第105話 Side、アリアの想定外

「——それではベレト様、中の方に」

 サーニャが学園から許可を取ってくれた一室。

 談話ルームの奥に備えられた大きな個室の扉を開け、侯爵家嫡男、ベレト・セントフォードを案内する。


「そ、それでは失礼します……。あ、せめて扉は自分に閉めさせていただけたらと」

「いえいえ。わたくしがお招きしたことですから、お気になさらず。また『平等』という校訓もありますので」

「では、お、お言葉に甘えまして……。ありがとうございます」

 腰を折りながら、丁寧にお礼を言う彼は中に入った。


(よ、よしよ〜し……!)

 もしここで抵抗されでもしたら、対処のしようもなかった。

 素直に従ってくれる彼が部屋の奥に進むその背中を見ながら、安堵の気持ち包まれる。

 そんなアリアも中に入室し、すぐに扉を閉める。

(あとはベレト様に逃げられないように……。ちゃんと目的を果たせるように……)

 そのために必要なことは一つ。


 台本でもしっかり書いていたこと——閉じ込めるようにしっかり鍵をかけた。

 その瞬間。

『カチャッ』と施錠音が響き、肩をビクッとさせてこちらを振り向く彼がいる。


「え、えっと……」

「はいなんでしょう?」

「鍵、お閉めになられるのです……ね?」

「大変申し訳ございません。わたくしにとって必要なことでして」

「あっ! アリア様が謝罪をされることはなにも!」

「ふふっ、そう言っていただけると助かります」

 慌てている彼は感じているだろう。

『目的を果たす前に逃げられては困りますから』

 という含みが言葉の端々にあると。


 実際にそのような言い方をした。いや、緊張から思わずしてしまった。

 会話が進むにつれて、『自身の素』についての本題が迫ってくることで……。

 結果、彼にプレッシャーを与えてしまった。顔を引き攣らせてしまった。


 大きな反省が芽生えると共に、ここで一つ思うことがある。


(そんなにわたしに配慮しなくていいのに……。わたしの喉をよくしてくれた恩人なのに〜。わたしの素を認めてくれた人なのに……)

 この不満を。

 でも表情に出したりはしない。


 早くあの時の関係に——。

 ——先日の晩餐会の時、庭園で話した時の関係になりたいのだから。

 そして、まだ伝えられていないお礼を伝えたいのだから。


「さて、ベレト様」

「は、はい、なんでしょうか?」

「先日のご挨拶は先ほど終えましたので、僭越ながら本題に移らせていただくのですが——」

 完璧な作り笑顔を浮かべながら、アリアは口を開く。


「わたくしになにか申し上げる、もしくは申し上げたいことがありますよね。ベレト様は」

「ッ!」

 次は緊張に左右されずに、この言葉を。


(う、うんっ! わたしもう頑張った!! あとはベレト様が素直に言ってくれるだけだよっ……! 言ってくれたら、『コレのことだよね〜』ってわたし言うからねっ)

 今さらだが、あの台本は完成させなかった。

 サーニャの意見を聞き入れて、『素直に気持ちを伝える』方針に決めたことで。

 だがしかし、素を見せるまでの流れは参考にはしている。

 そして、正しい選択ができたと思った。

 このように上手にコトを運べたのだから。


(わたしは覚悟……できてるよっ!!)

 目を大きくさせて、胸中の思いを訴える。

 そんなアリアを驚愕させることが……次の瞬間に起きてしまう。


「あ、あの……」

「はい?」

「大変恐縮なのですが、自分はアリア様に申し上げることや、申し上げたいことはなにもなく……」

「……えっ」

「質問に質問を返してしまうのですが、このような場を設けられたのはアリア様ですので、アリア様がなにか自分に尋ねたいことがあったり……されません?」

「えっ!?」

 想定になかったことが突如と発生した。

 質問返しという名のカウンターを。


 “促されてから”ありのままの姿を露わにする手筈だったが、主導権を握らされてしまえば話は変わる。


「え、あ、あの……。そ、それはそれは……」

 ずっとプラン通りに進んでいただけに、もう成功を確信していただけに、頭が真っ白になる。なにも考えられなくなる。


「う、ぁ、えと……」

 大きな動揺で目の中をうずまきのようにさせるアリアは、どうにかしてありのままの姿でやり取りをしたいアリアは、こう答えてしまう。


「ある……ます」

 と、素の口調と偽った姿の口調を混合させたものを。


「……」

「……」

 無論、これに誰よりも早く気づくのは自分である。


(ぁ、あ……ぁ……)

 今まで人前でこんなセリフを出すことなんてあるはずもなかった。

 そんなセリフを仲良くしたいと心から思う相手に聞かれてしまった。


 首から上を一瞬で真っ赤にさせるアリアは、頭から蒸気を出すようにしながら熱を発する顔を伏せるのだった。

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