第107話 密室でアリアと②

『エレちゃんがあんな風になるのは見たことがないから、本当にあなたに夢中なんだと思う』

 客観的な意見は貴重なものであり、信じられるもの。

 想像以上の羞恥に襲われるベレトは、すぐに軽口で逃げる。


「ま、まあ呆れられることも多いですから、そっちの可能性もありますけどね? 『ほどほどにしなさいよ』って」 

「あ〜、それはちょっとあなたらしいかも」

「えっ!?」

「うふふっ、失礼をごめんね」

 頭に手を当ててあざとい笑みを浮かべるアリア。

 周りの目がある時には絶対に見せない貴重な表情だろう。そう考えればなおさら目を奪われそうになる。


「……あなたが初めて。今のように失礼を承知で言ったこと」

「はは、それは光栄です。切り替えている時には言えないことですもんね」

「それもあるけど、言える相手が限られるから。あなたみたいに優しくて、心に余裕があって、寛容な方じゃないと不快にさせちゃうもん」

「ちなみになんですか、初めて言ってみた感想はどうですか?」

「ふふっすっごく嬉しかった。わたしの家庭は特に厳しいから、冗談を言ったり、言われたりする関係に憧れてて……。それこそパーティに参加させてもらった時は周りのみんなを毎回羨ましく思うくらいだから」

 高貴な身分であり、『麗しの歌姫』として名を馳せているだけに、冗談を言ってくれる相手もいないのだろう。

 非の打ち所がない姿を完全に見せられているなら、なおさらのこと。


 ベレトもアリアの素に気づいていなかったら、適度な距離を保ってやり取りをしていただろう。

 ラフな口調を使うこともなかっただろう。


「あの、アリア様がよかったら、さっきのように軽口を言ってもらって大丈夫ですからね。時には自分も同じように返させていただけたらと思います」

「ありがとう……。本当に嬉しい……」

「そ、そんな気持ちを込められると素直に照れちゃいますね、あはは」

 誰にも邪魔されない密室の空間ということもあり。


 そんなやり取りから10分が経っただろうか。


「ねっ、最後に一つだけあなたに聞きたいことがあって」

「な、なんでしょう?」

 アリアは上体を前のめりにして上目遣い。

 そして、首をコテっと倒して質問をしてきた。


「あ、あのね? これは特に深い意味はないんだけど……あなたはこれ以上、恋人はいらないとか、作りたくないって思ってたりするのかな?」

「こ、恋人ですか?」

「うん」

 ベレトがこうも動揺をしてしまったのは、ふわふわした雰囲気なく、神妙な面持ちに変えたアリアだったから。


「えっと、それはなんと言いますか……作らないと思います」

「そう……なんだ」

 気のせいだろうか、少し影が落ちたような表情で。


「それは家庭の取り決め……だったり?」

「いえいえ、特にそんなわけではなく、ただの恥ずかしい話になるんですけど、自分は交友関係が狭いもので……」

「ほえ?」

「それこそよく話す相手は恋人の三人だけですし、一人一人を大切にできるかっていう心配もありますし、恋人を作ろうにも、エレナやルーナやシアと仲良くできる相手に限られますから」

「ほ、ほうほう……」

 アリアから頓狂な声が上がったのは、貴族らしい考えではないからだろう。

 このような反応が返ってくるのは正直、予想できていたこと。


「じゃあ……恋人を抜きにした異性で、あなたと一番仲がいいのは……わたし?」

「恐れ多いことでもあるんですが、自分の中ではそうなります」

「っ、ふ、ふ〜ん。なるほどなるほど……」

 この学園で一番の人気があり、誰よりも交友関係も広いだろうに、この言葉に口元を緩めて満更でもない様子を見せてくれる。


「お世辞とかを抜きにアリア様のこと好ましく思ってますよ。……って、こう思わない人はそういないですよね!? なんか当たり前のことを言ってしまってすみません」

「——こちらのお姿でしたら、、、、、、、、、、、全員に好ましく思っていただけているという自負はございますよ」

「ちょ、い、いきなりスイッチ入れないでください……! 身構えてしまいますからっ」

「ふふっ、ごめんなさ〜い」

 雰囲気と口調を一瞬で変えるだけで、『公爵家』のオーラが浮かび上がってくる。

 やはり話しやすいのは今の素の姿である。


「えっと〜、それでお話を戻すんだけど、もしあなたが新しい恋人を作る場合は、エレちゃんとルーちゃんとシアちゃんと仲良くできる人。あとはみんなを大切にできるっていう自信を持てたらってことなんだ?」

「はい、これだけは譲れないので……。(この世界では)おかしな考えだということはわかってるんですが」

「ううん、真摯で素敵な考えだと思うなあ。わたしは」

「あ、ありがとうございます」

 複数の恋人を持つなんて考えもしなかった。

 自分の中でなにが正解か見つけられてもいないが、『この関係になってよかった』と思ってもらえるようにだけはしたいベレトなのだ。

 だから、その考えを褒めてくれたのはなにより嬉しかった。


「ねっ!」

「は、はい!?」

 温かくなる心をしみじみと感じていた矢先、ハッとなるようなアリアの声が飛ぶ。


「またお話を戻すんだけど、わたしが喉を壊しちゃった時……『本当によく頑張りました』って褒めてくれるんだよね?」

「想像もしたくないことですよ!? 本当に」

「うん……。だからね、もしわたしがこの学園の卒業式まで喉を壊さないように頑張れたら……ご褒美に二人きりになれるお時間を作ってほしいなあ〜なんて思ってて」

「自分と、ですか?」

「あなたと」

「……」

 内容を聞いてすぐに頭を働かせるが、『ご褒美なんて枠に当てはめなくてもいいお願い』なだけに、アリアの目的がさっぱりである。


「それくらいならもちろん大丈夫ですけど、逆にそんなことでいいんですか? なんか自分のご褒美になっているような……」

「ふふっ、本当にわたしがそう思っていることだから」

「わ、わかりました。それでは約束ということで?」

「うんっ、約束で!」

 話も完結したその時、ぽわぽわした笑みを作るアリアは小さな両手を差し出してきた。

 求められていることに答えるのは恐れ多いが、こちらも両手を差し出して握手を交わす。

「……」

「……」

 すっぽりと収まる彼女の手。すべすべとした温かな肌

 そちらに意識を取られてしまいそうだが、不安からきている行動であるのは間違いないだろう。


「アリア様、なにか困ったことがあればいつでも頼ってくださいね。自分にできることでしたら全力で協力しますから」

「ありがとうね。すごく嬉しいです……」

 包んだ手がぎゅっと動く。

 その後——お互いに手を離す。


「そ、それじゃあ時間も時間だからそろそろ教室に戻ろっか!」

「そうですね。あ、次は自分がドアを開けます!」

「ふふ、行動早いなあ〜」

「やられっぱなしは嫌なもので」

 すぐに足を動かし、ドアノブに手をかける。


 その瞬間だった。


「——ベレト様、最後に無理難題を申します」

「ッ! な、なんでしょう?」

 背後からかけられた声音は、アリアの素ではなく、取り繕った声色と口調。


「みんなを大切にできるという自信をお持ちできるよう、お願いいたしますね」

「……え?」

 ベレトが目に入れるのは、堂々としながらもどこか視線を泳がすアリアだった。



 


 いつもお読みいただきありがとうございます!

『貴族令嬢〜』4巻の発売日まで一日置きの更新をさせていただきます!

 引き続き何卒よろしくお願いいたします!

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