第103話 アリアの接触

「……」

 近づいてくる。

 後光が差しているような金髪のご令嬢が、アリア・ティエールがどんどんと近づいてくる。


「…………」

 ピンと姿勢を伸ばし、美しい歩き方をするその人物は——。

「今、ご都合よろしいですか?」

 目の前で立ち止まり、誰をも見惚れさせるような微笑みで問いかけてきた。


「ええ、もちろん。先日はありがとうございました。アリア様」

「とんでもございません。こちらこそ楽しい晩餐会にご招待いただき感謝申し上げます」

 ついさっきまでラフに話していたエレナだが、もうそこにはいない。

 すぐにスイッチを切り替えて、アリアと挨拶を交わし始めた。

 一瞬で二人の空間となったこの現場。

 ベレトはまばたきを早めながら静観中だった。


(……)

 普段からベットでゴロゴロと、だらしなく、イモムシのように過ごしているという麗しの令嬢。

 そんなアリアの裏の顔、、、を知ってしまったことで——気まずさを抱きながら。


(…………)

 だが、一つだけ救いはある。

 それは、暗闇の庭園で“素のやり取り”をした相手が、自分だとバレてはいないということ。


『未だ素の姿は誰にも知られていない』

 アリアがそう思ってくれてさえいれば、こちらは知らんぷりを続ければいいだけの話。

 公爵家のご令嬢から目をつけられることもない話。


(とりあえず、挙動不審にならないように……。なんの違和感を持たれないように……)

 そう気を引き締めた瞬間だった。


「って、ベレトもほら。ご挨拶。先日顔を合わせたでしょ」

「あ、ああ……。うん」

 気を利かせてくれたエレナの促し。

 この声に合わせてアリアに目を合わせれば——ニコッと笑みを浮かべてくれる。


 一般的に見れば優しいと思える対応。

 しかしながら、感じた。

(め、目が笑っていないような……)と。

 一瞬でもそう思えば、鳥肌が立ってくる。冷や汗までも流れる。

 あの時の正体を隠し通せているはずなのに、絶対にバレてはいないはずなのに、なぜか嫌な予感がする。

 そんな気持ちを抱えながら、挨拶を口にするのだ。


「ア、アリア様。先日はその……ありがとうございました。ご挨拶など大変お世話になりました」

「繰り返しのお言葉になってしまいますが、とんでもございません。ご丁寧にありがとうございます」

 会釈をすれば、腰を折って上品に返してくれる。

(目が笑っていなかったのは気のせい……だったかな)

 目をつけられていなければ、エレナと同じ対応をされるはずがない。

 安堵の思いで表情が少し緩まる。

 ——ただ、それは本当に早計なことだった。


「わたくしの方こそお世話になりました。本当に……もろもろ《、、、、》、ね」

「ッ……」

 ボソリと付け足した言葉。明らかに含みを持った言葉。

 引き攣った顔のまま、会釈する頭を上げれば、満面な笑顔の中で一瞬だけ眉を動かすアリアがいた。

『ちゃんとわかってるんだからね〜』

『逃がさないからねえ〜』

 なんて言っているように……。


「ねえエレちゃん、唐突で申し訳ないのですが、少しだけベレト様をお借りしても構いませんか」

「えっ?」

「ッ!」

 この瞬間、ベレトは全てを悟った。

 この話をするためだけに、アリアはわざわざこの学園に足を運んだのだと。


「実は大事なお話がありまして」

「大事な……お話?」

「はい。そうですよね、ベレト様?」

「は、はは……」

 もう顔の引き攣りが取れない。

『もし断るようなことをすれば、どうなるかおわかりですよね?』なんて伝わってくるような、最上級貴族らしい圧がある。


 これが絶対に敵わない爵位の差。立場。

 身近で知る限り、たった一人のベレト天敵。


「……えっと、エレナ。俺、そんなわけだから行ってくるよ」

「え、ええ。……わかったわ」

 本当は行きたくない。全力で拒否したい。エレナに助けてほしい。

 しかし、それが全てできないのが今である。


「それではベレト様、参りましょうか。サーニャが予め空き部屋を取っておりますから」

「……は、はい」

 この時、ベレトの脳裏に過ぎる。

『誰にも聞かれることはないから、腹を割って話そうねえ〜?』なんて、アリアの素の口調が。

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