにしていただけたら問題ないので。また司書さんも昼食を食べに向かいましたので、今はわたし一人です」

 どこか焦りが窺える早口に、ますます困惑する。


「わかった。じゃあ中で話を聞くね?」

「はい。ありがとうございます」

 コク、と頭を下げた後。

『んっ』と小さく可愛らしい声をあげ、ドアを開けてくれたルーナ。

 そのドアを押さえてベレトも中に入り、『ガチャ』と閉まる音が響いた時だった。


「今朝ぶりですね」

「う、うん。今朝ぶりで」

「……嬉しいです」

 目元を緩ませながら、何事もなかったように挨拶を始めるルーナがいる。


「あ、ありがとう。そう言ってくれると顔を出した甲斐があるよ」

「……あなたも嬉しく思っていますか」

「ルーナと会えて?」

「はい」

 またコクリと頷いた。

『さあどうだろう』なんて言って、からかった後の反応を見てみたくもあるベレトだが、勇気を出して聞いた表情も窺える。

 そのような行動は正しくないだろう。


「もちろん嬉しいよ。って、これは今も昔も変わらないことだけどね。はは」

「聞いた以上に嬉しいことを言うのは困ります……」

「それは失礼しました」

 本当に照れた様子に笑いが溢してしまう。

 またさっきまでエレナと関わっていただけに、二人のタイプが違うことを改めて感じる。


「それはそうと、話も戻すんだけど……さっきはどうして隙間から覗いてたの? かなり警戒してたように見えたけど……」

『怪しい人でもいた?』とつけ加えて質問すれば、ルーナは首を横に振った。


「心配ありがとうございます。ですが、そういうわけではなく」

「そうなの?」

「空き時間のことになります。わたしに声をかけてくる方や、覗きにくる方が増えていまして、居心地が少し悪くなってしまいました」

「あ、あー……」

 先日の晩餐会から、今朝は人目につく噴水前に姿を見せて会話をしたのだ。

 図書室に籠る『本食いの才女』の堅苦しいイメージが少し崩れたのだろう。


 そして、美麗なルーナが表立ったことで、心惹かれた相手や、気になり始めた相手が増えるというのは自然なこと。それに加え——身分が低い貴族というのは、ただでさえちょっかいを出されやすいもの。

 今、異性から格好の獲物となっているのだろう。


「でも……あれ? 前からこんなことはあったんじゃ? それでも相手にせずに読書に集中してたみたいな」

 彼女と関わった当初の記憶をたどり、前例があったことを思い出すベレトである。


「その通りではあるのですが、過去と違って今はどのようなお声がけにも応じるようにしましたので」

「えっ?」

「『自業自得だ』と指摘されたならば反論もできませんが、その結果、読書に集中ができず、居心地が悪くなり、今に至ります」

「なるほど……」

 さすがのルーナである。簡単ながらもわかりやすい説明をする。

 ただ『居心地が悪い』理由には、『アピールをされて』なんて理由もきっとあるはずだ。


「ちなみになんだけど、声かけに応じるようにした理由って?」

「そ、それは……」

「あっ、言えないなら言えないで大丈夫だから。責めてるわけじゃなくて気になっただけで」

 エレナが自分にしてくれたように、追及することはしない。

 ただ大好きな読書の時間を削ることを覚悟で、一人一人を対応するようにしたというのは、なにかしらのキッカケがあったのだろう。

 その心変わりはやはり気になること。


「いえ、言います。ただ少しだけ恥ずかしいだけですから……。それにわたしが新しいパートナーを探している、というような誤解を与えたくはありませんから」

「そ、そっか」

 ルーナの想いはちゃんと受け取っているベレトである。彼女自身を信じてもいる。

『新しいパートナーを探している』とは考えてすらなかったことで、『そんな誤解はしないよ』というのが本心だが、口を挟まずに彼女の意見を尊重することにした。


 その結果、頬を赤らめたルーナから、なによりも早く予想外の言葉を聞くことになるのだ。


「どのようなお声がけに応じるようにした理由は……そ、その、大切な人ができたからです」

 と、恥ずかしさを露わにするように震えたその声を。



 *



 あとがき失礼いたします。


 いつもお読みいただきありがとうございます!

 5月17日発売の本作、『貴族令嬢。俺にだけなつく』4巻のカバーイラストを近況ノートに公開させていただきました。

 4巻のメインはカバーイラストのキャラクターとなっております。

 発売まで約1週間となりますので、併せてお見知り置きいただけましたら幸いです。

 

 それでは引き続き何卒よろしくお願いいたします。

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