第102話 教室の中

「睨まないの」

「睨んでないって」

 アリアと目が合った瞬間に横から飛んでくるエレナの声。

 すぐに顔を向ければ、半目を作られていた。


「じゃあ制服姿のアリア様に見惚れていたのかしら。これはもうルーナに報告しなきゃいけないわね」

「やめてください」

 大冤罪をかけられるベレトだが、これは彼女からのからかいである。

 その証拠にこの内容が引きずられることはなく、すぐに話題は変わる。


「みんなと同じようにご挨拶をしたいところだけど、さすがに今のタイミングじゃなさそうね」

「自分達はつい先日も挨拶してるしね」

 この教室に入って何秒後だろうか。すぐにアリアを取り囲むクラスメイト。

 テストの日にしか登校をしない。さらには別室登校ということもあり、晩餐会以上の盛り上がりや人気ぶりを見せている麗しの歌姫である。


「相変わらずだね、本当」

「学園で一番人気な方だもの。それどころかあたし達の年代で一番人気がある方でしょうから」

「確かに。って、そんなアリア様を前にしてもみんな自制してて凄くない?」

「自制って?」

「『歌ってください』ってお願いが一つも出てないからさ。アリア様は優しいから、そんな声があっても不思議じゃなくない?」

 賑やかな空間が広がっているだけに、聞き耳を立てていなくとも会話が聞こえてくる。

 その内容はアリアの元気を伺うものだったり、登校理由を聞いたり、学園での昼休憩の予定を聞いたり。

 歌姫と呼ばれている彼女だが、アリアを象徴する『歌』に関することはなに一つとして話題に出ていないのだ。


「『お願いを叶えてくれる』って思ってる方は少なからずいるでしょうけど、それが引き金になってトラブルでも起きたら、責任取れないでしょう? 立ち回りを一つ間違えるだけで制裁ものだからよ」

「あ、はは……。なるほどね」

 アリアの喉の状態を知っているベレトなのだ。

 他人事のように流せなかった分、無意識に苦笑いになる。


「——だけど、あれだけ親しみやすくて、おごることもしないから、あんなに慕われているのでしょうね」

「慕われてるどころか、崇められてるレベルじゃない?」

「ふふっ、一理あるわね」

 クラスメイトの目の輝きは相当なもの。

 全員が全員、一秒一秒の関わりを無駄にしないようにしている。


「……ねえベレト。あなたは“恋人”があのようになったら嬉しかったりするのかしら」

「あのようにって、見たまんまで?」

「ええ、言葉通りよ」

 取り囲まれているアリアに視線を送りながら首を傾げれば、すぐに頷くエレナ。


「もし仮にだけど、あの場所にいるのがあたしだったら……どう?」

「んー……。どうってそうだなぁ。特にどうも思わないかな」

「え? それ本音じゃないでしょう? 人気がある方が恋人として鼻が高いとか思えるでしょうし。あたし達……もう特別な関係なんだから、素直に教えなさいよ」

 綺麗な赤髪を人差し指で巻きながら、ぶっきらぼうに。

 関係が変わった今だからこそ、エレナなりに尽くしてくれようとしている。


「ベレト、遠慮をするなとは言わないけど、このようなところは正直に答えてくれてくれた方が嬉しいのよ?」

「そう言われても、本音なんだよね」

「へえ」

 訝しんでいるような声と表情。そんな何気ない様子でもしっかりとした絵になっている。


「そうやって甘やかせば甘やかすだけ、鼻が高く思えるような恋人になれないのだけど、あなたは構わないのかしら」

「もちろん構わないよ。今のままで十分誇らしいし、周りに自慢するためにエレナと恋人になったわけでもないし」

「……」

 お世辞を言っているわけでも、喜ばせるためでもない。

 複数の恋人を持つことが当たり前の世界にいなかったからこそ、先のことを真剣に考えて相手を選んだのだ。

「そもそもエレナだって周りから慕われているし、おごったりしないし、晩餐会ではアリア様同様に人を集めてたし、無理に変わろうとしなくても大丈夫だよ。周りのみんなも今のエレナが好きだろうし」

「……はあ」

「え、ええ? 今変なこと言ってなくない?」

 そう自信があっただけに、今のため息は予想外だったこと。

 思わずツッコミが前に出る。


「変なことは言っていないけど、ズレているからよ」

「と、言うと?」

「悪い噂のあるあなたと付き合っているのだから、あたしだって周りに自慢するために告白したわけじゃないの。それはあなたにも伝わっているでしょう?」

「う、うん」

「なら、『周りのみんなも』って客観的な言葉じゃなくて、あなた自身の言葉で伝えたらどうなのよってこと」

 細い腕を組み、落ち着きなさそうに肩を動かしているエレナ。

 頬は朱色に染まり、恥ずかしさを堪えながらなにかを待っているよう。


「えっと……今のエレナが……俺は好きって?」

「どうして疑問系で言うのよ。って、学園で変なこと言うんじゃないわよ」

「いやいや、エレナが言わせたんでしょ!?」

「『今言って』って言ってないわよ……。こんな顔を誰かに見られたらどうするのよ……本当」

「理不尽だって……」

 恋人になってもエレナの扱いには苦労するベレトだが、素直になれないそんなところを含めて今を選んだのだ。


 そして、周りを囲まれる中、二人の様子をこっそり視界に入れるアリア。

 二人が特別な関係になっていることをすぐに悟ると共に、とある願望を強く抱いてしまう。


 自分の素の姿——『麗しの歌姫』に似合わない姿を知っていても、研究しただろう喉のケア曰く、医学の情報を無償で、さらには譲渡してくれただけでなく、悪化した場合は『命を持って』と教えてくれた彼と会話をしたいと。

 お礼の言葉を伝えたいと。


「——申し訳ありません。わたくし先約がありまして」

 気づけばこの声が出ていたアリアだった。


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