第108話 嫉妬?

「ベレトってば天才よね」

「え?」

「あたしをモヤモヤさせる天才。もう授業に集中できないのだけど」

「あ、はは……。その件なら本当にごめんね」

 アリアと二人きりのやり取りも終わり——今現在、一時間目の授業中。

 ベレトは隣に座るエレナに半目を向けられながら小声で謝っていた。


「本当、一体いつからアリア様と大事なお話をするくらいに仲良くなったのよ。さすがにその手の速さは恋人、、として心配になるわ」

「そ、それはなんて言うか、ちょっといろいろあって……」

「ふーん」

 アリアの素を知ってしまったから、というのは絶対に言えないこと。

 雲の上の人物と距離が縮まったのは間違いなくコレであり——の麗しの歌姫は、周りからのイメージに沿うように最前列で授業を聞いている。


「まあいいわ。言いたくないことは無理やり言わせられないもの」

「……そう言ってくれると助かるよ、本当に」

「別に」

 隠しごとはしたくないが、隠さざるを得ないのが現状。

 こればかりはエレナの優しさに甘えるしかない。


「ただ、この埋め合わせは絶対にしてちょうだいよ。いきなり置いてけぼりにされたんだから。あたしは」

「逆にそうさせてもらえたら」

「じゃあチクチク言うのはやめてあげる」

 一旦スッキリしたのか、姿勢を正して授業を聞く体勢を取ったエレナ。

 そんな彼女の横顔を無意識に見てしまうベレトは、本音がポロリと漏れる。


「……モヤモヤしてくれて嬉しいかも」

「は、はあ? あたしに喧嘩を売っているのかしら」

「そ、そういうわけじゃないって!」

 今までに何回見ただろうか、器用に眉を動かしながら、怪訝な表情を見せてくる。


「なんていうか、ちょっと意外だったというか」

「本当、なに寝ぼけたこと言っているのよ。告白したのはあたしの方なんだから、あなたとの時間が減ったら思うこともあるわよ。それがどんなに仕方がないことだとしても」

「……そ、そっか」

 状況や物事をしっかりと割り切って考えることができるエレナなだけに、この発言は本当に意外だった。


「そもそものお話、関係が変わって間もないのだから、敏感にもなっちゃうわよ……。あなただってあたしが色男と二人で人目を避けてお話に出かけたら思うところがあるでしょう?」

「心が狭いこと言うけど、俺の場合は人目を避けてなくてもだよ」

「え? ふふ、さすがにそれはカッコ悪いんじゃないかしら」

「だから前置きしたのに……」

 ここは貴族社会なのだ。

 夜会に参加すれば、たくさんの異性と話すことは定番中の定番。

 一対一で話すことも、時に大事な人が別の男性にエスコートされることもある。こればかりは慣れるしかないこと。


「まあ束縛されるのは困るけど、その気持ちは個人的に持ち続けてほしいところね」

「カッコ悪いことなのに?」

「だって平気そうな顔をされると、それはそれでムカムカしちゃいそうだから」

「はは、なんだそれ」

「……あとはわかりやすいのよね。特別な人としてわたしを見てくれているって」

「それは後づけだったりしない?」

「さあどうでしょうね。そこはあなたの判断に任せるわ」

「り、了解」

 横目で目を合わせてくるエレナは、微笑を浮かべた後に視線を正面に向ける。

 そして『授業に集中してます』という態度を改めて作ったかと思えば、そのまま声をかけてきた。


「……それはそうとベレト、わたしが言うことじゃないけど、お昼休みはルーナに会いに行きなさいよ。きっと楽しみに待っているでしょうから」

「うん、もちろん顔を出しに行く予定だよ。エレナは?」

「あたしはアリア様とご一緒できたらご一緒して、もし埋まっていたら普段通り過ごす予定よ」

 予め決めていたのか、言い淀むこともなく伝えてくる。


「二人でルーナに会いには……いかない?」

「いかない。今日は関係が変わって初めての学園なんだから、二人で会いたいに決まってるでしょう。それにあなたと話しながら、出会って間もない頃のこととかゆっくり思い返したいはずよ」

「ま、まあ……」

「あたしのことを気にかけてくれるのは嬉しいけれど、予定はすぐに作れるから本当に気にしないでちょうだい。どこかの誰かさんと違って」

 もしなにも予定が作れなかったら一人にさせてしまう。そんな心配をしていたベレトだったが、エレナには全てお見通しだったようだ。


「わかった。じゃあお言葉に甘えて」

「もしルーナからあたしのことを聞かれた時は、『エレナには予定が入ってた』って言っておいて。ちゃんとお話も合わせるから」

「絶対見破ってくるけどね? ルーナのことだから」

「それは言わないお約束でしょ」

「それはそうなんだけね、はは」

 ベレト同様に仲良くしているエレナなのだ。

 当然とも言える共通認識だった。


「……本当ありがとうね、エレナ。自分以外のことも考えてくれて」

「お礼を言われることはなにもないわよ。あなた以上に好きだから。ルーナのこと」

「そう言うところエレナらしい」

「……バカ」

 ボソッと。そっぽを向きながら言われる。


「ま、まあそんなわけだから、ちゃんと楽しませてきなさいよ。あたしの代わりにね」

「そう言われるとプレッシャーがすごいけど、いい報告をできるように頑張るよ」

「是非そうしてちょうだい。……いい報告ができたらちゃんとご褒美あげるから」

「ッ」

『どんなご褒美をくれるの?』そんな問いかけをベレトがしようとした瞬間だった。

 ほんの一瞬である。

 教授にバレないように、クラスメイトにバレないように、こっそりとベレトの手に指を絡めてきたエレナ。


「ちょ、授業中……」

「わかってるわ。だからもうしないわよ。でも——」

 言葉を一度切り、今後は小悪魔な笑みを見せながら、言った。

「ご褒美、期待しちゃうでしょ?」

 頑張れる餌を撒くように。


 *


 いつもお読みいただきありがとうございます!

『貴族令嬢〜』4巻の発売日まで一日置きの更新をさせていただきます!

 発売日は5月17日の発売となりますっ。

 引き続き何卒よろしくお願いいたします!

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