第101話 二人の会話とアリアの登校
学園に備えられた噴水の前で雑談を続けていたことで、時間も時間になる。
図書室登校になっているルーナと一旦の別れを告げ、エレナと一緒に教室に入った後のこと。
「そう言えば……さっきからなんか騒がしくない?」
「アリア様が乗られる馬車が正門を潜ったのだと思うわ。ほら、庭園にどんどんと人が集まっているから」
窓際に立ったエレナが『外を見て』と視線で訴えてくる。
綺麗な容姿に日の光が当たり、ほんの一瞬で絵になる恋人の姿に大きなまばたきをするベレトは、少しの遅れを見せて隣に立つ。
「あ、ああ。本当だ。やっぱりすごい人気なんだな……アリア様」
「ふふ、なに当たり前のことを言っているのよ。綺麗な歌声をお持ちで、立ち振る舞いに欠点もないのだから当然のことでしょう?」
「……」
「どうかしたの? なにか考えるような顔をして」
「はは……。なんでもないよ。うん」
ベレトは言えない。誰にも言えない。
その欠点のない立ち振る舞いは、完璧に偽った姿だと。
予定がない日は一日中ベッドの中で布団に包まり続け、お食事もベッドの上で完結させようとして、ベッドから出たくない一心でお手洗いまで我慢して、おんぶで運んでほしいとまで言う人物であることを。
専属侍女を抱き枕にするために、布団の中に引きずり込もうとしてくることも。
「そ、それはそうと! アリア様が登校回数を増やす方針を変えてくれてよかったね。これからは関わる機会がもっと増えるだろうし」
都合の悪い話は変えておくに越したことはない。
「あなたの言う通り、友人だから喜ばしい他ないのだけど、羨ましい思いが強くなってしまうのが難点なのよね」
「ん? と言うと?」
目を細めながら、本音半分、冗談半分に返すエレナ。
そんな彼女に首を傾げながらクエスチョンを投げるベレトである。
「アリア様ってなに一つとして欠点のない方でしょう? それは同性から見てもとても魅力的に映るのよ」
「まあその……自分にはないものを持ってるから、みたいな感じか」
「そうね」
コク、と頷いて言葉は続く。
「もちろん誰よりも努力を重ねられた結果だから、妬み嫉むような真似はしないけれど、どうしても淑女として比べてしまうことはあって」
「ほう……」
「『ほう』って
「え?」
不意を突くように、宝石のように綺麗な紫の目をジトリと変えられる。
「これはあなたのせいなのだから」
「出た理不尽」
「今回は理不尽じゃないわ。あなたと恋人になったから、より強く思うようになったのだから。今の関係に
「はは、なんだそれ」
噴き出すように笑ってしまったのは、こう伝えられるなんて思ってもいなかったから。
「よりよいパートナーを求めるって心理は誰にでもあるものでしょう? ……笑いごとじゃないのだけど」
「いや、エレナがそれを本気で心配するのはおかしくない? って思って」
「お世辞かしら」
「本音だって本音」
細い眉を起用に動かしてくるエレナに、目を合わせながら苦笑いを作る。
「まずエレナが言うことを一番に意識しないといけないのは俺だしね。晩餐会じゃたったの数人にしか挨拶されなかったからなあ……」
「ふふふ、まあ周りの印象で左右されるようなあたし達ではないけど、あなたと一緒にいるだけで、変な噂を立てられてほしくはないわね」
「だ、だよね……」
自分と関わっているだけで、『脅されているんじゃないか?』『大丈夫か?』なんて声を周りから掛けられていることは知っている。
余計な対応を取らざるを得ない状況に陥ってはいるだろう。
「ただ、そのくらいで愛想を尽かすようなことはないのだけどね」
「本当?」
「何回か言っていることだけど、この件については時間が解決してくれることだし、周りが『ダメな人』だと思うようなら、厳しく注意をして磨いてあげるだけよ。もちろんあたしも同じように磨いてね」
「ははっ、それは心強いよ」
『一生離さない』なんて聞こえる言葉なのは気のせいだろうか。
「じゃあその時はよろしく頼むよ」
「ええもちろん」
そう返事するエレナは、さりげなく肩を一度だけ当て、からかうように口元を緩ませた。
「重たい女でごめんなさいね。こんなあたしに目をつけられてしまったあなたが悪いけど」
「嬉しい言葉をありがと」
「後悔を含んだ皮肉かしら?」
「言わせようとしてるでしょ」
「さあ」
「恥ずかしいから言わない」
「ふふ、あっそ」
素っ気なさもある短い会話だが、これでもお互いの気持ちは通じているもの。
「ねえ、今のうちに言っておくけど……晩餐会でアリア様と交流を持ったからって節度は守ってちょうだいね。独り占めもしないこと」
「わ、わかってるって。それに自分からは進んで話しかけないから大丈夫だよ。なおさら」
「そうなの? アリア様のことが苦手なわけじゃないでしょ?」
「好ましくは思ってるけど、上の立場の人はやっぱり怖い」
「はあ……。聞いて損したわ」
「はは、なんかごめん」
「もし今、二人きりだったら罰を与えてたわよ。その内容は言わないけど」
「……嫌な予感がしたから聞かない」
「嫌な予感? それ怒っていいかしら」
「え?」
いまいち要領を得ていないベレト。
不穏な空気に包まれるこの場だが、ここにルーナやシアがいたら、『痴話喧嘩』と片づけることだろう。
* * * *
それから数十分が過ぎた頃。
廊下から大きな騒がしさが広がってくる。近づいてくる。
誰が歩いているのかは、もう明白なこと。
ふわふわとしたプラチナブロンドの髪を揺らしながら、大きな膨らみのある胸を揺らしながら、小さな歩幅で教室に入ってくるのは——あの歌姫。
「…………」
そして、かのご令嬢が入室した瞬間である。
なぜか誰よりも早くアリアと目が合うベレトだった。
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