第104話 Side、登校前のアリアとサーニャ
「アリアお嬢様、それは一体なにをされているのですか?」
アリアの専属侍女、サーニャがこの声をかけたのは、学園に登校する前の時間帯。
椅子に座り、真剣に書き物をする珍しい姿を目に入れてのことである。
「台本書いてる……」
「はい? 台本が必要になるような
「あと1時間後に控えてるよお〜。ベレト様とお話しをする時に必要なんだからあ……」
「はあ……」
余裕がなさそうに目を潤ませるアリアに、片手で頭を抱えるサーニャである。
「もう自堕落な素がバレてしまっているのですから、今さら練る必要はなにもないでしょうに。二人きりになって、先日のお礼を伝えながらお話をするだけではないですか」
「そ、それが難しいのっ! 口調を戻すタイミングとか、お話しの持っていき方とか……。な、なにより恥ずかしいんだもん……」
「『別人のように取り繕っている』ことがベレト様にバレていながらも、教室等ではそのように振る舞わないといけないことですよね。さぞかしお恥ずかしいことだと思います」
「うー」
大ダメージを負ったと言えばいいのか、ベタ、とテーブルの上に上半身を倒れさせたアリア。
大きな膨らみのある胸が、自身の体によって潰されている。
「まあ日頃の行いなので仕方がないでしょう」
「どうして直すように言ってくれなかったの……」
「何十回、何百回と口を酸っぱくして注意しましたが。直す努力をされなかったのはアリアお嬢様ではないですか」
「……はぃ」
言い返す言葉があるはずもない。
すぐに素直になり、しゅんと縮み込むアリアである。
「それで、台本は書き終えられましたか?」
「まだ」
「このようなものはお書きにならず、お心のままにお話しすればよいだけのことだと思いますが……拝見しても?」
「ん」
了承をもらってすぐ。アリアの隣に立ち、サーニャは台本を読み込んでいく。
その時間、1分。
「なるほど。遠回りすぎて面倒くさいです。親切ですらないですね」
「っ!!」
アリアの台本は、会話を続けながら、少しずつ、こっそりと、しれっと口調を素に戻していくというもの。
そのせいで想定の会話なのに、膨大な量に膨らんでしまっている。
「だ、だっていきなりスンって変えたら絶対に引かれちゃうんだもん……。『承知いたしました』なんて言い方から『わかった〜』ってなるんだよ?」
「まあ声色すらも変わるのでその点は擁護できませんが、ベレト様ならわかってくださいますよ。アリア様の素を理解されていながらも、喉を効果的にケアする方法などお教えくださったのですから」
「だから嫌われたくなくて……考えてるんだもん」
上半身を起こし、改めて台本を書き上げようとするアリア。
その目には、言葉通りの意思が宿っていた。
「そんなにも嬉しかったのですね」
「ん……。今だって、嬉しいくらい……」
アリアがこれほどまでに一人の異性に気を遣っている姿は、初めて見たサーニャである。
普段からベッドの上で過ごし、イモムシのように丸くなって、なにもない日は十数時間も睡眠を取っている麗しの歌姫なのだから。
プライベートでは、異性の『い』すらない生活を送っているのだから。
「だから、ベレト様ともっと仲良くなりたい……」
「でしたらそのような台本ではなく、ありのあままのお気持ちを素直に伝えしましょう。ベレト様のことです。きっと大丈夫ですから」
「……じゃあ、サーニャ。抱っこ」
なにかしら勇気を出す時はいつもこれ。
甘えん坊なばかりに、スキンシップの要求を飛ばしてくるアリアである。
上目遣いのまま両手をこちらに伸ばし、『早く』と腕を上下に振っている。
「承知しました」
——当然、このお願いを断りはしない。断ることは頭にない。
頷きながらアリアに体を近づけ、腕を首に回すように誘導する。
抱っこの構えが整うと、耳元で呟くのだ。
「……いつかベレト様にもしていただけるとよいですね。友人としてなのかは定かではありませんが」
「っ!!?」
その言葉は芯に触れること。
石のように固まったアリアを、どんどんと体が熱くなっていくアリアの要求を叶えるサーニャだった。
そんな経緯を経て——。
「それではベレト様、中の方に」
アリアは二人きりの部屋に、ベレトを案内するのだった。
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